『HIP HOP ENGLISH MASTER』Vol.5

2023年8月に『HIP HOP ENGLISH MASTER』(Gakken)を刊行した、ラッパーのMEISOさん。実は通訳者・翻訳者としても活躍しており、日本会議通訳者協会主催「同時通訳グランプリ2019」ではグランプリ、「B-BOY PARK2003」ではMCバトル王者という異例の2冠を達成しています。今回は、MEISOさんが通訳者として駆け出しの頃にぶつかった壁、そしてそれを乗り越えるきっかけとなったHIP HOPのマインドセット、REPRESENTについて語っていただきました。

壁を乗り越えるのに役立った
HIP HOPのマインドセット

自分の個性をREPRESENTする

前回は、ラップの曲を翻訳したのが翻訳者への第一歩だったというエピソードを紹介した。今回紹介したいのは、通訳の駆け出しの頃、通訳者としての第一歩でぶち当たった壁、そして壁を越えるのに役立ったHIP HOPのマインドセット、REPRESENT

10才の時。米国系日本人として日本で育った僕は、何もしなくても目立ってしまう子供だった。学校へ歩いて行くだけで突然「ジスイズアペン!」と話しかけられたり、「外人だ!」と指を指されたりする。そんな日々に最初は困惑し、気づけば注目されることを極端に嫌がる少年になっていた。当時の自分の願いは、ただみんなと同じようにその場に溶け込むこと。自分だけが余所者で、そこにいるのが何か大きな間違いであるかのような感覚のまま何年も時が流れた。

存在感をなるべくゼロにするスタイルのまま中学生になったある日、転機が訪れた。HIP HOPとの出会いだ。ラッパー達はそのリリックと全身からでるオーラで「見たいやつは勝手に見ればいい、むしろ見せつけてやれ!」と教えてくれたのだ。誇りを持って、隠さず自分の個性をREPRESENTすること、そして「その空間(場)を自分のものにすること」。そのメンタリティ、そしてパワフルなビートに背中を押されるようにして、自分を隠すのをやめることができた。自分が世界に向けて心を開くと、世界も自分に向けて心を開いてくれたのか、学校生活もどんどん楽しくなっていったのを覚えている。

通訳者になって再び感じた「余所者感」

しかし、それから10年ほど経って通訳の仕事を始めると、同じような「余所者感」にまた直面した。今回は見た目とか人種とかは無関係。通訳の仕事ではさまざまな専門家の集まりに参加させてもらい、会話の手助けをする。往々にして通訳者以外は、同じ業界や会社、団体など共通点を持っている。自分だけがそのバックグラウンドを持っていない。友達の輪に突然投げ込まれた転校生のようなところがある。

駆け出しの頃はなぜか、ヒーラーやチャネラーの展示会などの仕事が多く、専門性の高い現場だった。あの世からの天使の声を通訳することもあったし、時にはイルカの魂を通訳することも。もちろん話者も聞いている観客も大真面目だ。そんな馴染みのない現場では、自分が「場違い」で「偽物」に感じてしまうことが多々あった。どれだけ自分が余所者に感じても、通訳者として会話のキャッチボールの中心にいなくてはいけない。

緊張しない通訳者もいるが、ほとんどの通訳者はベテランでもある程度緊張する。僕も駆け出しの頃はかなり緊張するほうだった。弱気になればなるほど通訳中も頭が真っ白になる。頭が真っ白になれば、声も震え、小さくなり、見ている人を不安にさせてしまう。通訳としては致命的だ。実際そんなパフォーマンスで、クライアントからダメ出しをもらったことも最初のうちは何度かあった。スキル以前の問題である。

自分を信じてこそ、人に信じてもらえる

まずい、通訳は僕には向いていないのかも、と反省しているうちに日本で感じた「居場所感」について考えるようになった。あの時に救いとなったHIP HOPが、もしかして通訳の場でも救命胴衣となってくれるかも?ものは試し、REPRESENTのマインドセットで、通訳の本番前に爆音で攻撃的なビートを浴びてテンションを切り替えるようにした。自分がどう見られるのかを気にするのではなく、「どうぞ見てください」のスタンスで。

REPRESENTすることは「地元を代表する」という意味で使われることが多いが、僕はその他にも「これまでの自分を120%代表する」「集大成としてすべてを込める」「ベストな自分を表現する」そんなイメージで捉えている。HIP HOP的なマインドセットで通訳の場をライブのステージと捉えると、訳出の行為はパフォーマンスだ。そのスタンスで、言語のサポートを必要としているお客さんを盛り上げる。そう気持ちを切り替えて打ち込むとそこにはもう「場違い」で「偽物」な自分が入り込む余地はなかった。

自信の有無とパフォーマンスの関係性については近年さまざまな研究もされているが、「自分を信じることで初めて真の実力を発揮できる」ということをラッパーとしても通訳者としても、現場に立つたび実感する。自分を信じてこそ、人に信じてもらえる。そしてそれが結果的に通訳を必要とする人たちの役に立つ。つまり自分をREPRESENTすることが結果的に人のためになるのだ。

【試聴】HIP HOP ENGLISH MASTER (SAMPLE MIX)

【書籍紹介動画】『HIP HOP ENGLISH MASTER ラップで上達する英語音読レッスン』

【Podcast】HIP HOP ENGLISH SCHOOL(ヒップホップ ・イングリッシュ・スクール)
-MEISO&EM島

MEISOと、編集者のEM島がおくる、ラップを通して「世界」と「英語」を学ぶ、ヒップホップ エデュテインメントプログラム。
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MEISO
MEISO高木 久理守

日本生まれ。幼稚園まで米国で育ち、小・中・高は日本で過ごす。ハワイ大学卒。アニメーション制作会社の社内通訳者で、通翻訳チームのリーダー。CGアニメ・映像制作を中心に通訳として活動。2019年、日本会議通訳者協会主催「同時通訳グランプリ」でグランプリを受賞。またラッパーとしても「B-BOY PARK2003」MCバトル王者として知られる。アルバムを5枚リリースし、最新作は「轆轤」(2017)。「ENGLISH JOURNAL」に「英語でラップを学ぶ〜Rap in English!」を寄稿。