第12回(最終回) 単語と文法という基本に立ち返る

現代文学翻訳コンテスト2017.10.01

 いよいよ最終回となりまして、今回は36通のご応募をいただきました。なかなか難しい文章だとコメントを寄せてくださった方がけっこうおられまして、それは僕もまったく同感です。挑戦していただき、どうもありがとうございました。

 難しい文章になった原因が何かといえば、今回のような掌編(ショート・ショート)の場合は、かなり表現が圧縮されている書き方になるからです。長編であれば各場面やエピソードをもっと言葉を費やしてゆったりと語るところが、短めの短編となると、それぞれの場面が何を描いているのかを見極めるための手がかりは一つしかない、ということがありえます。今回のアメリア・グレイの文章は、まさにその典型です。

 そんな場合は、①文脈からある程度意味を絞りつつ、②文法や単語のニュアンスをなるだけ正確に読み取って訳語を確定させていく、という作業が大きなウェイトを占めることになります。基本中の基本ではありますが、グレイの文章はそれがかなり高度に試されますので、最後に取り上げるにはちょうどよかったのかもしれません。

 まずは課題文を確認しましょう。

第11回課題文(再掲)

  Keepers here are required to do more than trim and water the plots, make a note of sinking or cracking, seed bare patches, feed the peacocks, and feed the cats. This is the last piece of luxury property most people ever own apart from acquisitions in the afterlife, and so there’re a few special things we do to make the investment worth it. The slings and trappings all find their way here. We know how to treat such matters with respect.
  You’ll recall the pharaohs were entombed with whatever they wanted to hang on to: usually women and cats, pots of honey. These days, we might pour in a shipping crate of golf balls before nestling the linksman into the dimpled rough and covering him up with a soft layer of tees. We had a starlet request her casket be filled with vodka, the good stuff. We floated her in it like an olive and locked it down. She didn’t spring for watertight, though; for five months, the grass wouldn’t grow. We had to lay down plastic turf.
  A tax man had a crate of mice scattered through his mourners so he could be entombed with the sense of panic he inspired. A ballet instructor wanted her students to pas de bourrée in the grave to tamp down the soil before she was placed. We got the girls out before their teacher was lowered in, but for a little extra, who knows ― maybe we would have looked away, have one of them do a solo piece while we backed in the dirt.
  There was the assistant, beloved by all on the lot next door, who was placed in a grave we left unmarked but for a stone bench so his boss could sit and yell Martin! Get on the fucking call! and similar for many glad hours. The studio even financed a granite letter tray. Every full moon, they say, a ghostly figure deposits three duplicates of a contract to be sent to Legal.

解説

1:全体のトーン

 まずは語り口調についてです。今回の語り手となるのは“We”で、読んでいくうちに墓地の関係者であることがわかってきます。第一段落の以下の箇所では、わりあいフォーマルな言葉遣いを使用しています。

 くだけた口調なら“what they get”と言ってもいいところを“acquisitions“という単語をわざわざ選んでいるわけですから、手堅い感じの文章だということができるでしょう。ほかにも、“property”や“investment”など、解説的な単語が登場しますから、「きっちりしている」というトーンがうかがえます。

 一方で、第二段落の冒頭には“You”が出てきます。一箇所だけとはいえ、説明する相手を想定していることが伺えます。さらに、第三段落の終盤になりますと、“who knows”という、やや会話的なフレーズも出てきます。そのあたりから、語る相手が実在するかどうかはともかく、話しかけるような口調で文章が進んでいくと想定してもOKでしょう。

 そうしますと、もっともぴったりくる口調としては「見学に来た人を相手に営業担当が解説している」というものになるでしょうか。つまり、単語としてはあれこれ難しいものがちりばめられている一方で、全体としては丁寧な口調です。それを総合するなら、今回は「ですます調」を有力な候補として考えてみたいと思います。“You’ll”や“there’re”などの省略形は、話し言葉のトーンにともなって出てくると考えてもいいでしょう。応募された方のなかでは、「~です」と「~だ」の口調の割合はちょうど半々くらいでした。

