ライターから翻訳者へ 同業者との縁も大切に

リレーエッセイ2016.05.23

「世界に一人の翻訳者になって」――憧れの翻訳者の言葉です。私は大学卒業後、雑誌のライターとして映画や音楽の紹介ページを担当しました。メインの紹介記事は批評家が書きましたが、私も便乗してせっせと試写会へ通いました。もともと映画は好きでしたが、仕事として映画を見るうちに、字幕に目が行くようになります。複雑な台詞を絶妙にまとめていたり、決めぜりふをドンピシャな日本語にしていたり、「この字幕、すごい!」と感心すると、たいてい同じ翻訳者の名前がありました。

ようやくその方と知り合い、飲む機会を得たのは、フリーの翻訳者になり10年を経た頃。そのときに、彼女の字幕を見るたびに刺激を受け、ときには自分の力不足を感じると話したところ、冒頭の言葉をいただいたのです。それまでは「作品の魅力を損なっていないか、ほかの方が訳したらもっと受けたのでは?」と悩むこともありましたが、「これが私の訳」と言える覚悟ができました。

専門スクールで学び 知人の紹介で初仕事

ライターの仕事は楽しかったけれど、専門性がなかったため、将来への不安がありました。大学院留学で渡米し、結婚、出産を経て帰国。元の仕事に戻りましたが、取材中心の生活が厳しくなります。友人から映像翻訳スクールの説明会に誘われたのは、ちょうど仕事に限界を感じていた頃でした。

子ども時代から海外文学が大好きで、翻訳という仕事をずっと意識していたこともあり、すぐに飛びつきました。吹替やボイスオーバーも学びましたが、書き言葉と話し言葉が混ざった字幕の魅力にはまりました。仕事で字数制限に慣れていたことも、やれると感じた理由の一つです。

スクール修了を控えたある日、子どもが同じ保育園に通う男性と、電車で一緒になりました。前から「業界っぽい」と気になっていたので仕事の話を振ると、映像会社の社長と判明。すかさず「字幕やってます!」と、持っていたライター名刺を渡して営業しました。

DVD用ホラー映画の字幕をいただいたのは、2カ月ほど経った頃。それから毎月エログロ作品を1~2本ペースで任されました。その会社とはお付き合いが続き、今では劇場公開作品もいただいています。

ほかにも友人の紹介で、フランス映画の字幕の手伝いや音楽番組の字幕を手がけました。スクールからも仕事をいただきましたが、私の場合は友人知人のおかげで続けられたようなものです。慣れない仕事でも紹介されたら笑顔で受け、陰で青ざめて必死に訳す――この繰り返しで鍛えられました。

誰のための字幕か―― 伝えたいことを選ぶ

私が翻訳で意識するのは「誰のために訳すか」ということ。字幕は字数制限が厳しいため、原音の内容すべてを訳すことはできません。また、そのまま訳しても真意が伝わるとは限らない。作品のメッセージを捉え、台詞のつながりや役割を読み取って訳す――その過程で、伝えたいことを選ぶ作業が何よりも大切だと感じます。

翻訳者は原音を理解しているため、全部伝えたいと欲張りになりがち。そんなときは「原音をまったくわからない人が見ても、字幕だけで同じように楽しめるか」と自問します。特に英語の場合は聞き取れる人が増えましたが、それでも大半の視聴者は字幕を頼りに見ます。そのため、私もまっさらな目線で見直すように心がけています。なかなか時間をかけられないのが現状ですが、別の作業をしてから見直すなど工夫をしています。

今年で14年目になる翻訳業ですが、5年ほど前から生活がガラッと変わりました。SNSでほかの翻訳者とつながり、業界全体の状況を把握できるようになったのです。オフ会で情報交換をしたり、気の合う仲間でブログを立ち上げたり、仕事を紹介し合ったり。他分野の翻訳者とも交流するようになりました。

先輩翻訳者の知識と意識の高さは勉強になるし、新米翻訳者のやる気には危機感を覚えます。同じような中堅翻訳者はグチも言い合える大事な仲間です。

同業者の翻訳愛や作品愛を感じ、この先何年も何十年も大好きな字幕の仕事を続けたいと、強く願う毎日です。

『通訳・翻訳ジャーナル』2016年春号より転載★