
第5回 なぜ翻訳者の僕は英語を話せないのか
慣れの問題?
通訳学校に通おうと思ったのは、もともと新たに始めた通訳ガイド業のためだった。常時英語に接しているのに、伝えたい言葉がさっと英語で出てこない。長年の課題でありながら、翻訳業には支障をきたさなかったため放置していた。しかし、英語を話すことが基本のガイド業では、それが大きなマイナスになる。実際、通訳ガイド団体の検定を受けてみると「英語力が足りません」と指摘された。
いやいや、違うんです。僕はこう見えて、翻訳だけで家族を養ってきた英語のプロなんですよ。問題は英語力ではありません。話すことに慣れていないだけなんです。ちょっと訓練すれば、今まで蓄えてきた何万という英単語が口からあふれ出すはず。慣れですよ、慣れ。まあまあ、確かに駅前留学からオンライン英会話から日本人同士で英語トークする会まで、試しても身になりませんでしたけど、それは必要に迫られていなかったから。今回は本気なので違います。
心でそんな弁解をしながら、通訳学校に通い始めた。人のメッセージを言語変換して伝える訓練をしていれば、自分のメッセージを伝えるのなんて楽勝だろうと思って。入ったのは全8段階中、下から3番目のクラスだった。ヘッドセットをして、通訳を吹き込む。今の段階ではメモを取ってはいけないという。英語の教材は、日本語にするまで覚えているのが大変。日本語の方が覚えやすいが、やはり…さっと英語が出てこない。まあ、慣れですけどね。
聞いていた通り、宿題が出る。まずは復習と予習。それから語彙力増強。『ニュース英語のキーフレーズ8000』という本が配られ、毎回1セクション分、語句数にして300~400ほど覚えてくるように言われた。授業の最初にテストをするそうだ。フレーズ集としてはかなり分厚いその本を、パラパラとめくってみた。
いやいや、今さらこれですか。ざっと見た感じ、知らない単語なんて見当たらないですね。「通訳学校は宿題が大変」と聞いていたけど、こんなもんか。これなら確認程度にざっと見てくる程度で済みそう。もう少しこう、歯ごたえがあるかと思ってたんだけど。
そしてテストを受けてみると、20点中…12点。あれ、おかしいな。そうか、筆記でなく、口頭テストの答えをヘッドセットに吹き込む、という形式に慣れていないからだ。次はきっと大丈夫。と思って臨んだ2回目は…11点。僕はようやく気付いた。問題は「慣れ」ではないことに。
まやかしの語彙力
昔から語彙力には自信があった。大学受験のために単語や熟語を覚え、その後も読んだ雑誌で出てきた新出語は必ず覚えるなど、積み上げていった。難しいとされる英検1級の語彙力問題も、何の対策もせずノーミスだった。ただ、僕の「覚えた」というのは、その語句を見れば大体の意味がわかり、時には文脈があるから、あるいは4択だから思い出せるという程度。ニュアンスや詳しい使い方を知りたければ、辞書に頼ればよかった。
しかし、それでは「言われた日本語の語句をすぐ英語にする」というテストにさえ対応できなかった。僕の語彙力はまやかしだった。英語が話せないのは、慣れていないからではなく、紛れもなく英語力、語彙力が足りないから。何よりもそれが問題だと、20年以上かけて気付いた。もっと具体的に言えば、「アウトプットのための語彙力」が全く不足していた。constitutional monarchy と書いてあれば「憲法の君主制?ああ、立憲君主国かな」と1拍置いて分かるが、「立憲君主国」と言われても出てこない。
まずは、その問題を克服することから。受験時代に戻って単語カードに宿題の語句を書き、瞬時に出てくるように鍛え始めた。毎回3束ほどできるそれを得意げに先生に見せると、一蹴された。「文字でなく、音に反応できなきゃダメ」
なるほど。でも、一人でその練習をするのは難しそうだ。そう思っていたが、いいアプリを見つけた。「WordHolic」といい、登録した語句を読み上げてくれる。日本語から英語、英語から日本語にもできるし、並びをランダムにすることも可能。語句だけでなく短文も入れられ、スプレッドシートから取り込めて登録も楽だ。
無料アプリだが、広告無しの有料版があるなら喜んで買うというほど気に入っている(残念ながら現時点では無い)。再生ボタンを押して流しっぱなしにするだけで、気軽に素早く復習できる点も非常にいい。難しい単語などはスペルから適当に発音しているようなので、必ずしも正確ではないものの、アウトプット語彙力増強におすすめのアプリです。