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2024.04.05 UP

第5回 韓国人プロゲーマーのインタビューを通訳・翻訳するということ

第5回 韓国人プロゲーマーのインタビューを通訳・翻訳するということ

韓国でeスポーツに魅了され、ライターとして取材・執筆活動を行うほか、eスポーツ関連の韓日通訳者・翻訳者としても活躍されているスイニャンさん。韓国と日本のeスポーツ業界の状況と、まだ専門とする人が少ないeスポーツの通訳・翻訳の仕事について語っていただきます!
(*毎月末ごろ更新)

eスポーツの通訳・翻訳と、他の分野との違いとは?

第2回から第4回まではeスポーツそのものの紹介や、eスポーツ業界における通訳・翻訳業の紹介などを、なるべく客観的な視点でお届けしてきました。
今回からは、また第1回のように私の主観的な視点で、自分の経験をもとにeスポーツ通訳・翻訳業のあれこれを綴っていきたいと思います。

一般の通訳・翻訳の経験があれば大丈夫という誤解

「プロキシバラックスのリーパーラッシュは今回のTミラーで使おうと準備してきたオーダーです」

突然ですが、韓国人プロゲーマーのインタビューを日本語に通訳・翻訳するとき、だいたいは上記のような専門用語をふんだんに使った文章になります。おそらくこれを読んでいる読者の皆さんの頭の中は今、クエスチョンマークだらけになっていることでしょう。

ところがeスポーツの試合を見ている日本人は専門的な知識がある人達がほとんどです。今回は『StarCraft2』というゲームを例に出しましたが、eスポーツの観客に向けて訳すなら、むしろこの専門用語まみれの文章が自然な通訳・翻訳であると言えます。
韓国語がわかる方のために冒頭の文章の原文も出しておきます。

전진 병영 사신 러쉬는 이번 테테전에서 쓰려고 준비해 온 빌드예요.

これをもし企業などで日韓通訳の経験がある方が訳そうと思っても、ゲームの知識がなければほぼ聞き取れないという事態に陥ります。仮に無理やり訳せたとしても、次のような感じになってしまうでしょう。

「前進兵営の死神ラッシュは今回のテテ戦で使おうと準備してきたビルドです」

すべての専門用語が韓国語からの直訳となり、これでは逆に日本のゲーマーには通じなくなってしまいます。もちろん一般的な文章としても意味がわからず、誰にも通じない悲しい訳が出来上がってしまうわけです。ちなみにこれをゲームを知らない方向けに訳すなら、次のような感じになるかと思います。

「前線に建物を建ててからそこで兵力を生産してすぐ攻撃したのは、今回の同キャラ同士の戦いで使おうと準備してきた作戦です」

これなら、ゲームを知らない方でも何となく状況がわかるのではないでしょうか。
つまり韓国人プロゲーマーのインタビューを通訳・翻訳するためには、ゲームの専門用語の知識が不可欠なのです。今回は例として『StarCraft2』というゲームでご説明しましたが、各ゲームごとにそれぞれ別の専門用語が存在することもかならず知っておかなければなりません。

StarCraftの元プロゲーマーに筆者が韓国でインタビューしたときの様子。

プロゲーマーの通訳・翻訳に必要な専門知識

では、ゲームの専門用語とは具体的にどんな言葉を指すのでしょうか。もちろんゲームジャンルによってまちまちではありますが、すぐに思いつくもので言うとキャラ名、スキル名、アイテム名などが挙げられます。こういったものは各国語にローカライズされていることがほとんどなので、公式サイトや攻略Wikiなどを見れば対訳を調べることが可能です。

これ以外にも、ゲームシステムに伴ってゲーム内でよく使われる表現があります。最初の例で言うと「プロキシ」「ラッシュ」などがそれに当たります。こういう類の言葉は自分がゲームをしながら覚えるか、試合の実況解説を聞きながら覚えるのが早いのですが、膨大な量になるので一夜漬けは難しく、徐々に慣れていくしかないと思います。

それよりもeスポーツ通訳・翻訳業で先に押さえておくべきは、プロシーンについて知っておくことチーム名、選手名、大会名、試合形式などは必須です。また、過去の話や別地域の話が出てくることも多いので、余裕があればそのあたりも調べておくと安心です。

League of Legends公式サイトのスクリーンショット。各国語版が用意されているので、他の言語のキャラ名などを確認できる。
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そのゲームに詳しくないならオファーを断る勇気も

海外プロゲーマーの通訳・翻訳は単発の仕事が多く、ゲームを知らない人が引き受けることもありますが、下手をするとSNSなどで炎上する可能性もあるため注意が必要です。私自身もゲームコミュニティ出身なのでわかるのですが、訳す人がその大会の価値を理解せず、選手へのリスペクトも持っていないとすぐにバレます。「わかっている人」の訳は、圧倒的に違和感がないからです

もし詳しくないゲームの通訳・翻訳の依頼が来た場合、興味があったりこれから勉強したいと思ったりしたなら引き受けても良いと思います。実際に私も先日初めてリズムゲームの通訳を担当したのですが、準備期間が1ヶ月以上あったこと、依頼をしてくれた企業の担当者への信頼があったこと、私自身がそのゲームに興味を持てたことが決め手となりました。

引率通訳などゲーム内容に詳しく触れない場合は大丈夫ですが、ゲーム内容にしっかり触れる勝利者インタビューの通訳・翻訳などは、慎重になったほうが良いでしょう。ときにはオファーそのものを断る勇気も持ち合わせておきたいものです。

というわけで次回は、eスポーツの専門用語について具体例を出しながらお話していきたいと思います。

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スイニャン
スイニャン韓日通訳者・ゲーム(eスポーツ)ライター

留学を含めた5年間の韓国在住時にeスポーツと出会い、『StarCraft』プロゲーマーの追っかけとなる。帰国後、2008年から「スイニャン」のペンネームで取材・執筆活動を開始。2017年からは『League of Legends』の国内プロリーグ「LJL」で韓国人選手のインタビュー通訳としてネット配信の生放送に出演。近年は『VALORANT』や『PUBG』などのeスポーツ大会でも通訳をこなしている。ただし自らはゲームをほとんどプレイせず、おもにプロゲーマーの試合を楽しむ「観戦勢」。