第1回 よろしく!

一行翻訳コンテスト2007.05.16

■今月の1冊
シャーロック・ホームズと
ファイロ・ヴァンスを足したようなクールで
しかもどこか人なつこいFBI犯罪捜査官、
ベンダーガスト・シリーズの2作目

『Still Life with Crows』
Douglas Preston & Lincoln Child 著
(Warner Books刊)

Still Life with Crows

今月ご紹介する1冊はダグラス・プレストンとリンカーン・チャイルドの『Still Life with Crows』(Warner Books、以下、ページはペーパーバック版のもの)。二人は、’97年公開のSFホラー映画(駄作!)「レリック」の原作を書いたことで知られています(ちなみに原作は映画とはまったく異なるpage turnerです)。彼らの作品は、初期の頃からミステリーとSFを融合したような作風で、特に『海賊オッカムの至宝』(宮脇孝雄訳、講談社)は秘宝ものの大傑作。膨大な資金をかけ、数々の罠がしかけられた島で、海賊が遺した財産を発掘しようとする、現代科学の粋を極めたような専門家のチームを描いた冒険スリラーです。

このコンビは近年、南部出身のミリオネアでFBIの犯罪捜査官でもあるペンダーガストを主人公とする、よりミステリーに比重を置いたシリーズを年1冊のペースで発表しています。ペンダーガストはシャーロック・ホームズとファイロ・ヴァンスを足したような人物で、知的でクールでありながら、同時にどこか南部出身らしい人なつこさがあってとても魅力的に描かれています。その第一作、『殺人者の陳列棚』(二見文庫、棚橋志行)は既に翻訳が出ており、残りの4作品の邦訳も待たれるところです(6作目はもうすぐ本国で発売予定)。今回ご紹介するのはシリーズ第2作に当たり、ペンダーガストが、一人カンザス州メディシン・クリークで起こる連続殺人犯を追います。

とにかくこの作家チームの作品の面白さはそこかしこに登場する蘊蓄の数々。たとえば本作ではメディシン・クリークの虐殺と呼ばれる十九世紀の事件(たぶん「サンド・クリークの虐殺」を下敷にしているのでしょう)、そしてその舞台となった先住民シャイアン族のマウンドが重要な役割を果たすのですが、それに関わって「ledger book」というのが出てきます。

町はずれに住んでいる虐殺の生き残りブラッシー・ジムという変人の家を捜査のために訪れたペンダーガストが、ごみのように放置されているぼろぼろの冊子を見つけます。「こんなつまらないものを」と言うジムの前で、Pendergast turned a page, then another, with something close to reverence. “To all appearances, this is a genuine Indian ledger book.”(pp. 146-147) 。ledger bookというのは文字通り台帳なのですが、きれいな装丁だったことから、それを手に入れた先住民が日記帳のようにして使ったのだそうです(僕も今回初めて知りました)。

これはとても貴重なものであり、ペンダーガストはこの冊子に数十万ドルの価値があると告げるのです。それに対して、上記の虐殺事件で唯一生き残った人物の子孫であるジムは金はいらない。それよりもこの本を保存する方法を教えて欲しいと言います。それに対するペンダーガストの答えが、”I’d be happy to have it taken care of, gratis, of course.”です。このgratisというのもぱっと出てこない言葉ですね。free of chargeの意味です、free gratisということもあります。普段の生活でも使えそうなので覚えておくと良いでしょう。

メディシン・クリークにある唯一とも言っていい産業は七面鳥の加工工場です。そこを舞台として殺人事件が起こるのですが、この工場の描写がまたリアルで、僕はこれを読んでもう一生七面鳥は食べられないと思いました。このあたりの感情は、”Thanksgiving will never be the same.”(P.205)で表すことができます。物語の中では、工場内を紹介するという形で登場します。実は産業翻訳をやっていると、この手の描写というのが一番仕事に役立つわけです。たとえば、「Several yellow signs were placed above it, warning of electrical hazard.」(P.201)という文章。このまま使うことはありませんが、「To warn of electrical and other hazards, place yellow signs.」というような文章なら使えることになりますよね。

ペーパーバックをそのまま読んでももちろん楽しいのですが、自分が使えそうな表現や勉強になりそうな表現を探しながら読むと、ホラーやロマンスものでもまったく違った形で見えてきます。なお、次作『Brimestone』では『レリック』シリーズにも登場した警察官、ダゴスタをワトソン役にして人間発火による連続殺人の謎を追います。

■入門者用おススメペーパーバック
ゲームのシーンを思い浮かべながら読もう!
『Resident Evil: Zero Hour』
S. D. Perry 著

Resident Evil: Zero Hour

では次にペーパーバック入門的な一冊。今月は『Resident Evil』シリーズをご紹介。

“movie tie-in”という言葉はご存じですか? いわゆるタイアップなんですが、「タイアップ商品《映画・テレビ番組・イベントなどとの関連で売り出される本・CD・グッズなど》」(リーダーズ+プラスより)はtie-upではなくtie-inを使います。既に映画になっていますが、それ以前なら”video game tie-in”でしょう。

日本では「バイオハザード」として知られているホラー・アドベンチャー・ゲームです。これの小説版がPocket Star Booksからシリーズで出ています。シリーズもののゲームの各エピソード、映画、それにオリジナル小説といろいろな性質のものが組み合わされていて、読みやすいペーパーバック・シリーズとして仕上げられています。日本では中央公論新社から新書版で翻訳が出ています。

今回ご紹介するのはそのエピソード<0>で、タイトルも『Resident Evil: Zero Hour』(まだ翻訳は出ていないと思います)、ゲームが元になっています。

学校などで翻訳を教えていると、英語が好きだという人は多くても、意外に英語での読書量が少ない人が多いことに気付きます。翻訳を生業にしようと思うと、やはり文字情報としての英語というのが重要になってくるわけで、読書量がそのまま実力として反映されるといっても過言ではありません。にもかかわらずペーパーバックを読むにあたって、どうしても最後まで読めないという話を良くききます。一番の原因は難しすぎる本や厚過ぎる本を選ぶことにあるんですが、うまく入り口を見つけられていないことも多いのです。

そういう人にお勧めなのが、tie-inものです。たとえば自分の好きな映画(頼みますから最初から『ジェーン・エア』とか『風と共に去りぬ』はやめておいてください)を見てから、そのtie-in作品を読むわけです。『Zero Hour』でしたらゲームをやったことがあれば、読みながら怪物が登場するシーンや列車の上でゾンビと戦う場面がぱっとイメージが浮かぶでしょう。そうすると、ああ、あれはこういふうに表現するんだとか、こういう言い方もあるんだというふうに、言葉とイメージが結びつきます。それが翻訳力を付けていく上で大きな力になります。ちなみに映画版は”Resident Evil: Genesis”と”Resident Evil: Apocalypse”です。

■第1回 ウルトラショート翻訳課題

では最後に課題文を。といってももうご紹介済み。七面鳥の加工工場を訪れたペンダーガストのアシスタントが心の中で思ったセリフ、”Thanksgiving will never be the same.”を訳してみてください。いろいろ考えられて面白いですよ。

それではまた来月。(2回目は6月5日アップ予定)

★★訳文の応募は締め切りました★★