Vol.7 12歳から留学した私と母のこと/通訳者・関根マイクさん

通訳者・翻訳者の子育て2017.12.11

この春、母が亡くなった。私は母と仲が良かったわけではない。というか、幼い頃からずっと単身留学生活が続いたので、母親と一緒に暮らした記憶さえあまりない。「子どもは母親の手料理の味を忘れない」などという記述を雑誌で目にすることがあるが、私が記憶している味は新潟の祖父母に預けられていたときに好きになったブリの甘煮と、カナダの寄宿舎で出たゴムみたいな歯ごたえのサリスベリーステーキである。物心がついてすぐにイングリッシュスクールに通わされ、それから海外留学という流れの中、目まぐるしく変化する環境において一人で物事を処理することに慣れてしまい、ホームシックになったことはなかった。けれど、子どもなりに「私は親に見放されたのか」と悩むことはあった。

冒頭から暗い話になってしまい恐縮だが、結論からいうと、私は親の教育・子育てが間違っていたとは思わない。けれど、その結論に至るまでに20年近くの歳月を要した。私は今回、「育てられた側」の視点から子育てを語りたいと思う。

「大人になるまでは言うことを聞け」と

香港のイングリッシュスクールからカナダに留学したのが12歳頃。その後、十数年カナダで生活することになるのだが、留学直後は英語が全然喋れず、授業に出ても宿題があったことすら知らず(先生の指示を聞き取れていない)、毎週どこかで怒られる日々が続いた。いや、勉強嫌いだったので、聞き取れていても宿題をやったかどうか怪しいのだが。いずれにせよ、成績はかなり悪かった。

そんな私に、母は小型ダンボールいっぱいに文庫本を送ってきた。忘れた頃に、私が好きそうな小説を中心に、ときには『ロードショー』のような映画雑誌も含めて色々と送ってきた。赤川次郎の三毛猫ホームズシリーズや西村京太郎を読み始めたのはこの頃である。おそらく母なりの気遣いというか、日本語を忘れないようにこれを読みなさいという意図だったのだろう。

いま思えば、当時は親の気持ち、または狙いをまったく理解できていなかった。本来であればもっと早く留学させたかったに違いない。一般に、柔軟に聴力を鍛えることができるとされているのはおよそ10歳~11歳くらいまでで、それを過ぎると耳は聞き取る音を固定化するようになり、細かい音を聞き分けるのが難しくなる。聞き分けられなければ、発音することも難しい。私が留学したのは12歳頃なのだが、10歳の時点ではおそらく私がまだ人間的に幼すぎて、単身留学は無理だと判断したのだろう。当の本人もわかるほど私はやりたい放題で、他人に迷惑をかけまくり、親の言うことはまず聞かなかった。しかし親の賢明な判断のおかげで、今ではネイティブと間違われるほどの発音を身につけている(実際はネイティブでもなんでもない。母によると母国語は広東語だったらしい)。耳の能力的にはギリギリ間に合ったのだろう。こればかりは環境に依存する要素が大きく、努力だけではどうにもならない部分があるので、親には心から感謝している。

留学する前から、両親、特に母からは何かにつけて「大人になるまでは親の言うことを聞け。お前が大人になったら自分の好きにやれ」と言われていた。言われていた当時は「まーたそれか」と聞き流していたが、ずっと後になって両親が若い頃にかなり苦労したという話を祖父母から聞いて、あの言葉の本当の意味がずしりと心に響いている。

振り返ると、私は親の言うことにことごとく反発してきたつもりだが、結果的には概ね親の意図した通りに育ってしまった。英語を習得し、日本語もしっかり維持して、一人でもなんとか生きていく術を得た(そして姉共々、フリーランスになった)。困難に直面しても諦めずに戦う心の強さを育んだ。売られたケンカは買うようになった……が、これは親の意図ではないと思う。

どこでも生きていけるツールを授かった

最近、子どもを留学させようか悩む友人と話をした。私は留学した身ではあるが、留学が常に正しい道だとは言いたくはないし、実際言わない。人によっては、孤独に負けて道を外してしまうこともある。留学しても現地の日本人とつるんで外国語がまったく習得できない例もある。そもそも私は留学など考えたこともなかったし、住み慣れた環境を劇的に変えることなど望んでいなかった。留学が決まった直後は親を心底憎んだ。しかし、子どもは自分にとって何が一番なのか、わかってないことが多いと思う。私の親は、子どもが将来なにになろうが本人の勝手だが、どこでも生きていけるようなツールを授けたかったのだと今は解釈している。

母が亡くなる1年ほど前、二人で話したことがある。母は私や姉ともっと時間を過ごすべきだった、自分の教育は間違っていたかもしれない、とこぼしていた。病に健康を蝕まれ、弱気になっていたのかもしれない。けれど、私ははっきりと答えた。「親が決断してくれたおかげで、今の私がある」と。母が旅立つ前にそれをきちんと伝えられてよかったと思う。

姪っ子たち。

親と同様、姉も国際結婚。可愛い姪っ子たち。