第32回 今年もよろしくおねがいします!

一行翻訳コンテスト2010.01.16

■オススメの一冊
エドガー賞候補にもなったハードボイルド作品
『Money Shot』
(Christa Faust著、Hard Crime Case刊)

Money Shot

堅い話はこれくらいにして、今月の一冊目。僕が買い集めているシリーズにHard Case Crime(http://www.hardcasecrime.com/)というのがあります。昔のパルプマガジン風のいささかお下劣なカバー(最も古くからのミステリーファンにはそこがたまらないんですが)に包まれ、モノによって内容もお下劣なので、万人向けとは言い難いのですが、選ばれているラインナップはなかなか魅力的で、ドナルド・ウェストレイクやミッキー・スプレーンから、エド・マクベイン、アール・スタンリー・ガードナー、さらにはスティーヴン・キングやコーネル・ウールリッチまで入手困難だったり、プレミアがついていたりといった作品も読めるので出るとだいたい買ってしまいます。個人的には、本格派、特にエラリー・クイーンの国名シリーズあたりを再発してほしいんですけどねえ。今回取り上げるのは、Christa Faustの「Money Shot」。エドガー賞候補にもなったハードボイルド作品です。内容的には、昔のパルプ・マガジンへのトリビュートみたいな感じですが、主人公(一人称)がエンジェルという女性で、元ポルノ女優という設定。といっても、その手の描写が出てくる話ではなく、あくまで業界を舞台にしたカネに対する欲望と犯罪についての話です。旧知のプロデューサーに依頼を受けて、彼の元をたずねたエンジェルを待っていたのは、東欧系のギャングらしい人物。昼間エンジェルのところをたずねてきたルーマニア人女性からあずかったカネを渡せと迫られます。エンジェルは事情の分からないまま銃で撃たれ、捨てられた廃車の中に捨てられてしまいます。幸いなことに、致命傷を免れ、何とか脱出しますが、いつの間にか自分がプロデューサー殺しの犯人に仕立て上げられていることを知ります。あとは、強烈な復讐譚が展開します。読んでいくと、事件にはとんでもない背景が潜んでいますが、それは読んでのお楽しみということで。これはちょっと内容的にという方は、同じシリーズのウールリッチか、キング、あるいはウェストレイクあたりもおすすめ。文章がどんな感じかは、今月の課題文になっていますので、そちらを参照してください。

■今月のペーパーバック
英語で学ぶ基礎知識
『financial statements demystified』
(David Hey-Cunningham著、Allen & Unwin刊)

financial statements demystified

今月の2冊目は、ちょっと趣を変えて、DummiesとかDemystifiedのお話を。産業翻訳に限らず、文芸翻訳であっても、登場人物が人間(過去・現在・未来を問わず)である以上は、社会生活が関わってきます。たとえば、ジョン・グリシャムだったら法律、ジェフリー・アーチャーだったら経済といった具合。翻訳以前にそういった小説を十分に味わうには、やはり基本的な知識が必要になるわけですが、日本語で読んでもけっこう分かりにくい内容のものが多いのに、ましては英語ではと思われるかも知れません。でも実際には、英語の方が特に経済などははるかにわかりやすいです。「経済学入門」を買って「どこが入門やねん!」(なぜ関西?)と思ったことはありませんか? たとえば「限界効用逓減の法則」という名前だけで経済学の勉強などやめようと思ったことはありませんか。(いや自分ですが。)でもこれ、英語だとThe law of diminishing marginal utilityなんですね。utilityというのは日本語だと「人が財(商品や有料のサービス)を消費することから得られる満足の水準を表わす。」(wikipedia)わけで、とても分かりにくいですが、英語だと「The quality of being suitable or adaptable to an end」という意味になります。だから平たく言えば、「お役立ち度」、あるいは「満腹度」と考えると良いかも。そうすると、限界効用逓減の法則は、「だんだん役に立たなくなっていく法則」とか「だんだん腹一杯になっていく法則」と考えられます。そりゃそうですよね。いかに好きなビールだって、やっぱり一番うまいのは最初の一口。これを20杯強制的に呑まされたら単なる拷問になっちゃいます。「お試しかっ!」のベスト10すべて食べるまで帰れない芸人になってしまいます。そう考えるとわかりやすいでしょ。あるいは収穫逓減の法則、こちらはthe law of diminishing returnsなんですが、これも「だんだん上がりが少なくなる法則」となります。ラーメン屋がもうかるからと思って、同じ敷地にどんどん椅子の数を増やしていくと、そのままもうけが増えるわけではなく、あるところからは逆に減っていきます。動線がなくなったり、作る側が追いつかなくなったりと。そういう感じで考えるとわかりやすい。で、特にハウツー大好きなアメリカの場合、この手の入門書がたくさんあります。「~for dummies」とか「demystified」というのはそういうシリーズ。今回はfinancial statements demystifiedをご紹介。

たとえば、買掛金とか支払勘定とか未払勘定とか未払金とか買入債務とか。英語だとaccounts payableです。これの定義はこの本だと

Accounts payable: amounts the company owes to suppliers and others for goods and services purchased on credit.

となっています。経済学事典だと、「支払勘定と同義。商品の仕入や用役の受入れなど仕入先との間の通常の営業取引から発生した債務をいい,支払手形と買掛金を含む。固定資産の購入など通常の営業取引以外の取引から発生した債務とは区別される。買入債務は流動負債である。」(有斐閣経済辞典)どうみても分からないように書いているようにしか思えない(笑)。たとえば、英語ではお金、カネ、銭、マネー、金銭、通貨などはすべてmoneyです。ところが日本語だといろいろな訳語が当てられていてとても分かりにくくなります。お役所言葉と一緒で分かりにくくすることで利権を守っているような気さえしてしまいます。(だから逆に英訳の方が楽。)ですから、経済学とかは英語で勉強すると良いと思うんですね。あるいは経済学に限らず、常識を磨く上で、英語で学ぶのはとても便利と言えます。この手の本は、よく紀伊国屋や三省堂のバーゲンなどでも手に入るので、探してみてください。
では今月の課題に行ってみましょう。

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