第60回 通訳ガイドを取り巻く社会情勢~領土問題の影響

通訳ガイド行脚2012.10.16

震災以後、やっといつもの活気あるシーズンを取り戻したか? の感があった外国人訪日観光も、領土問題が原因で突然、中国圏のお客様の来日がキャンセルされる事態となってしまいました。観光だけでなく様々な中国関連の催し物のキャンセルに戸惑いますが、通訳案内士(通訳ガイド)のお仕事も同時にすべてキャンセルになるのは極めて残念なことです。通訳ガイドは平和産業、テロや伝染病や経済危機があると繁栄できない業種であることを身にしみて感じる昨今です。

しかし、何名かの中国語ガイドさんとお話をしてみると、こちらが心配するよりも案外ケロリと明るいので救われた気がしました。「こればかりは仕方ないから」「先も読めないので、これから他の言語の勉強でもしようかな」「中国語の仕事では急なキャンセルなんてよくあることなんですよ」
中国人客は一般的に声も大きめで逞しい印象がありますが、それをガイドする人達も逞しく肝っ玉が座っているのかもしれませんね。

情勢に合わせてガイド表現に配慮を
さて、9月の終わりにアジア各国から集まる教育関係者の会合があり、その後で参加者のために用意されていた京都の市内観光ツアーがありました。その会合にも上海からの参加者はすべて来日直前に参加がキャンセルされましたが、北京からのメンバーはかろうじて予定どおり参加されているという状態でした。

そんな中での観光では、英語でのガイディングにも特別な配慮が必要になったという事例をご紹介したいと思います。ちょうどバスが京都御所の付近を通りかかった時、もちろんそれは主催者(オーガナイザー)の意向で、御所の見えるルートを通るように配慮されていたのですが、バスの中でガイドさんの説明にオーガナイザーはハラハラしてしまった…というのです。

もちろん通訳ガイドは、ガイド中に中国と日本との歴史的な関わりについて語る部分の表現については注意をしていました。ところが御所付近でいつものように皇室や天皇について語り始めた時、一部のお客様の表情がこわばったというのです。
ガイドさんは
「日本の天皇は125代目で、同じ血筋が守られた皇室というのはイギリスなどの例を含めても世界に稀なケースです」
「他国の皇族達と比べると日本の皇族のあり方は…」
「日本人は多くが天皇制について賛成し、天皇の存在を大切に考えている…」
「美智子皇后は、皇族に嫁いだ初めての民間人でした」
「皇太子には現在、女性のお子様がいらっしゃるのみで、男性しか天皇になれない現在の法律改正も検討されています」
などと話を続け、カレンダーからとった皇室ファミリーの写真を見せたりしました。これらは西欧のお客様を中心として、一般的には外国人客にとっては興味深い話題として耳を傾けていただけるガイド内容です。

しかし、今回はそれが日本の国粋主義や天皇崇拝、国の自慢話というニュアンスに受け取られてしまった可能性があったようでした。

中国からのお客様ご自身からの直接のクレームはありませんでしたが、そのバスに同乗していた催し物のオーガナイザーは、バス内の微妙な違和感の空気にヒヤヒヤしてしまったのでした。できれば控えて欲しい言葉だった、と。

今回の場合は中国のお客様だけでなく他国のお客様が大多数を占めたので、皇室のことはご案内したい一般情報でもあった訳です。日本人であれば自然に湧いてくる愛国心からのガイディング、その言葉に熱意を入れすぎず、淡々と事実を述べるような配慮、そしてどの程度深く語るのか、話す時間の長さの調節が求められる時期なのかもしれませんね。

相手の反応に注意を払う洞察力が大切
どの程度の話題が問題となり、同じ情報もどのように表現したら問題とはならないのか、この判断は時にとても難しい課題です。立場が違い、物事への考え方、感じ方、反応の仕方が異なる異文化のお客様のハンドリングで、最も通訳ガイドが予想のしにくい面です。人生経験と相手に対する洞察力がものを言います。

口にした言葉が、相手にとってどのように響くのか…できるだけの事前の配慮をしつつ、私たちはガイド現場で常に相手の反応に注意を払って敏感に対応してゆきたいものですね。

・・・と書いていると、今度は台風の影響で青森で観光が予定されていた大型クルーズ船が青森寄港の前夜に青森を避けてウラジオストクに向かったという連絡を受けました。首都圏から遠路青森にでかけた通訳ガイドさん達は、現地で下見をして準備をしただけでガイドをせずに帰宅することとなってしまいました。もちろん天候の理由なのでキャンセル料もまともには出ないようです。

通訳ガイドの敵は、領土問題以外に他にもまだまだ、ありました。無事に繁忙期のシーズンが乗り切れますように、仕事仲間の顔を思い浮かべながら祈るところです。