Vol.9 トライリンガルへの長い道のり(前編) /翻訳者・通訳者 丸岡英明さん

通訳者・翻訳者の子育て2018.02.07

私はここ10年オーストラリア在住ですが、その前は台湾に10年間滞在していたため、海外生活はかれこれ20年になります。その間に、台湾人の妻との間に2人の娘が生まれました。私は、翻訳と通訳の両方の仕事をしていますが、仕事の9割は翻訳で、家にいる時間が比較的長く、子育てにも積極的に関わることができました。過去20年間、こうした経験の中で感じてきたトライリンガルの国際家庭での子育ての苦労について、前編(上の子・長女編)と後編(下の子・次女編)でお伝えしたいと思います。

台湾で日本語と中国語を使い
小学3年生でオーストラリアへ移住

連載で多くの方が触れているように、多言語の環境で育ったからといって、子どもが自然にバイリンガルやトライリンガルになるということはありえません。多くの場合は複数の言語の習得を諦めてしまい1つの言語しか習得できず、複数の言語が習得できた場合でもどちらかの言語が比較的弱くなってしまうことがほとんどで、最悪、どの言語もすべて中途半端になってしまうことさえあります。

子どもをバイリンガルやトライリンガルに育てるには、小さい頃には親による、大きくなってからは本人による、かなりの努力が必要であるというのが実感です。私の周りにもさまざまなタイプの国際家庭があり、最初から1言語にしぼっている家庭もあれば、複数の言語を同時に取得させようと相当の努力をしている家庭も、逆に子どもの意志に任せて放任している家庭もあります。うちの場合は、長女に対してはかなりの努力をし、次女に対しては放任しています。その理由については後述します。

現在19歳の長女は台湾で生まれ、9歳まで台湾で育ったので、母語は台湾訛りの標準中国語(いわゆる「北京語」)であると言えます。妻は台湾語(福建語)を話し、妻の両親との会話は台湾語ですが、子どもたちは台湾語をほとんど話せません。私も当初は、多くの人が考えているように、父親が日本人で母親が台湾人であれば、それほど努力しなくても子どもは日本語と中国語(台湾語を含む)の両方が自然と流暢に話せるようになるだろうと考えていました。それが甘い考えだとわかったのはずっと先のことになります。

長女は、日本人と台湾人が半々のバイリンガル幼稚園、小学校も2年生まで台北日本人学校に通ったので、台湾で育ったにもかかわらず幼いころの教育は日本語が中心でした。日常生活では中国語、学校では日本語という生活環境にあったと言えます。転機が訪れたのは、小学校に入り、中学を卒業してからの子どもの針路を考え始めるようになってからです。というのも、台北日本人学校は中学3年までしかなく、高校は、英語で教育している現地のインターナショナルスクール、中国語で教育をしている現地の高校、日本の高校、シンガポールなどの第三国の高校、のいずれかを選択しなければならなかったからです。それぞれハードルが高く、早いうちにそれなりの準備が必要だと、いろいろな人からの話でわかってきました。悩んだ末、日本の高校に入るという選択肢はまずないであろうということで、中国語で教育をしている現地の高校に進むべく、現地の小学校に転校させました。

ここで問題になったのは、母親が台湾人なので中国語をある程度は流暢に話すことはできても、小学校2年生まで日本人としての教育を受けてきたので、現地校での国語(中国語)の授業にまったくついていけなかったことです。まずは、小学校2年生で難しい成語(四文字熟語)を毎週いくつも暗記させられたのに驚かされました。台湾の学校は、日本以上に詰め込み教育が盛んで、毎晩夜遅くまで大量の宿題をこなす日々が続くようになりました。小学校2年生でこのような状態で、中学・高校とこのまま進んで大丈夫なのかと不安を覚えました。

妻は、台湾人ですが、オーストラリアで育ったためオーストラリア国籍ももっています、そのため、子どもの将来のことを考えると、オーストラリアのようなのびのびした環境で育てるほうがよいのではないかと考えるようになりました。その間、台北のインターナショナルスクールを受験させようと、英語の教材を買い与え、英語の塾にも通わせたのですが、そうそううまくいくはずもなく、長女が9歳になったときに、一家でオーストラリアに移住することを決断しました。

東京のオーストラリア大使館でインターン生として勤務する長女。

東京のオーストラリア大使館でインターン生として勤務する現在の長女。

長女は、台湾で英語の塾に通ってはいたものの、英語は片言しか話せず、オーストラリアに移住した当初は、先生やクラスメートが話していることがほとんど理解できなかったようです。幸い、オーストラリアは移民の国なので英語を母語としていない生徒に対する英語教育プログラムが充実しており、1年もしないうちに何不自由なく普通に会話ができるようになり、今では読み書きも会話も一番得意な言語は英語になりました。中学3年までは毎週土曜日に日本語補習校に通い、高校と大学でも外国語として中国語と日本語の勉強を続けたので、中国語と日本語のレベルもある程度は維持できています。(相変わらず漢字はどちらの言語でも苦手ですし、「食事が寒くなる(本人は「冷たくなる」と言っているつもり)」などと、変な日本語を駆使していますが…)

オーストラリアに移住したのは、子どもに英語を学ばせるためではなく、詰め込み式の教育をそれほど重視しない比較的のびのびとした教育環境で子育てをしたいためだったのですが、結果的に英語が上達しただけでなく、プレゼンテーションやディベートなどの、日本や台湾の教育ではあまり重視されていない能力も身につけることができました。オーストラリアでは、正しい答えを単に暗記させるのではなく、結論に到達するまでどのような論理的な思考を行ったかというプロセスを重要視していることも、日本や台湾の教育とはかなり違うと感じています。

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