現場のニーズに則したカリキュラムで効率的にスキルアップ
プロデビュー後のキャリアサポートも万全

映像翻訳者の育成と就業支援に特化した職業訓練校として、数多くのプロフェッショナルを輩出してきた日本映像翻訳アカデミー。多様化する映像翻訳のニーズに対応する独自のカリキュラムを編成し、確実なスキルアップを実現。プロとなった修了生に仕事を発注するメディア・トランスレーション・センター(MTC)を併設し、デビュー直後からキャリアを積めるサポート体制を整えている。
訪問クラス 英日映像翻訳 総合コース・Ⅰ
翻訳に入る前に作品を徹底的に把握する
「英日映像翻訳 総合コース・I」は、映像翻訳の基礎を学ぶ「基礎マスター」と、さまざまな演習を通じて翻訳スキルを磨いていく「応用トレーニング」の2つのパートに分かれている。今回見学したのは「応用トレーニング」の3回目で、石井清猛先生が担当する「字幕翻訳の基礎②」。短編映画を題材に、1つの作品がどのようなストラクチャー(構成)になっているかを読み解きながら字幕翻訳の手法を学んでいく。
事前に出された課題は、指定された台詞を字幕にしてエクセルで提出するというもの。指示書には、どのような点に注意して取り組むべきかが詳しく書かれている。さらに、作品のストーリーを200字前後の原稿にまとめるというエクササイズも出題された。
「映像作品の重要なポイントを把握し、簡潔かつ効果的な言葉で表現する」ことを意図したものだという。
授業の冒頭、石井先生はこの日の流れについて「プロの翻訳者が字幕制作の仕事をする時のフローを再現したもの」と話した。そのフローの最初に置かれるのが、作品全体を把握すること。
「映像翻訳は作品解釈に尽きると言っても過言ではありません。作品を把握するまでは、1行たりとも訳すべきではない。今回の課題で映像を見てすぐに訳し始めてしまった人は、次回以降、まず全体を把握してから訳すようにしてください」と、その重要性を強調した。
作品解釈の最初のステップとして、石井先生は受講生に作品の感想を尋ねた。好意的な感想を持った人も、いまひとつという感想を持った人もいたが、もちろんどちらでも構わない。ただ、「最初に見た時の印象をメモしておくことは大切」と言う。翻訳に取り組みながら何度も映像を見るうちに、初見での印象は薄れてしまいがちだ。しかし、新鮮な目で見たときの印象が、字幕を作る上での思わぬヒントになることもあるのだという。
続けて、受講生同士でディスカッションをしながら作品のストラクチャーを読み解いていった。オンラインのため、クラスの担当スタッフが受講生を4つのグループに分けて個別のセッションに招待。数名ずつで「主人公のドライブ(目的)は何か」「クライマックスはどこか」を話し合い、その結果を発表した。
課題作品は短編映画であり、実尺で約12分と短い。それでも、グループによって解釈には若干の差が出た。石井先生がファシリテーターとなり、各グループの考えを引き出していく。次第に議論が深まっていき、最終的に何がドライブで、どのシーンがクライマックスであるかについての結論が出た。「映画のストーリーにはいくつかの転換点があります。その転換点のうち主要なプロットポイント1、プロットポイント2と呼びます。作品の真ん中にはミッドポイントがあり、全体で4つのパート(第1幕、第2幕前半、第2幕後半、第3幕)に分かれることになります。この作品は約12分ですから、各パートが約3分。この分数を目安にして、転換点となる場面を探っていきます」。石井先生は画面上で図解しながら、ストラクチャー把握のための具体的な手順を解説した。
「なぜこうなるか」を明確に言語化して解説
作品全体を把握したところで、ストーリーを200字にまとめるエクササイズへの講評が行われた。そして、いよいよ翻訳課題の講評に入る。受講生が提出した訳文を映像にのせて流しながら、石井先生がコメントしていく。
中に、1つの文が2枚の字幕に分かれている台詞があった。「なぜ1枚でなく2枚に分けられているか分かりますか?」と、先生は問い掛ける。受講生からの意見を聞いたあと、こう解説した。
「台詞の途中に長めのポーズがあります。そこでカットが切り替わり、次のカットでは女の子がウィッグを外した姿を見て主人公が驚いた表情で一瞬言葉を飲み込みます。その驚きと間を表すために、わざわざ2枚に分けているんですね。このような場合は、最初の字幕の最後に『…』を付けると生きてきます」
理解したつもりになりがちな事柄も、先生が明確に言語化して説明してくれるため記憶に残りやすい。今後の課題や仕事にも応用可能なポイントが、多く盛り込まれているように感じた。
石井先生はこの後も全員の台詞に目を通し、丁寧にコメントしていった。熱意あふれる授業に触発されてか、受講生も活発に質問や意見交換をしていた姿が印象的だった。最後に、次回の課題について説明があり終了。密度の濃い時間の中で、映像翻訳の奥深さと楽しさが存分に伝わってくる授業だった。
講師コメント

石井清猛先生
いしい・きよたけ/Media Translation and Accessibility Lab(翻訳室)リーダー。日本映像翻訳アカデミーで映像翻訳を学び、プロの映像翻訳者として活躍。その後、同校にて日英・他言語翻訳プロジェクトのチーフディレクターとして、エンタメ、PR、観光など多様な分野の翻訳や映像制作を手掛ける。映像翻訳者の育成にも従事し、同校本科で講師を務める他、企業や国内外の学校教育機関で映像翻訳、海外PR、グローバル教育の講義を多数実施している。
作品の全体像をつかむことが
映像翻訳においては最も大切です
「総合コース・Ⅰ」は、映像翻訳者をめざす人が最初に受講するコースです。
私の授業では、語彙チェックや表現の解釈などを手取り足取り教えるというよりも、映像翻訳の仕事をする上での具体的な手順や姿勢を身につけてほしいと思っています。中でも「作品の全体像をつかむ」ことは大切で、映像翻訳はこれに始まりこれに終わると言っても過言ではありません。プロとして仕事をする際には、この世に生まれたばかりの作品を1人で別の言語に訳し、観客に伝えなければならないのです。これは、作品を隅から隅まで理解していなければできないことです。授業の課題にも、この点を意識しながら取り組んでほしいと思います。
JVTAでは、映像翻訳者に必要な「6つの資質」を掲げています。①ソース言語解釈力、②翻訳力、③取材・調査力、④ターゲット言語応用表現力、⑤コンテンツ解釈力、⑥ビジネス対応力です。これに加えてもう一つ大切な資質を挙げるとすれば「視聴者としての視点を忘れないこと」です。観客の感情を動かして仕事をするためには、自分も同じように感情を動かして仕事をする必要があります。心のエネルギーを使う仕事だからこそ、時には気ままに、純粋に映像を楽しむ時間を持ってほしいと思います。それが、次に仕事をするための活力にもなります。
映像翻訳の仕事は本当に楽しいですから、少しでも興味があれば、ぜひチャレンジしてみてください。学んだことは必ず人生の糧になりますし、続ければプロへの道を確実にステップアップしていけるでしょう。講師もスタッフも、全力でサポートします。