【イベントレポート】日本通訳フォーラム2016

通訳2016.09.30

「通訳者による、通訳者のための団体」として昨年設立された日本会議通訳者協会(JACI:Japan Association of Conference Interpreters)が8月27日、「日本通訳フォーラム2016」を東京・渋谷のFORUM 8で開催しました。

昨年に続き2回目の開催となる今年の日本通訳フォーラムは、参加チケットが早々に完売し、会場のキャパを大きくして追加販売する人気ぶり。当日は約150人が参加。参加者は、全体的に女性の姿が目立ち、30代〜40代の女性が多く、男性の参加者は2割ほどの印象でした。

午前中に基調講演と単独セッション、午後は2つのセッションが同時進行するかたちで計8セッションがおこなわれました。各セッションの題目はこちらで確認できます。

本レポートでは、基調講演と7つのセッションを取り上げたいと思います。

基調講演「通訳市場の過去、現在、未来」
原不二子(会議通訳者、株式会社ディプロマット代表取締役社長)

0827_01原不二子さんは、22歳のときのスイスの国際会議で同時通訳者としてデビューして以来、G7サミットや世界経済フォーラムなどの名だたる会議で会議通訳者として活躍している。1984年には、女性のエンパワーメントを目的に通訳・翻訳サービスを提供する株式会社ディプロマットを設立。本講演では、長年にわたって通訳業界の第一線で活躍している原さんが人生を振り返り、「社会に求められる通訳者」になるために必要な心構えを語った。

原さんは、人生で重要なのは「opportunity」だという。原さんのopportunityは母が作ってくれたそうだ。原さんの母は、難民を助ける会と日韓女性親善協会の設立者であり、日英通訳者の草分け的存在である故・相馬雪香さん。

1939年生まれの原さんは、第二次世界大戦のときに家族で満州へ。しかし、母・雪香さんが1945年4月に日本に帰る決意をした。周りの人は軍隊と一緒に満州に残ったほうが安全だと言ったが、雪香さんは自分で正しいと思った道を行く人で、5歳の原さん、生後6ヶ月の妹、4歳と2歳の弟という4人の子どもを連れて、どうにかして日本に帰った。これが原さんにとって最初のopportunityだったという。

その後も雪香さんは、原さんが世界とコミュニケーションできるようにカトリック系の雙葉学園に入学するopportunityを作り、高校1年生の夏休みにイギリスへ留学するopportunityも作った。

自分の意思を貫く雪香さんの姿勢を原さんも受け継ぎ、安保闘争が続く大学3年生のとき、大学を飛び出し、スイスの国際会議で通訳デビューを果たす。さらに、その国際会議に集まった学生達と共に「日本の学生たちは打倒政府を掲げていたが、自分達の私生活はどうだったのか、家族や仲間同士の付き合いはどうだったのか」ということを改めて考え、演劇を作り、800日かけて13カ国で上演した。

1962年に東京に戻ると、弁護士のいとこからの依頼で国際法曹協会で通訳を担当。これが初めて通訳者としてお金をもらった仕事だそうだ。会議の内容は商標登録。分厚い本を渡され、ベタ訳して臨んだが、そこで通訳と翻訳は別物だと気づいた。

「通訳は、1分で150ワードをこなさないといけない仕事。翻訳は、1日3000ワードで、言語的に立派なものを目指す。通訳は瞬時の情報の伝達をいかに早くするのかが大事で、ベタ訳したものを読んではついていけない。通訳は情報の提供をいかにきちんとやるか。大事なのは文脈。言葉の置き換えではないのです。話者の性格や意思をつかみ、その人の代わりになって通訳する。その人になりきるのがポイントです」

また、「通訳は耳の商売。耳でわかる言葉でなければいけないです。赤ん坊が文法を習って言葉を話すのではないように、通訳のいちばんのポイントは耳。そのためには、音読を繰り返すのがいいです」とのアドバイスも。

最後に、原さんは「英語と日本語の時代は終わりました。中国語や韓国語など、次の言葉を勉強すべきです。将来、どのような通訳者になりたいのか。どのようなかたちで自分を育て、社会の役に立つ人間になりたいのか考えてください」と聴衆である通訳者たちにメッセージを送り、講演を終えた。

セッション「文化差の架け橋~ラグビー日本代表の通訳として~」
佐藤秀典(ラグビー日本代表通訳者)

