第5回 比喩・仕草・会話の訳し方

現代文学翻訳コンテスト2017.03.01

第5回課題文 発表

 続いて、次回の課題文のほうに移りたいと思います。次回の作者は、1978年生まれ、シカゴ在住の作家レベッカ・マカーイ(Rebecca Makkai)による短編、「赤を背景としたふたりの恋人」(“Couple of Lovers on a Red Background”)からのひと段落です。

Music for Wartime

“Couple of Lovers on a Red Background”が収録されている短編集Music for Wartime

 マカーイはシカゴで生まれ育ったのですが、父親がハンガリー出身の移民二世にあたります。そんなバックグラウンドもあって、第二次世界大戦下のハンガリーやルーマニアといった東欧を舞台とした短編をいくつも発表し、戦争と芸術の関係などを問うテーマを探求することの多い作家です。

 ただし、「赤を背景としたふたりの恋人」はマカーイのなかでもかなり不思議な作品です。舞台は2002年のニューヨーク、地上27階の高層アパートに暮らす、不動産業勤務の女性が主人公となります。ラリーという恋人がいたのですが、物語が始まる前の年、つまりは2001年の同時多発テロ攻撃で世界貿易センタービルが倒壊してから、ふたりの価値観の違いが目立つようになり、物語が始まったときは、すでにラリーはアパートを出ていき、大学を卒業して彼が買ったヤマハの直立ピアノが居間に残されている、という状況です。

 ここまでは、現代のアメリカ小説にはありがちな話かもしれません。しかし、ある日、主人公の女性はピアノのなかから物音が聞こえてくることに気づきます。さてはネズミが入り込んだか、と思いきや、十日間して、突然ピアノの蓋が持ち上がり、身長30センチメートルほどの小人が飛び出してきます。仰天しつつも、その生き物をクローゼットに追い込んで仕事に出かけ、帰ってきてみると、その小人は大人の男性の大きさになり、ソファに眠っていました。よくよくその姿を見てみると……その男性、実はヨハン・セバスティアン・バッハ、「大バッハ」でした。18世紀のドイツから、どういうわけかあの音楽の偉人がタイムスリップしてきたようです。

 当然ながらバッハは英語を話せませんから、主人公は周囲には内緒でバッハと二人暮らしを始めることに。仕事に行っているあいだに音楽を聴いてもらおうとCDプレーヤーの使い方を教えると、どうやらバッハはジャズブルースが気に入ったらしく、分かりもしないブルースの歌を笑顔で、しかもドイツ語訛で披露してくれたりします。

 課題文に選んだのは、バッハが登場した直後、主人公の女性が、自分がピアノを習い始めたばかりのころを思い出すくだりです。最初のほうの“He”はバッハのことですが、それ以降は、主人公の少女時代の記憶が語られています。

課題文

  He doesn’t seem to remember living in the piano. He never lifts the lid to look inside, which I would certainly do if I’d lived there ten days. The morning he came, I was in my sweats playing his Minuet in G – the one you know if you ever took lessons, the first “real” piece you learned by a serious composer: DA-da-da-da-da-DA-da-da. I was remembering that the day I learned to play it was the same day my father, the journalist who wished he were an opera baritone, first took interest in my lessons. I was seven. He would stand behind me and beat time on his palm. He even made up a little song for it, when I wasn’t getting the rhythm right: “THIS is the way that BACH wrote it, THIS is the way that BACH wrote it, THIS is the merry, THIS is the merry, THIS is the merry tune!” I’d keep playing even though it panicked me, and I’d think of the picture from my cartoon book about Beethoven, the one where his father stood behind the piano with dollar signs in his eyes. I wasn’t gifted enough that my father was thinking of money. Maybe he wanted me to entertain at his dinner parties, or just to be better than he was. Treble clefs in his eyes.

 単純な説明文のようですが、いろいろと面白いところも工夫のしどころもある文章かと思います。みなさんのご応募をお待ちいたしております。

現代文学翻訳コンテスト バックナンバー

第1回 翻訳とは嘔吐である

第2回 原文の語順をどこまで尊重するか

第3回 「目」の語りと「耳」の語り

第4回 現在形で書かれた原文を訳すには

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