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2024.04.08 UP

第6回  どれだけ準備をしても足りない?! バレーW杯記者会見での失敗体験

第6回  どれだけ準備をしても足りない?! バレーW杯記者会見での失敗体験

スポーツ通訳者として、バレー、バスケ、スキーなどさまざまな競技の通訳を務める佐々木真理絵さんが、スポーツ通訳というお仕事の内容と、その現場で出会った印象的な出来事について紹介します。通訳をする上で欠かせない、スポーツ専門用語の解説も!
(※隔月更新予定)

2019年バレーボールW杯での記者会見にて

取材陣に囲まれ、緊張した状態での通訳

2019年、バレーボールのワールドカップが日本で開催されました。私はこの大会で、オランダ女子代表チームの記者会見の通訳を担当しました。
オランダチームは、当時の監督やスタッフ達がアメリカ人で、そしてオランダ人選手たちもみんな英語が話せるという理由から、日英通訳である私が担当させていただくことになったのです。

記者会見場には30名ほどの取材陣が着席し、視線をこちらに向けていました。各々ボイスレコーダーやパソコンを机の上に並べ、私の訳を一語一句記録していました。部屋の後方には大きなカメラが設置され、レンズがこちらを向いていました。この大会は、ゴールデンタイムにフジテレビで放送されていたこともあり、取材陣の数がとても多かったです。

会見中、私は監督のスーパー早口英語を必死でメモしました。緊張で心臓がバクバクして、隣で話している監督の声よりも、自分の心臓の音が大きく思えました。
監督が話し終えた瞬間に、通訳である私にマイクが渡されました。内容をまとめる時間も無いまま、すぐに日本語訳を話し出さなければいけませんでした。マイクを持つ手も緊張で小刻みに震えました。

事前に知らなかった話題が出てきて…

通訳の本番でのクオリティは、いかに準備ができているかで明暗が分かれます。当日までに、チームの情報収集をする事は必須です。

例えばこのときであれば、監督の経歴や出身地、キャプテンの現在の所属チームや代表歴、そして、オランダ女子代表チーム全体のこれまでの戦績や直近の状況も調べます。同大会の前回の勝敗や、メンバーの入れ替わり、キーとなる選手は誰か…といった情報も集めていきます。
これはキリがない作業です。調べれば調べるほど「あれも調べなきゃ! これもチェックしておかなきゃ!」と、情報に振り回され、どんどん不安な気持ちになります。

このとき、私は入念に準備をしたつもりでした。しかし、実際の会見では事前に調べていなかった話題が出てきました。

背番号22番のミドルブロッカー、ニコレ・コールハース選手(Nicole Koolhaas)は国歌斉唱の際に手話をしていました。コールハース選手の妹さんは耳が聞こえないので、彼女に伝わるようにいつも手話で国家を歌っていたのです。

国歌斉唱で手話をするニコレ・コールハース選手(オランダ代表チームの公式Xより)

彼女が手話をしていたことに関して、取材陣から「何歳から手話を始めたの?」という質問がありました。
これに対してのコールハース選手の答えは「3年前から」でした。
しかし、手話の件について把握しておらず、緊張の中メモを取るのに必死で頭もパンク寸前だった私は、これを「3歳から」と訳してしまいました。

その後続けて「3歳で手話を始めたとき、どのような思いがあったのですか?」という質問がありました。これに対し、コールハース選手が「3歳からじゃなくて3年前だよ」と訂正してくれ、間違ったまま話が進行するのを防ぐことができました。
訂正はできたものの、私は間違ってしまったことに気が付き、とても焦りました。さっきまで緊張でうるさく動いていた心臓は、血の気が引いて静かになり、一気に体が冷たくなるような感覚でした。
 

監督も選手も、人前で話したくない心境の時もあるでしょう。それでも会見場に行き、自分の言葉で思いを伝えてくれます。
私たち通訳者ができることは、彼らの思いを可能な限り正確に伝えることです。誠実に向き合ってくれる彼らに対して、通訳者もしっかりと応えるべきです。

しかし残念ながら、通訳者も間違うことはあります。現在第一線で活躍している通訳者達も、失敗を重ね、その経験と共に成長してこられたはずです。

きっと試合に向けて準備を行う選手と同じです。たくさん準備をしたからといって、試合で必ず良い結果につながるわけではありません。うまくいかなかった経験が選手としての成長に繋がることもあるでしょう。
通訳者も同じです。失敗の経験も、反省してまた頑張れば、頼れる通訳者に成長させてくれる大切な出来事になるでしょう。

バレーボールオランダ女子代表チームのメンバーと(写真中央が筆者)。W杯中は、会見の通訳や、チームと大会各所の連絡係として一緒に過ごしたので、最終日はサイン入りユニフォームをプレゼントされた。

スポーツ現場でよく使う英語表現

今回はバレーボール用語の英語表現をいくつか紹介します!

approach
→助走
攻撃に入る選手の助走のことをアプローチと言います。

six pack / facial
→ボールを頭・顔面で受けてしまうこと

pepper
→対人パス
“胡椒”の意味の「ペッパー」。なぜこう呼ぶのか、海外のバレー関係者に聞いてみましたが誰も理由がわかりません…。
野球にも「ペッパー」と呼ばれるバッターとキャッチャーが近い距離で行う練習があるようなので、もしかして語源は同じところから来ているのかも!?

★佐々木真理絵さんの連載一覧

佐々木真理絵
佐々木真理絵Marie Sasaki

大学卒業後、一般企業への就職を経て、2013年 日本プロバスケットボールリーグチーム「大阪エヴェッサ」の通訳兼マネージャーとなる。バスケットボールチーム、バレーボールチームで経験を積みながら猛勉強し、現在はフリーランスのスポーツ通訳者として活動中。世界バレーなどの大会での通訳のほか、NCAAバレーボール日本遠征、日本の大学生チームの海外遠征、スキークロスFISカップ ヨーロッパ遠征などへの帯同も行う。