2:単語をどこまで訳すのか

 トーンをこうして設定すると、次は具体的な文章を訳していくことになります。今回難しいのは、ちょっと意味の取りづらい単語やフレーズが随所に見られる点と、翻訳がどこまで意味を「解説」すべきか判断に迷う箇所がある点です。実際にいくつか見てみましょう。

 最初の段落では、設定がはっきりとは述べられないまま、物語がスタートしています。“Keepers here”、あるいは“This is the last piece of luxury”などで、おそらくはなんらかの施設を指していることが推察されますが、でもいったい何の話なんだろう……と思わせておいて、第二段落で“entombed”がでてくるところから本格的に「墓地」の話であることがわかってくる、そんな構成です。

 そうしますと、翻訳で最初の段落に「墓」や「埋葬」といった単語を使うのは避けておくほうが、原文の狙いには近いと思われます。具体的には、最初の文の“here”を「この墓地」とするのではなく、「ここ」や「当地」、ぎりぎりのところで「当園」あたりに止めておく、ということになるでしょうか。翻訳する側は、物語の先まで読んで設定をきちんと理解したうえで訳し始めるので、ついつい意味を確定させたくなりますが、じわじわ状況を明らかにするという原文の性質に応じて親切心を多少抑制するべき場合もあり、今回はその典型的なケースと言えるでしょう。

 逆に、原文がやや曖昧な言葉遣いをしているところを、ちょっと親切に訳してあげるべき箇所もあります。第一段落で、僕も「?」となったのが、“The slings and trappings all find their way here.”の主語二つは何を指しているのか、という問題です。とくに“the slings”は「投石器」なのか「ぱちんこ」なのか、「吊り包帯」なのか、はたまた「抱っこ紐」なのか……。たいていの場合ですと、前後の文脈で意味の範囲は絞り込むことができるものですが、今回は文脈が見えづらいというのが難点です。何か特別なフレーズがあったかどうか確認しようと思い、Google検索をかけてみると、出てきたのは今回の課題文でした。

 推測の域を出ないのですが、“trappings”がもっぱら「装飾」や「馬の飾り」を意味することはほぼ間違いないので、そのうえで、次の段落での副葬品の説明につながるように考えるのであれば、たとえば「ぱちんこや馬具飾り」という可能性はあるでしょう。この場合、主語になっている二つの単語のあいだには明確な関連性はなく、幼少期の思い出の品から、大人になってからのステータスを示す品まで、墓地では幅広く受け入れています、ということだと解釈すると、次の段落以降の、ゴルフボールからウォッカ、ネズミからバレエ教室の教え子まで、というバラエティにもつながります。

 あるいは、“slings”もある種の武具の飾りに近い意味、「銃などの吊り帯」と考えるのもひとつの解釈だと思います。この場合、墓に入る故人は狩りが好きな人か、あるいは昔の騎兵隊の将校のような人で、自分にとって誇りとする品とともにお墓に入るのだ、という状況だと、それなりに意味は通ります。あるいは、その他スラングの可能性もあり、絶対にこれだと決定するだけの材料がないのですが、後へのつながりを考えれば、最初に挙げた「幅広さ」の可能性が一番ありそうでしょうか。

 といっても、どの訳を選ぶにしても、何を言いたいのかはまだ曖昧なままです。そこで、この場合は思い切って意訳する選択肢が妥当かもしれません。つまり、単語の意味を忠実に訳しても文意が伝わりづらいため、「故人にとって大事なもの」という意味を優先した訳語を当てるということになります。実際、それを試みられた方もわりと多くおられました。いくつか挙げてみます。

