第3回 できない自分を客観的に観察する

通訳者のメンタルトレーニング2016.02.17

反省ノートで自分を振り返る

北陸のとある弓道場では、集中力を鍛えるため、雪が降り始めると練習を中止し、一斉に庭に出て落ちてくる雪の一片に目をとめ、それが地面に落ちて溶けるまで見つめるということを繰り返させるといいます。集中力の鍛錬と同時に、内省の機会にもなるのでしょう。

私は長年沖縄に住んでいたので雪を見つめて反省することはできませんでしたが、ミスをミスで終わらせないために、現場で困った表現や状況に直面したときは必ずノートにメモして後で振り返りの時間を作っていました。恥ずかしいので誰にも見せたことはありませんが、今でも段ボール箱に詰めてとってあります。自分自身の戦いと成長の記録とも言えるでしょう。私の通訳人生は、「できない自分」を徹底的に観察するところから始まったのです。

失敗を分析し「見切り」にシフト

私は同時通訳の現場に入り始めたころ、一つひとつの発言を丁寧に訳そうと心がけるあまりに、いつも訳が遅れていました。遅れているとわかっていても簡単に追いつくことはできないし、強引に追いつこうとしても訳が不自然になってバレる、つまり自分が怒られると思っていたのです。結局、もっと遅れて周囲に迷惑をかけたのですが。

将棋界には「長考に好手なし」という格言があります。長い時間をかけて注意深く考えればいい答えを出せるはずと多くの人は考えがちですが、実はそうでもなく、むしろ細かなことを考えすぎて本質を忘れてしまい、意思決定ができない、または誤った答えを出してしまうという意味です。前回も書きましたが、以前の私は時間をかけてノーミスの通訳、つまり常に“好手”を求めていたので、苦しくなったときに見切りの決断ができませんでした。多くの場合、見切りこそが最善の決断なのですが。

「見切りの決断とはなにか」と考えている読者もいることでしょう。通訳、特に同時通訳では、どの訳が正解なのか、または話者の意図する意味にもっとも近いのかがわかりにくい状況があります。AかBか、どちらかを選ぶべきなのだけど自信が持てない。自信が持てないと声が弱々しくなり、話者から遅れ始めてさらに厳しい状況になります。

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そんな現場が何度か続いたあと、私は反省ノートを読み返して決意しました。次の現場では、遅れ始めたらセンテンスの途中でも見切りをつけてさっさと仕切り直すと。遅れるくらいだったら訳出が汚くても早々に撤退を決めて、立て直しを図ると。クライアントからすれば失礼な話ですが、当時の私は冷静に自分のパフォーマンスを観察した上で、最短距離で上手くなる方法を考えていたので、ドラスティックな方法もいろいろと試していました。

結果的にこれは良い判断でした。もちろん最初は訳出が汚くなっていたと思うのですが、「もう絶対に遅れない」と確信を得たので、結果として心に余裕ができました。そしてこの心の余裕が私の通訳者としての成長を後押ししたと思います。今では一回りして、話者の発言をすぐに訳さずにギリギリまで待つ方向に切り替えていますが。

ミスにどう対処し、減らしていくか

ミスを減らすには、まず自分のミスの傾向を知ることが大事です。なぜそのミスをしたのか、きっとパターンがあるはずです。たとえば逐次英訳の際、前の発言と関連性がなくても、センテンスをほぼ必ず“so…”で始める通訳者がいます。ある同時通訳のパートナーは、ことあるごとに“however…”を繰り返しています。冷静に自分を振り返る機会を設ければすぐに解決できるのですが…….。

現場でミスした場合は、逐次の場合はまず一呼吸おきましょう。同時の場合はさっさと思考を切り替えたほうがよいと思います。反省は後ですればよい。そして、反省はしますが、ミスをした自分を責めず、成長するために必要な試練だったと割り切るのが大事です。完璧主義は通訳には向いていません。どんなベテランでも、大御所でも、みんなミスはしています。そういう意味では、通訳という職業は常に負け戦かもしれません。けれど大事なのは、ミスをした自分を見つめて、なぜそのミスに至ったのかを真摯に考える姿勢だと思います。

ちなみに、盲点に入ったミスはすぐ忘れるのが一番です。時には思考がエアポケットに入ったような状態になり、普段は当たり前のように訳しているものを誤訳してしまうことがあります。例えば私の場合ですと「減損」と「特損」を間違えたり、impartialを「公平」と訳すべき場面で「中立」と訳してしまったり。人間ですから、こういうこともあります。でも2度と同じ間違いはしませんよ!