第33回 通訳ガイドの社会的地位

通訳ガイド行脚2010.03.16

通訳ガイドは旅行中の何でも屋さん
お客様の国籍によってガイドの仕事に対する理解が異なる

最近、アジアからの来日客に3日間に渡ってアテンドした新人通訳ガイドXさんから、こんな悲しげな質問が投げかけられました。“ガイドの地位”については、経験を積んだ人ならば誰でも考えさせられたことがあるテーマだと思いますので、ちょっとご紹介したいと思います。

自らの体験から私が考えるには、通訳案内士(通訳ガイド)とは観光ガイドであり、同行通訳者であり、歴史や文化の研究者、時に先生であり、グループをまとめるツアーリーダ―・旅行の添乗員であり、チアリーダー(笑)、エンタテナーであり、もめ事解決・交渉事まとめ役です。また、予約や変更の連絡係、迷子を捜す名人であり、忘れ物を取りに走る雑用係であり、病院に付き添う介護役であり、カメラマンであり、ダメもとで言ってくる無理難題要求の整理係であり、愚痴を聞く精神科医。誘導係、雑用小間使いスタッフでもあります。

尊敬を持って丁重に扱われる時から、奴隷扱い(?笑)で下働きは当然とこき使われるケースもあります。日本の旅行会社がきちんと介入している場合には、ガイドが下働き状況になってしまうと、「すみません!今回は我慢して下さいネ」という小さな恐縮の声が聞こえてくるので救われる思いがするものです。

ちなみに今回の新人ガイドさんは勉強熱心で、チャレンジ精神に溢れた前向きで優秀な方です。お仕事はこのピーク・シーズンに外国系の旅行会社から突然依頼されたもので、15名のグループメンバー中、同国人のツアーリーダ―が3名もいてVIPファミリー客を万全にエスコートする体制でした。ツアーリーダ―がいれば当然、誘導、人数確認などは彼らと協働作業だと思い込んだのでしょう(ツアーリーダ―と呼ばれる立場の人も国や会社が異なると、job description担当業務の理解も変わることがあり、自分の業務領域を超えて動くことはしないケースが外国人の場合はよくあります。異文化への理解を深めましょう)。

法外・不埒な要求をされることはよくあること。
前向きにとらえて“スーパー召使い”を演じるのも一つの解決策

Xさんが抱いていた通訳案内士のイメージは、国際交流の最前線でリーダ―シップを発揮して和やかにお客様から感謝もされ、一般社会からは専門職として一目置かれるようなカッコいい仕事の姿だったに違いありません。ところが、今回は状況がまったく違っていました。何度も屈辱的な思いをし、プライドを傷つけられたというのです。

・ 超高級ホテルのマネージャーさえも顔を引きつらせるような無茶な要求をし、事態の収拾はすべてガイドに押し付けられた。

・ 予定はコロコロと変わり、その都度ガイドや関係者は振り回されて無理難題との戦いだった。

・ ガイドはVIP客とは直接話ができず、ガイディングをしていても途中で黙れと言われ、反対にいきなりガイディングしろと言われたりもした。自分のペースでガイディングすることができないとは夢にも思わなかった(夜も寝ないで準備した何種類ものガイドプランニングも、レストランの予約もすべてキャンセルとなりました・・・)

・ レストランとバスの間の誘導で、複数のツアーリーダ―がいるのに彼等は一切誘導を手伝おうとせず、ガイドがひとりで3往復もさせられた。

・ 交通規則で停車できない場所でも、バスを突然止めろと言われて喧嘩になりそうだった。

「集合時間にいないメンバーがいれば即、“探しに行け”と命令され、ガイドはまるで召使いのようにこき使い、ガイドの努力が無駄に終わっても全てに対して謝るということをしないのです。ガイドには人権はないのか?とさえ思うような我慢を重ねました…」とXさん。

心の支えになったのは、悟りを開いたかのように忍耐強く、ガイドに同情してくれた貸切バスの運転手さんの笑顔、そして仕事仲間との会話だったそうです。Xさんの辛かった気持ち、悔しい気持ちを思うとほんとうに気の毒になってしまいます。

しかしXさんの話の半分は新人ならではの驚きで、プロの現場ではよくあること。日本社会では受け入れにくい状況を解決していくことがガイドの仕事でしょと言われればそれまでです。旅行会社の社員達も同様な苦労をしてツアー実現にこぎつけています。

VIPグループだったことも業務を複雑にしたのでしょう。VIPアテンドの難しいところは、それがVIPであればあるほど事前に予定の詳細が分からず、また準備をしてもドタキャンや直前変更が相次いで先が読めないことが多いことです。セキュリティの問題も絡みます。

そしてXさんの心が傷ついたのは、「ガイドの扱われ方」が想定外だったことでしょう。お客さまと対等あるいは対等に近いレベルの人間関係でないと最初はショックを受けるかもしれません。でも文化によっては、現地観光ガイドに対して尊敬の気持ちで最初から丁寧に接してくれる人々もいれば、自分達が雇ったスタッフとして“メイドか小間使い代わり”に接する人々もいるのです。

プライドを持って働き、時にはプライドをかなぐり捨てなきゃ務まらないのが通訳案内士です。相手が自分に何を求めているのかを察して期待に沿って動くのです。今度同じことがあったらカラッと割り切って“スーパー召使い”を演じてみることを楽しんでみたら?なんてXさんに言ってしまいました。何をやっても“凄い!”と言わせてみることにチャレンジです。どんなにスマートに仕事をしている人も、舞台裏ではそれぞれに辛い思いを乗り越えているはずです。サラリーマンもOLもタレントさんもしかり。

小さなアドバイスです。”Sorry”などと言って謝る表現を口から出してしまうと、私達は気持ちがほんとうに落ち込みがち、暗くなってしまいます。できるだけ日本語の軽い気持ちの「すみません」でSorry.を言わず、別の表現で “I see what your point is.” とか”It’s too bad you cannot get it here.”などで対応するようにするのも、相手と対等な立場を保つ精神力の助けになるかもしれませんよ。

Xさんも、最後にはメンバーから暖かい感謝の言葉が出たことと、生まれて初めて日本でみた雪に感激してもらえたことが嬉しかったそうです。このたびの体験もいつかは笑い話になっていることでしょう。