 どれも優れた訳し方だと思います。物を主語にして、“all find their way here”と続くセンテンスの全体としては、「AもBも、すべてここにたどり着く」という意味になります。そのあたりも意訳でうまく対応して、「AもBもすべてここに納められます」といった形などで訳せるかと思います。

 第二段落の “pharaohs”は、エジプトのファラオのことを指します。意味をやや広く取って「専制君主」や「暴君」とされていた方もおられましたが、アメリカ文化で“pharaohs”が出てくれば、ほぼ100%エジプト王を指すと考えていいのではないかと思います。その理由としては、1990年代から21世紀に入っても次から次に制作される、古代エジプトやらミイラやらがテーマの映画の数々が挙げられます(『ハムナプトラ』シリーズ、『ナイト ミュージアム』シリーズがその典型です)。ヨーロッパではどうなのか、僕はあまりよく知りませんが、アメリカ人はとにかくエジプトとミイラが好きなようです。

 イメージするのが難しい単語や表現は、まだまだ続きます。ウォッカのなかに沈めてほしい、という若手女優のケースは、“We had a starlet request her casket be filled with vodka, the good stuff.”と説明されています。最後の“the good stuff”は、一見して文の構造からは浮いたフレーズですが、ウォッカを追加で修飾する情報になっていて、「しかも上質の」という意味で用いられていると思われます。その念願は叶えられましたが、続いて“she didn’t spring for watertight, though”と書いてあります。こちらの訳は応募されたみなさんの間でもかなり分かれたのですが、“spring for …”の口語的な使い方として「~に出費する」という意味があることから考えて、埋葬用のウォッカを買ったはいいものの、スター女優までの立場ではないのでそこでお金が尽きてしまい、棺の防水加工代は出さなかった、という文のつながりが一番自然に思えます。結果として、アルコール分が土壌に染み出してしまい、五か月も草が生えてくれなかったという展開になります。実際にウォッカにそのような効果があるのかどうかは僕も知りませんが……。

 最後の段落で紹介されるアシスタントのマーティンのくだりでは、“the lot next door”が何を指すのか、手がかりが少ないまま進めていかねばなりません。「ご近所」なのか「隣の区画」なのか、これだけではちょっと決めかねますが、次の行 に“the studio”という単語が出てきますから、“lot”に「映画撮影所」という意味があるのと「映画スタジオ」としての“studio”とのセットで考えると筋が通りそうです。そうすると、最後のほうの“contracts”は映画製作に関係する出演などの契約書を指していることになります。

 どれも手がかりは最小限に切り詰められていますが、意味がまったくつかめないというほどまでなく、探偵に近い気分で翻訳することになります(事件が解決できたのかはわかりませんが)。それがショート・ショートを翻訳するときの味わいだということになるでしょうか。

3:文法から意味を確定させる――使役と仮定法

 今回の文章は、短いながらも文法的に面白いポイントがいくつかあります。一番特徴的なのは、使役の“have”が複数登場することでしょうか。たとえば、税務署の人がネズミを使ったいたずらは、“A tax man had a crate of mice scattered through his mourners”と表現されています。この場合の“have”は、目的語にあたるものに「~させる」という使役の用法で使われています。大箱いっぱいのネズミを散らさせる、あるいは散らしてもらう、という意味です。主語にあたる人はすでに世を去っているので、葬儀のときには担当の人に頼んで何かをしてもらうしかありません。その状況を考えれば、使役の構文が出てくるのは自然な流れだと言えます。もう一箇所出てくる使役の“have”については、少し後でご紹介したいと思います。

 “The slings and trappings”に並ぶ難点だったのが、バレエ講師の葬儀に際しての、次のくだりです。

 この文の“but for a little extra”以降は、何のことを指しているのでしょうか。ここは文法のポイントがいくつも集中している山場です。

 まず、“for a little extra”は、お金の支払いに関するフレーズです。たとえば「10ドルで」何かを買ったときの表現が“for ten dollars”になるのと同じ形で、金額の代わりに“a little extra”があるわけですから、「ちょっとした追加料金で」という意味です。バレエの先生、葬儀や墓地の代金のみならず、特別リクエストをしていたようです。

