
第8回 失敗、人前で恥をかいても成長の糧に
この季節、イギリスは午後4時半ごろにはもう真っ暗です。
日照時間が減って気分が滅入る人たちも北ヨーロッパには少なくないので、クリスマスが心の拠り所になっているというか、気が紛れるというのはあるでしょう。現代ではもっぱら、クリスマス商戦のほうが重要でしょうか。
この時季、郵便局は混雑しています。ドアの外まで人の列が溢れてしまうほどです。日本なら、郵便物は投函すればちゃんと着くもの、ですよね。しかし、イギリスでは着いたり着かなかったりしますから、大事な郵便物は高くても翌朝配達便にしています。

ロンドン・ピカデリー付近の天使のクリスマスデコレーション。

ロンドン中心地で見つけたクリスマスツリー。
一番楽しかった仕事・こんまりさんの通訳
さて、前回はちょっと難しい話になってしまったので、今回は少し軽めの話題にしたいと思います。そこで、一番楽しかった案件や一番苦労した案件について、ご紹介したいと思います。
いい思いをさせてもらったとか好きな有名人に会えた、という意味ではなく、今までで一番楽しかった案件は、何か。やりがいがあり、試練や努力の結果、お客さんに心から喜んでもらえた仕事。これが一番楽しかった=醍醐味を感じた仕事かな、と思います。
「一番」と一つに絞るのは難しいのですが、具体的に挙げてもよいと許可をもらっている案件のお話しをさせていただくと、お片付けで有名な「こんまり」さんこと近藤麻理恵さんの通訳を務めさせていただいたときのお仕事を挙げたいと思います。
まず、楽しい理由として、彼女の話は幸せに向かっている。お片付けを通して、何に向かっているかというと幸せに向かっているので、話題が明るいのです。
たとえば、ほかのお仕事で、法廷通訳だとしましょう。裁判ということは何らかのもめごとの話なので、どうしても、あまり幸せな話題とは言えません。それが、〇〇をして幸せになりましょう!のように、話題が幸せだと、準備のために本を読んだり、訳語を考えたり、この仕事にまつわることすべてに、幸せオーラがあるので、自然と前向きになれて、それ自体が「楽しい」わけです。
単語のド忘れで冷や汗の経験も、後の教訓に
試練と努力の結果喜んでもらえた、という意味でも、しっかり教訓となった失敗がありました。その失敗は、何だったかというと、こんまりさんがゲストで登場した、あるイギリスの人気女性雑誌の大きなイベントで、トークショーがありました。私はステージの上で通訳をしたのですが、そこで事件が起こりました。
最前列が出版業界の強面がずらりと並んでいます。ステージ上からは本当によく見えるのですが、ニコリともせず、じっとこちらを注視しています。通訳する方としては、針のむしろ状態。まさに、まな板の上の鯉です。
最初は彼女と司会の人とのトーク、続いてお片付けのポイントの披露・説明があり、そのあと会場からの質問コーナーになりました。Q&Aセッションなので、当然、どんな質問が飛んでくるか事前にはわかりません。彼女のお片付けの本を読まれた方なら知っていると思いますが、彼女のノウハウではときめきが重要。事前にはわからないとは言うものの、著書は読んでいたし、ある程度想像がつくはずでした。
質問の前提として、ときめくものは残し、ときめかないものは手放す(捨てる)わけですが、「ときめかないけれど必要なものはどうしたらいいのですか」という質問が会場から投げられました。そのとき、彼女は本の中でも紹介されている「ドライバー」の話をしました。
ドライバーの話とは「まったくときめかないけれど必要なモノは、どうしたらいいのでしょう?」と読者から質問され、道具系の小物の片付けで迷ったときには「どうしてもときめかないモノはとりあえず捨ててしまって大丈夫。捨てると困るなら捨てたりせずに堂々と取っておいてください」とありますが、そのことです。
私も読んで心得ている話だったのですが、それにもかかわらず、ドライバー、ドライバー…driver(!) と訳出してしまいました。この場合、工具のドライバーのことなので、screw driverと言うべきだったのです。今考えても、自分でも、なぜこんなに基本的な単語が出てこなかったのか不思議なくらいです。
いわゆる度忘れというやつです。会場は観客からの距離が近く、ひとりひとり丸見えの距離感で、最前列が関係者と招待客でした。そのプレッシャーと併せて、もしかしたら、人前は慣れているつもりでもあがっていたのかもしれません。
screw driver というべきところを、driverと言ってしまったので、会場から「driverって何のことですか?」と突っ込みが飛んできました。私の印象では、イギリスの観客は反応がいいので、会場からポンポンと反応が返ってきます。そこで初めて気づいて、screw driver と訂正したのですが、そうしたら会場中が爆笑の渦でした。
本当なら、顔から火が出て穴があったら入りたいとはこのことですが、最前列のお偉方がみんな一緒に激しく笑っているのを見たとき、自分もおかしくなって笑ってしまいました。その瞬間、これは図らずも「break the ice」(緊張を解きほぐすきっかけ)だったのかもしれない、それならその波に乗って乗り切ってしまおう!と本能的に思いました。
イベントが終わったあと、担当者がニコニコと近づいてきました。「よかった、成功だったんだ」腰が抜けそうになりました。災い転じて福となす…(笑)。実は、その後もしばらく自分のあまりの凡ミスに呆れてしまい、しばらく放心状態でした。それでも、終わりよければすべてよし、次の日もラジオの生出演が控えていましたから、気持ちを切り替えて帰りました。
次の日は、Twitterでのデモのライブストリーミングで、しゃがんでの実況風同時&逐次通訳(視聴者の邪魔にならないように適宜切り替える)や、ラジオ番組も数本組まれていましたが、いずれの収録でも、「ドライバー」のようなミスなくこなせました。
とはいえ、ライブで即座に、とくにTwitterのライブストリーミングだと、瞬間に反応が返ってきますから、怖いですね(汗)でも、録音と知的財産権の問題は別として、生放送の緊張感を楽しめるぐらいがちょうどいいのかもしれませんね。

こんまりさんと記念写真。細く小さく、とても二児の母とは思えない。