第6回(最終回) 文体の一貫性を保つ

文芸翻訳コンテスト2016.10.25

第5回の課題文

 Diaries are kept by men: strong brush strokes on smooth rice paper, gathered into sheaves and tied with ribbon and placed in a lacquered box. I know this, for I have seen one such diary. It’s said that there are also noble ladies who keep diaries, in the capital or on their journeys in the provinces. These diaries (it is said) are often filled with grief, for a woman’s life is filled with sadness and waiting.
 Men and women write their various diaries: I shall see if a fox-maiden cannot also write one.
 I saw him and loved him, my master Kaya no Yoshifuji. I say this and it is short and sharp and without elegance, like a bark; and yet I have no idea how else to start. I am only a fox; I have no elegancies of language.

“Fox Magic”(Kij Johnson 著)

翻訳のポイント

小説の翻訳は堅苦しく考える必要はありません。誤訳したって命に関わるわけではありませんし、それぞれが好きに訳せばいいのです。特に、今回の小説を見ていると、そう思います。

これ、いろんな訳し方ができるんです。「だ・である」調で訳すもよし、「です・ます」調で訳すもよし、日本の昔の話ですから古語をまぜて訳すもよし、いっそ『枕草子』の桃尻語訳(知らない人は検索してみてください)のような文体で訳してもよし、とにかく文体の面では何でもありです。

また、日本的な側面を強調してもいいでしょうし、アメリカの小説であることを常に意識しながら訳してもいいでしょう。

それより大事なことは、文体の一貫性を保つことで、それが担保されないと一人の人間が話しているようには見えません。

もうひとつは、こんな短い断片にも構成はありますので、それをきちんと把握すること。最初の一段落には「男女いずれもが書く日記、しかし男と女ではけっこう違う日記のいろいろ」がつづられており、二つ目の段落は「狐が日記を書くよ」という宣言。三段落目から本論が始まります。Adagio で始まった交響曲が、Allegro spiritoso に変わるような感じでしょうか。この三段落目を最初の二段落と同じ調子で訳すのではなく、さっと日の光が射してくるような、別の訳し方ができたらいいと思います。

英語の解釈でいうと、最初の rice paper に苦労した人が多かったのではないでしょうか。辞書を見ると「わら紙」「通草紙」「ライスペーパー」などの訳語がありますが、どれも使えそうにありません。どうやら原材料(わら、通草、米)で区別したいのではなく、薄い上質紙ということをいいたいのではないかと思われます。それなら古語の「薄葉(あるいは薄様)」が適切ではないでしょうか。

三段落目の like a bark ですが、この bark は、「木の皮」ではなく、「(狐の)鳴き声、ひと吠え」と解釈しないと、意味が通りません。一生懸命、上等な人間の言葉を使おうとしても、しょせん下世話で、人間には狐が鳴いているようにしか聞こえない、という自嘲でしょうから。

そんなわけで、「だ・である」調ならイトウさん(65歳/訳文番号【1】)やノブトウさん(41歳・会社員/訳文番号【28】)が印象に残ったし、「です・ます」調ならオノデラさん(41歳・会社員/訳文番号【23】)がいいと思います。

 

最優秀賞

最優秀は、ええと……ええと……オノデラさん(41歳・会社員/訳文番号【23】)。欠点は、語り手自身が「雅な言葉には縁なき身」といっている割には、言葉遣いが優雅すぎること。

宮脇孝雄さんの訳例

最後に、とりあえずの訳例を示します。わずかに古語をまじえた現代文脈になっています。

like a barkを「さては狐が一声鳴いたか」と訳しているところが工夫といえば工夫です。

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