第87回 旅はドラマ!旅程管理の極意

通訳ガイド行脚2015.01.16

真冬は富士山が美しい姿を見せる日が多く、寒さを除けばお客様の満足度が高いシーズンです。元旦に通訳ガイドさんに同行して複数台口の富士・箱根ツアーバスに乗る機会がありました。

通訳ガイドAさんのバスは、河口湖を14:30に出発して箱根芦ノ湖、湖尻の桟橋から15:20に出向する船に乗れるかどうか? というきわどい時間との闘いがありました。間に合わないと次の船は16:00発ですから、周囲に何もない場所で40分も時間を持て余してしまいます。何とか間に合わせたいところです。

Aさんは河口湖を出るなり、湖尻の船の時間をバスの中でアナウンスしました。
「この船に乗りたいのです。ダメだったら16:00発の次の船に乗ります」
そこでお客様は、ああそうか、わかったよという顔つきでしたが、こういう情報提供が実はとても大切で、ガイドさん自身を助けることになります。40分待つことになった場合に、「なぜこんなに待つの?」というお客様からのクレームが回避できます。

バスは最初はスイスイ進み、ガイドさんのトークもノリノリです。しかし箱根の仙石原に近づくと、突然車の流れが止まりました。Stuck!
Aさんは不安そうな表情で湖尻の船の会社に携帯電話をかけました。
「今、仙石原を過ぎて坂を上ってますが、何とか15:20の船に乗りたいのです」
その様子は、普通ならお客様は特に気にもとめないガイド作業の一つなのですが、今回はバスの中の全員がガイドさんの電話の対応をじっと見守っていました。電話を切ったガイドさんが明るい声で、
「…、良かった!運転士さん、なんとか間に合いそうだからよろしくお願いします。 “Ladies and gentlemen, how lucky we are today!They say the boat will wait for us if for one or two minutes. I think we can make it!” 」
とアナウンスをすると、乗客の顔にフワッと笑顔が浮かびました。

これはドラマです。バスのドライバーも通訳ガイドも、そしてお客様も一体となって船に間に合うことがとても嬉しい瞬間になってゆくのです。到着する前にもAさんは手抜かりがありません。
“Everyone, are you ready to get off the bus?”
あ、そうかのんびり下車してちゃいけないんだな。荷物をまとめて手早く動かなくちゃ!と、お客様の動きも敏速になります。

これが通訳ガイドの行う旅程管理の極意だなと思いました。ガイドさん一人で「間に合うかしら」とハラハラするのではなく、お客様にも状況を説明して巻込んで、みんなでツアーを成功させてゆく、楽しみを倍増させる秘訣です。テキパキと判断をして一生懸命に動くガイドさんに協力しようという気にお客様をさせたらこんなに心強いことはありません。

雪で立ち往生!
困った時は皆で協力
さて、その日は夕方から突然箱根に大雪が降り始めました。ちょうど船を下りて箱根園からバスで小田原に降りてゆくところです。あっという間のことでした。箱根新道にはノーマルタイヤだったり、チェーンを持っていなかったりする乗用車が案外たくさんいて、あちらこちらで身動きできずにお手上げ状態。何台もの観光バスを含む車の列は暗闇の雪吹雪の中、まったく動かなくなってしまいました。

通常なら1時間から1時間半もあれば到着する距離なのですが、それる脇道もなくピタッとバスの中に閉じ込められてもはや2時間が経とうとしています。いつ動き始めるのかも見通しもつかず、数々の不安の中でもっとも大きな心配はトイレでした。
「小田原に入るまでトイレはない、男性はともかく女性は困ったなあ。ちょっと待つように言っといて下さいよ」
通訳ガイドのBさんは、悩みました。子供もいるし、トイレに行きたいと言われたらどうしたら良いのでしょう? Bさんは敢えてトイレの事は言及しない判断をしました。そしてできるだけ平静を装い、お正月の事、皇居では天皇家の皆さんが国民の前にお出ましになる事、、、など興味深そうな話題を次から次へと話し続けました。にこやかにゆったりと。
そして英語でナレーションの富士山のDVDを放映し、それも終わるとその日の午後2時に放送された英語のNHKのニュースを携帯から取り出し、マイクを携帯のスピーカーに近づけて乗客の皆に聞こえるようにして流しました。「これで15分!」時間稼ぎです。

そうこうするうちに我々よりもずっと先を走っていたバスから無線情報が入ってきました。箱根新道の○km地点では(道路の脇にある小さな数字表示は距離を表すものなので、それを見ればだいたいどのあたりに位置しているのかがわかります)少し動き始めた事、雪も止んだ様子とのこと。希望が湧いてきました。

こんなパニック事態になると、通訳ガイド仲間同士だけでなく、バスの運転士さん同志も情報を提供し合って協力体制を組むのです。困った時はみんなで協力し合うその状況も実況中継のようにリアルタイムでお客様に伝えてあげると、文句を言うお客様も減るのだと思います。「あと少し、あと10分トイレ我慢して!」と叫ぶ運転士さんの声は後ろの座席の方まで響いていました。

結局3時間かかって小田原駅に到着したのですが、なんとか無事に小田原発の新幹線に全員が乗って東京に戻ってくることができました。

何かあった時には乗務員、お客様と情報をシェアして、今何が起こっているのか、そのために通訳ガイドはどんな手を打ち、何をしているのかなどを細かく知らせておくと、それも旅のスリルのひとつとして後日の笑い話に残せるのかもしれませんね。
旅はドラマ、それを演出する通訳ガイドのパワーはいやはや偉大です。