0827_02昨年開催されたラグビーW杯イングランド大会で、日本代表は、過去にW杯で2回優勝し世界ランク3位の南アフリカ代表に勝利。W杯で24年ぶりの勝利となる歴史的な偉業を達成した。その日本代表チームの通訳を務めた佐藤秀典さんが、ラグビー通訳の仕事内容、そして、ラグビー界で最も優秀であり、鬼監督としても有名なエディー・ジョーンズ元日本代表ヘッドコーチの通訳としての経験を語った。

ラグビーは、他のスポーツと同様にチームの多国籍化が進み、コーチや選手、スタッフに外国人が増えた。通訳が必要となる場面は主に、練習、ミーティング、記者会見やインタビュー、そして試合時の情報伝達。その場の空気を読み、場の雰囲気を壊さないように逐次やウィスパリングを使い分けるそうだ。さらに、戦術・戦略を伝えるためのメモやコーチ陣ミーティングのアジェンダなどの資料の翻訳も担当する。

ラグビー通訳の心得は、

【1】すべてを把握しておくこと
「ラグビーのルールや戦術・戦略を把握しておくのは当たり前。それ以上に、エディーさんが何を考え、どう思っているのかを把握しておくことで、話の流れを推測でき、よりスピーディに通訳できます」と佐藤さん。

【2】ニュートラルな立場でいること
ラグビーの通訳者は、ラグビー経験者やラグビーコーチになりたい人が担当していることが多いそうだ。「ラグビーに詳しいせいで、戦術を付け加えたり、言ってないことを言ったり、言ったことを言わなかったりしてしまう通訳者もいます。そうすると、それはコーチの言葉ではなくなってしまいます。ドライでニュートラルな立場を心がけ、選手達の信頼をどう得るのかも、通訳のひとつのキーファクターです」

【3】余計な情報は共有しない
通訳者はコーチや選手など、様々な人の意見をすべて聞く。佐藤さんは以前に所属していたチームで、外国人選手がこぼしたコーチの練習に対する不満を聞き、良かれと思ってコーチに伝えた。するとコーチが「自分の練習内容が気に食わないようだな」とその選手に話してしまい、外国人選手からスパイ扱いされ、信頼を失ってしまったことがあるそうだ。

【4】信頼関係の構築
通訳で大事なのは、スピードとテンポ。「コーチと阿吽の呼吸で情報を伝えていかなければなりません」

さらに、エディー・ジョーンズ元代表ヘッドコーチの通訳で苦労したことも披露。激情家で罵倒が激しく、表現が下品なときもあり、適切に意訳しないと単なる下ネタになる言葉も多かった。さらに、日本語をある程度は理解しているため、ラグビー協会の話をしているときに「選手が代表になって組織を作り、協会に働きかけて~」と日本語に訳出したら「日本代表の話はしていない!」と「代表」の意味を勘違いしたり、英語と日本語を混ぜて話すこともあり、「そのときは通訳者として頭をフル回転させる必要があり大変だった」と佐藤さんは振り返った。

また、通訳の訳出や資料翻訳が遅いと、エディー・ジョーンズ元代表ヘッドコーチは「お前はホリデーを取っているのか!」と怒ったそうだ。何かを思いついたら佐藤さんに即連絡するそうで、早朝4時半に目覚めたらiPhoneの画面がエディー・ジョーンズ元代表ヘッドコーチからの連絡通知でいっぱいになっていたこともあるとか。

「エディーさんは勝利に対して病的にこだわる。一切妥協がなく、選手だけでなくスタッフも極限まで追い込みます。辛くて逃げ出したいこともありましたが、そういうこだわりがあったからこそ、日本代表はW杯で記録を残せたのだと思います。いまでは、こうして苦労も笑い話にできます。人間としても通訳としても成長させてもらいました」と話を締めくくった。

通訳の世界に入る前は大阪でシルバーアクセサリーを売っていたという佐藤さん。大阪仕込みの話術なのだろうか、一つひとつのエピソードがおもしろく、会場は笑いに包まれっぱなしだった。

セッション「デポジション通訳~エニグマに潜む謎に包まれる難題」
リゼ・ウィリアム (デポジション通訳者)

0827_03リゼ・ウィリアムさんは1967年に来日し、技術者を経て翻訳をスタート。翻訳のクライアントが訴えられたために、デポジションの通訳を担当したのが、最初のデポジション通訳だったそうだ。このセッションでは、あまり知られていないデポジション通訳の実態について解説。