 ただし、その直後には“who knows”というフレーズが挟み込まれています。直訳すれば「誰にわかるだろう」あるいは「誰にもわかりっこない」という、よくあるフレーズですが、その直前に置かれている、追加料金で何かのサービスがあったことに対して、「まあわからないけど」と、真偽のほどを曖昧にするために導入されています。それまでは葬儀に際してのサービスぶりをアピールしてきたわけですから、今回はちょっと言葉を濁さねばならない事情でもあるのでしょうか。

 その事情は、ダッシュ以降の“maybe we would have looked away”から最後にかけての文で明らかにされます。仮定法が使われているこの箇所は、「もし~」にあたるのが“for a little extra”だと思われます。本当かどうかはともかく、もし追加料金の支払いがあったのなら、「私たちは目を背けることにしたかもしれない 」という意味です。日本語の語感を追求するなら、「目を背ける」よりは「目をつぶる」のほうが文脈には近いでしょうか。

 それに続けて、“have one of them do a solo piece while we backed in the dirt”として段落は閉じられます。ここの“have”は、先ほど出てきた使役の形の構文です。「その一人ソロを踊らせる」という意味になり、“them”は“her students”ですから、この全体は、「教え子の一人にソロを踊らせているあいだに土を戻そうという気になった」という内容になります。

 つまり、追加料金をもらった「私たち」は、特別リクエストに応えて教え子の一人を葬儀のときに生き埋めにしてしまったという、なかなか衝撃的な出来事を語っているわけです。どう見ても殺人行為ですから、過去形で「~しました」とは語ることができず、“who knows”というフレーズと、“maybe we would have …”の仮定法を使って、「そんなサービスもするかもしれませんが、どうなんでしょう」とぼかして説明しているわけです。内容が内容だけに、歯切れが悪いのも納得という感じでしょうか。

4:フレーズの訳語を工夫する

 訳文のトーンに合わせる形で、ちょっとしたフレーズをどう日本語で表現するのか、工夫のしどころもいくつかありました。面白い箇所には事欠きませんが、いくつかピックアップしてみたいと思います。

 第一段落の次の箇所は、みなさんの応募文でさまざまな案が寄せられました。

 意味としてはすんなりわかる文章ですが、“investment”を「投資」とするより噛み砕いて訳してみたい、あるいは“worth it”は「その価値がある」以外に何か工夫できないか、と考えれば、いろいろと可能性が出てきます。

 どれも無理のない言葉の流れで作られていて、僕も勉強になりました。僕自身は、「それに見合う買い物だと思っていただくべく、私たちも特別なサービスを提供しています」としてみました。

 もう一つ挙げるとすれば、最後の段落に出てくる次の箇所でしょうか。

 “Martin! Get on the fucking call!”が上司のセリフで、こちらのセリフをみなさんがどう訳しているのかも面白かったです。

 僕はわりとシンプルに「マーティン!さっさと電話に出ろ!」にしました。四文字言葉の“fucking”自体は日常会話で非常によく出てくる言葉ですから、特に強烈な言葉に訳すよりは、おいボヤッとするなよ、というトーンくらいにして、愛情を込めて叱り飛ばしている雰囲気が出ればいいかなと思った次第です。

 “and similar”は、ちょっと文法的にはくだけていますが、直前のせりふとのつながりで「~などと」や「~とかなんとか」といった意味で使われているようです。お気に入りの部下の墓を訪れて、生前の職場でのやり取りをしばらく楽しむ、そんなお墓参りなら僕もやってもらいたいです。墓に毎日違う英文が表示されるようなつくりにして、やってくる人がそれを翻訳して帰るとか……コミック版『風の谷のナウシカ』の墓所みたいですが。

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