経験豊富なプロの指導と短期集中型のカリキュラム
母体の翻訳会社によるサポートも魅力の映像翻訳スクール

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翻訳会社ワイズ・インフィニティでは、設立翌年の2001年から字幕翻訳者の育成スクールを開講。制作現場のニーズを講座に取り入れ、経験豊かな翻訳者が、プロ必須の技術を丁寧に指導している。東京・大阪・名古屋の三大都市で映像翻訳に関わる多彩な講座を開講し、通学と通信の選択が可能。講座修了後のトライアルに合格すれば、同社の登録翻訳者としてプロデビューする道も用意されている。

訪問クラス 「中日字幕講座・実践科」

原則をいかに応用するか講師がその場で実演

見学した「中日字幕講座 実践科」は、同基礎科の修了生(および編入試験合格者)を対象とした最上位クラス。序盤の3回でSST(字幕制作ソフト)の操作を習得した後、ニーズの高い中国・台湾ドラマやインタビューを課題に、SSTを使った実践的な字幕演習に取り組むという。講師を務めるのはドラマ『琅琊榜』や『陳情令』など、華流エンタメ作品を幅広く手がける映像翻訳者の本多由枝先生だ。

この日は演習の第1回目。本多先生はまず、字幕翻訳の土台となるスポッティング(字幕を出す「IN点」と消す「OUT点」を決める作業)について、その大切さを訴える。

「翻訳はもちろん大事ですが、スポッティングを上手に打てていないと、どんなにいい字幕も台無しです。惰性ではなく常に意識的に打つようにして、今のうちに打ち方のコツを体に染みこませてしまいましょう」
続けて、表記の基本ルールを確認していく。漢字の「閉じ開き」は指定の用語事典に準じる。同じ言葉の表記は、一つの作品の中で統一する。「そのほか、『一般にはこの表記を使う』というものもお教えするので、各自、表記表を作るようにしてください」。

心得のシェアが済むと、演習に移る。課題は民国時代(1912〜49年まで)が舞台の青春恋愛ドラマで、「この時代を扱った作品はたくさんあるので、いい訓練になります」。課題のボリュームは字幕の枚数にして100枚強あり、枚数を区切りながら、受講生の字幕をチェックしていく。

初回ということで、まずはスポッティングに焦点が当てられる。スポッティングには、制作会社ごとに「IN点はセリフが始まる4フレーム前、OUT点はセリフが終わった8フレーム後」といった指定があり、これをベースに調整して各点を切る必要がある。そこで本多先生は、SSTを操作してフレームを確認しながら解説していく。
「ルール通り、音が消えてから8フレームとってOUT点を打っていますが、最後のほうでカットが変わるので、画が変わった後、ほんの一瞬、字幕が残ってしまいます。ですので、『カットこぼし』といってもう少し伸ばしてから切るか、逆に『カットアウト』といってカット変わりの前に収めてしまうか、どちらかで対応しましょう。そのほうが見た目にきれいです」

原則に加え、応用を学べるところに、プロの手ほどきを受ける意味がある。

言葉選びの精度を高める講師の的確な指導

翻訳についても、さまざまな観点から指導がなされた。まずは表記について。指定の用語事典に則って「〜の方(ほう)」や「良い」とした受講生に対し、「ひらがなが一般的なので、仕事では開いてください」と現場の流儀を伝える。

次に、日本語表現としての可否。字数を減らそうとしてのことか、数名の受講生が「奥様連れ」という言葉を使っていると、「『子供連れ』とは言うけれど、そういう言い方をする? 『奥様とご一緒』くらいでしょう」とアドバイスする。
また「チェックアウト」や「彼氏」など、一見すると何の問題もなさそうな言葉についても「時代設定を考えると、どうか」と疑問を呈する。先生が代案としたのは「部屋を出て」と「恋人」。こうしたちょっとした指導により、受講生たちの言葉を選ぶ精度が、少しずつ高まっていく。

年下である女性が、恋心を抱く年上のいとこに対して駆け引きを仕掛けるシーンでは、「ここはキャラづくりが必要です」とポイントを明示。男性キャラの一人称を「俺」とした受講生が多かったことを受け、こう解説をした。
「字幕で『俺』を使うと、思った以上に強い印象を与えます。現代劇ではよく使われますが、この時代設定では果たしてどうか。話がもっと進むと、このキャラは裕福な家庭のボンボンだということがわかります。ちなみに訳例では『僕』を使っています」

頭ごなしに否定せず、手がかりを示して、判断を委ねる。正解がない翻訳だからこその指導なのかもしれない。
この日、本多先生は幾度となく「仕事ではこうすることが多い」とか「私ならこうするかな」という言い方をした。今の時代、ネットで調べれば何でもわかるが、プロの口から聞ける情報は、やはり信頼度が違う。受講生たちが「これはどうですか」と臆せず質問していたのも、安心感あってのことだろう。

オンライン参加の1名、中国語ネイティブの方1名を含む、9人の受講生が参加した授業は2時間で終了。本多先生が培ってきたノウハウは、後進にしっかり受け継がれていくに違いない。

講師コメント

中日字幕講座 実践科
本多由枝先生

ほんだ・よしえ/中⇔日映像翻訳会社Y2C WORKS代表、映像翻訳者。東京外国語大学外国語学部中国語学科卒業。主な作品に『こんにちは、私のお母さん』(劇場)、『1秒先の彼女』(劇場)、『在りし日の歌』(劇場)、『慶余年~麒麟児、現る~』(ドラマ)、『琅琊榜~麒麟の才子、風雲起こす~』(ドラマ)、『長安二十四時』(ドラマ)、『天官賜福』(アニメ)など多数。

セリフを付ける楽しさが醍醐味。ともに華流エンタメを盛り上げていきましょう。
映像翻訳の仕事をするには、さまざまなルールや知識を理解していることが大前提です。そのため実践科では、SSTの基本操作と基礎科で学んだ字幕のルールを体に染み込ませ、プロとしてやっていくための土台づくりを行います。字幕については、視聴に耐えうるレベルに引き上げるのが目標。訳し方のコツと合わせ、どう表現すれば視聴者に伝わるかをお教えしています。また、私の経験をもとに「こういう字幕は避けたほうがいい」というポイントも、具体的にお伝えします。

この数年で、華流エンタメは作品数もファン数も大きく増えました。そうした背景もあり、今はある程度の力があれば、字幕翻訳の仕事を得やすい状況です。とはいえ、翻訳が上手で量もこなせる人はまだまだ少ないので、その域を目標に勉強してほしいですね。

上手な翻訳者の字幕を見ていいフレーズをメモし、実際に使ってみる。クライアントのチェックバックを必ず次回以降に生かす。こうした努力を積み重ねる以外に、上達の道はありません。このコースは語学から入ってこられる方が多いので、慣れ親しむ意味でも、まずは華流ドラマを日本語字幕で見るようにしましょう。

作品にセリフを付けていく楽しさが、この仕事の醍醐味。「いい脚本」を訳して「いい字幕」に仕上げ、「いいね」と言ってもらえると、本当に励みになります。授業では作品や俳優についての情報も共有しますので、ぜひ楽しみながらプロをめざしてください。華流エンタメはとにかくすごい! いっしょに盛り上げていきましょう。