デポジションとは、日本語で「証言録取」といい、裁判が始まる前に相手方の弁護士が当事者に証人尋問を行うこと。証言の内容は記録され、後日裁判で使用されることもある。米国民事訴訟の証拠開示手続きにおいて必要不可欠な手続きだ。

デポジションがおこなわれる案件は、特許侵害事件が圧倒的に多く、次いで契約不履行だという。デポジションは米国民事訴訟の証拠開示手続きの一部なので、アメリカ大使館か大阪のアメリカ領事館で行われる。

デポジションの出席者は原告代理人、被告代理人、証人、そしてリード通訳とチェック通訳である。デポジションではチェック通訳という存在がいるところが他の通訳の仕事とは大きく異なるところだ。リード通訳は尋問する側で採用し、チェック通訳は尋問される側が採用する。その他の出席者は、速記者やビデオカメラマンなどとなる。

デポジション通訳に必要なスキルとしては、民事訴訟の知識、被疑製品技術に関する知識、特許や特許出願に関する知識、裁判の資料を見つける能力などが挙げられた。また、「弁護士節」ともいうべき、独特の言い回しがあるそうだ。

デポジションの通訳の特徴としては、デポジションは訴訟に関する手続きの場であるので「敵対関係」が生まれること、またチェックする通訳が入るということで、通訳者にとっては精神的なプレッシャーもかかること、料金は高いが負担も多いことなどが紹介された。

デポジションが行われる大使館、領事館の部屋は常に埋まっているが、毎日必ず開催されるわけではないそうで、仕事として需要が多いとは言えないそうだ。担当している通訳も数名に限られているようだ。

なかなか知ることのできないデポの実態に、参加者は真剣に聞き入っていた。質疑応答も活発で、デポジションそのものを担当した人はいなかったようだが、訴訟関係の通訳をしている人からの質問は複数あった。

セッション「IR通訳者として成功するには」
平澤ボビー(株式会社アイ・エス・エス専属通訳者、IR専業)

0827_04平澤ボビーさんは、大学卒業後、証券会社で社内翻訳・通訳を経験。その後、証券営業の道に進み、15年以上、東京、上海、香港で日系や外資系の証券会社を渡り歩き、約10年前にIR通訳者にキャリア転向。現在は式会社アイ・エス・エス専属通訳者として活躍している。平澤さんは「IR通訳者として成功するには、語学力以外に大事なものがある」と、成功する方法を語った。

IR通訳で成功する方法として挙げたのは次の3つ。

【1】会議の目的を理解する
「語学ができるだけでも表面的な通訳はできますが、魂が入らない。魂のはいっていない通訳は、聞いている人にすぐわかります。そういう通訳者はリピートが来ません。投資家サイド、事業会社サイド、それぞれの会議の目的を理解しましょう」

外国人投資家の取材目的は主に、足下の営業状況、会社のビジネスモデル、今後の経営戦略、今後の資本政策。事業会社のIR活動の目的は主に、新規開拓と既存株主への説明。これらを理解して通訳すると相手が喜ぶそうだ。

平澤さんの予習の方法は、おおまかな知識をウィキペディアで確認。会社四季報も活用。さらに、企業HPの新卒求人のページにある会社紹介のビデオも、ビジネスモデルが簡単に説明されているので役に立つそうだ。そして、企業HPのIRページにある決算のプレゼンテーション。プレゼン資料で大事なのは、英語と日本語を同時並行で読むことだと平澤さんは言う。「英語で読んで満足してはダメです。なんとなくわかったような気になりますが、正確な日本語に訳すことができないからです」

また、予習の一環として、自分が投資家になったつもりで質問を10個作ることをおすすめしていた。平澤さんはこれを続けたことで、投資家の質問の約8割を予想できるようになったそうだ。

【2】経験を積み、復習を欠かさない
「準備よりも復習が大切です。復習することで身につくことが多いです」と平澤さん。通訳しながら、わかならなったこと、ごまかしたこと、あとで調べることを赤ペンでマーキングしているそうだ。さらに、わからなかったことを事業会社や投資家に尋ねてみることも有効だという。どんなことを考えているのかがわかり、熱心さも伝わるので好印象を与えられるそうだ。また、エージェントへの営業道具になるように、実績を記録しておくことも大切。

【3】通訳以外のサービスを献身的に行う
「同時通訳ができる人は世の中に大勢います。ですから、それ以外のサービスも献身的に行うことが大事です」と平澤さんは語る。通訳以外のサービスの具体的な内容は、
・挨拶をする
・メールでお礼状を出す(投資家と事業会社、どちらに出す場合もCCでエージェントを入れるそうだ)
・関心を持ち、会話をしてみる
・相手が何を考えているのか考えて見る

セッション「同時通訳という練習法」
池田尽(会議通訳者)

0827_05池田尽さんは、高校卒業後にカリフォルニア州のコミュニティカレッジに入学。英語学習のためESLなどを受講し、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)編入、卒業。日系金融機関のロサンゼルスオフィスで勤務をした後、帰国後は通訳・翻訳業務に従事。現在は会議通訳者としての活動の傍ら、株式会社ディプロマットにてスクール講師を担当。その経験にもとづき、実践を踏まえながら同時通訳の練習法をレクチャーした。

「今日の話を通じて、同時通訳を毎日、あるいはほぼ定期的に練習するようになることを期待しています」と池田さん。参加者に通訳を実践してもらいながらレクチャーを進めていく。まずはスライドショーで英単語を表示し、日本語に訳出する。初心者の人は「スピード」を重視することが大事だという。誤訳してもかまわない。「誤訳したときに気づくからです。とにかくスピードを重視しながら、だまらないようにしましょう」

次に、スライドショーに英語の短い文章を表示し、日本語に訳す。短い文章のサイトラだ。ここでもスピードを重視。単語でも文章でもバラバラでもかまわないから、言葉を発することが大事だという。練習するための文章は、自分が理解できる安易なものがいいそうだ。通訳スクールの教材のように、金融政策や外国の政治問題などのトピックは、言葉が理解できなかったときの原因が、【1】英語の力がないから、【2】単語がわからないから、【3】専門用語を知らないから、そのうちのどれかわからなくなり、自分の課題点を見失ってしまうからである。

日本語で話しているときは文法を意識していない。それと同じように、同時通訳のときも文法を意識しないようになることが重要。そうなるためには、同時通訳の数をこなすしかないそうだ。普段から頭の中で同時通訳を練習する。その際、勉強時間を設けようとはせず、余っている時間で練習することを池田さんはおすすめしていた。家事など、何かしながら同時通訳できようになると、実際の通訳でも訳出しながら調べ物ができるようになるそうだ。

同時通訳の練習に用いるのは、「続きを聞きたくなるような話」。忙しい毎日でも聞きたくなるようなものをポッドキャストなどで探し、日英通訳する。また、「英語でフリートークしている番組」をシャドーイングすることも効果的。フリートークは文法が破綻しており、英語を意識しないで理解できるようになる。TVドラマなどは作られたセリフなので、実践的な言葉ではないそうだ。

練習するときはカタカナの使い方にも気を配ろう。英語をそのままカタカナにしても伝わる言葉は、初心者の場合はカタカナをどんどん使ってもOK。次のステップでは、カタカナを封印。さらに上級者は、政治家など話術が巧みな人が、話の中でどのくらいカタカナを使用しているかを意識するといいそうだ。

参加者から「練習ばかりで、その成果を確認しなくてもいいのか」と質問があったが、池田さんは「練習のやりっぱなしで大丈夫。初心者はスピード重視なので、間違っていてもいいからです。また、確認作業は面倒で、結果的に練習もしなくなってしまいます」とアドバイスしていた。

セッション「何を引いて何を足すか~積極的コミュニケーションに介入する放送通訳とは」
柴原智幸(神田外語大学専任講師、放送通訳者)

0827_06柴原智幸さんは放送通訳者であり、現在は神田外語大学の専任教師を務め、さらにNHKラジオ講座を担当している。元々イギリスのバース大学で学び、その後イギリスのBBCで放送通訳者としてのキャリアをスタートしている。

柴原さんは現在、NHKで時差通訳を月に数回行っているという。時差通訳とは予め準備時間があり、放送予定の映像を見て、簡単なスクリプトを用意して臨む放送通訳のスタイル。どちらかというと日本語にこだわるほうなので、生同通よりも、時差通訳のほうが向いているとのこと。

放送の通訳では、何を落として何を足すかが重要だそうだ。「要約」が肝で、メッセージを受け取って再表現していく必要がある。また、実際の放送の画面と合わせなくてはいけないため、尺合わせも欠かせない。本セッションは、そのプロセスを体験する場となった。

実際のニュース映像と、柴原さんが書き起こしたスクリプトが用意され、まずは映像を見る。参加者は用意されたスクリプトを、指定された5分ほどの時間で、訳をつける。それを実際の映像を見ながら、通訳をしていく、通訳をあてるというもの。実際に映像に合わせて読み上げると訳がこぼれてしまう人が多かった。

また、柴原さんは放送通訳に関する裏話も披露。放送通訳には「しばり」があるそうだ。BBCのときには使用できる日本語にルールがあった。「英国」は「米国」と似ているから使ってはいけない。「豪州」と「欧州」も紛らわしいので避ける。さらに、「テロ」や「テロリスト」という言葉もNGで、「自爆テロ」は「自殺爆弾攻撃」と言ったそうだ。

NHKも同様にルールがある。特に差別的な表現は要注意。「ID card」は「身分証明書」ではNGで、「本人確認書」と訳出しなければいけないなど、大変細かい。また、公共放送なので商品名を言ってはいけないのはご存知の通り。セグウェイのニュースで「セグウェイ」と言えず、「電動立ち乗り二輪車」と言ったとか。

さらに、軍事用語の重要性も例に挙げて解説。「軍艦」、「戦艦」、「駆逐艦」はそれぞれ異なり、政治的に正しい軍事用語を使用しなければいけない。柴原さんの「軍事知識は平和の礎」という言葉が心に残った。

セッション「医学通訳の連想ゲーム」
北山ユリ(会議通訳者)

0827_07専門性が高い医学分野の通訳。特に医師が参加する学会や国際会議は難解なため、そこで通訳をできる人は一握り。その難易度の高い医学通訳を専門にし、業界の第一人者として、医師の間でも名の知れた通訳者である北山ユリさんが登壇。

医学界は、ヒトの全遺伝情報であるDNAの30億塩基対をすべて調べようというヒトゲノム計画があったが、2000年6月に当時のクリントン大統領が終了を宣言。その後、ポストゲノム研究へステージが移り、それにより通訳も変わった。臨床だけでよかったのが、ポストゲノムの用語までカバーしなくてはいけなくなったのだ。

医学は難解なこともあり、「通訳者の人は『てにをは』だけ訳してくれればいいから」とよく言われるらしい。専門用語はそのまま英語で出してくれればいいという意味だが、そもそも「てにをは」を訳すことが最も難しいそうだ。「主語の選択が運命を決めます」と北山さん。

また、資料がないときは徹底的に勉強をする。新しいことを勉強するときは、自分なりに関係図を作成するそうだ。例えば、最近はゴーシェ病についての会議があり、勉強し、通訳の単語メモはノート8ページ分にもなったそうだ。それを抱えて現場に臨んだ。

「知ったつもり」が最もやっかい。「クローン」など、本当はよく知らないで使っている言葉が多い。正確に説明できるように知識を身につけていくことが大切だ。

セッションのテーマである「連想」とは、他の人と反応し合うこと。「しゃべるのは書くこととは異なります。言葉を話すこと、それはその人になること。それがコミュニケーションの醍醐味です」と北原さんが語った。

セッション「同時通訳者のホンネ~十人十色」
マクウィリアムス・フリィ&中村いづみ(会議通訳者)

0827_08社内通訳を経て、フリーランスで活躍中のふたりが登壇。参加者からの質問に答えていくかたちで進む、参加型トークセッション。まずはそれぞれの自己紹介。

マクウィリアムス・フリィさんは両親ともにバイリンガルという環境で育ち、小学校1年生からはインターナショナルスクールへ。14歳で単身カナダに、そして25歳に中国へと世界を股にかけてきた。31歳のとき、8年前に日本に帰国。IT系企業の社内通訳を経てフリーランスに。

中村いづみさんは通訳会社に登録にいくと「変わった経歴ですね」とよく言われるそう。予備校の国語教師や日本語教師、英語教師などを経て、通訳者に。派遣会社に登録し、派遣から通訳キャリアをスタートした。マクドナルド、IBM、ボシュロム、イオンなど、多数の企業で社内通訳を務めたのち独立。

参加者は、通訳者を目指している人、社内通訳の人、フリーランスの人、エージェントなど。社内通訳者が多かった。

質問は「フリーと派遣を両立する方法は?」、「業種がかぶらないほうがいい?」、「正社員で通訳しているが、フリーになる勇気がない。独立するといいことはあるか?」などさまざま。「なぜフリーかというと、いろんな経験がしたいから」との回答が印象的だった。

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なお、基調講演とすべてのセッションを撮影した動画をJACIのホームページに公開予定で、JACI会員は視聴できるそうです。JACIの入会案内はこちらになります。