
第5回 どこの世界も乾いた心を癒すのは、酒場でやはり同じように乾いているアレだった話
外国人観光客の食事処の定番は?
お土産探しのヒントは、外国人観光客のお客様と一緒に食事をしている中から得られることも多くあります。どこに行くのかというと、以前は今日も明日も明後日も寿司屋で、私は5日連続で握り寿司を食べ続けた結果、酢飯の海で溺れたり(酸っぱくて相当苦しいです)、海苔に巻かれて寿司用のゲタ皿の上でぐるぐると転がされる夢にうなされたこともあります。酢飯の海は酸っぱくて相当苦しかったです。
最近は傾向が変わってきました。居酒屋です。その昔、演歌歌手の八代亜紀さんがご自身のヒット曲「舟唄」を「しみじみdrinking、しみじみly~、only memory goes by~」とテキトー、いや適当に歌っていましたが、あの世界を体験したいという方が増えてきました。
未知のおつまみを試してみたいだけでなく、日本特有の酒場の雰囲気に浸ってみたいというご要望がとても多いんです。私としては特にお客様から高級志向のご希望がなければ、新橋に密集しているような普通の居酒屋にお連れします。
お客様がワクワクを隠しながら入店すると、背後から忍び寄る店員が発するひとこと目はもちろん……
「っっらっしゃいませええええっ!!」
多くの外国人が振り向きざまに後ずさりします…。
謎の大声ウェルカム洗礼を浴びて無事に席に着けたら、飲み物を頼まねば。
「なになに、今日のおすすめの一品は……」
今度は私が後ずさりする番です。ちょっと気の利いたお店に行ってしまうと、凝りに凝ったメニューがB4の紙にびっしりと書いてあります。
ふっくら枝豆と湯引きハモの梅昆布和え
これぞ珍味の王道トリオ! ばくらい・このわた・酒盗3種盛り
ああ、訳すのに気が遠くなってきました。気を取り直してまずは飲み物、と。ビールに焼酎などなど、試していただきたいものは多々あれど、やっぱりまずは日本酒ということで、いくつかご紹介してみます。
日本酒の銘柄は通訳ガイド泣かせ
この頃は海外の国々にも日本酒協会のような団体があって、メジャーなお酒は流通しているのでうっかりテキトーなことを言ってしまうと高確率でツッコまれます。実はほとんどアルコールの飲めない私は、対策として刑事の聞き込み調査並みに周囲の呑み助組合の皆様に事細かに聞き取り調査をして何とかしのいでいるのですが、そろそろ限界を感じる今日この頃でもあります。
日本酒は味のバリエーションもさることながら、名前もそのものズバリのものから捻りの効いたものまでさまざまなので、これまた訳して説明するのに手こずる場面です。「八海山」や「久保田」は固有名詞なので全く問題ないし、「十四代」あたりも“fourteenth generation”などと言っておけば、大体大丈夫です。「どうして十二代じゃだめなんだ」とたまに言われますが。
もう少し難易度が高くなると、「くどき上手」あたりです。昔は外国人の友人に「ジゴロ酒って名前だから」となんとなくな感じで紹介していましたが、今はそうもいかないので、“smooth operator in love affair”と説明しています。
そして私が最も苦手! にもかかわらず、外国人観光客がこぞって選ぶのが、四文字熟語系。長い漢字の列がかっこいいから、とかいう理由で選んでくれちゃっています。「明鏡止水」に「上善如水」……。いつもながーーい説明文で何とか理解していただいております。
酔いも回ってきたところで……
そんなこんなでドリンクを選んでいると突き出しが自動的に運ばれてきます。ここでも皿の上の未知との遭遇でひと悶着起きることがよくあります。
数の子が丸々出たときは、
「表面がざらざらしてるけど、ドライマンゴー?」
違います。
もずくが出たときは、
「なんだっ、この髪の毛みたいなのは?」
違います。
そして、じゅんさいが出たときは、
「鼻水っぽいんだけど」
全然違います。
あまりの発想の違いに真顔のお客さんを尻目に私だけ爆笑のパターンが結構あります。でも皆さん、ちゃんと説明するととりあえずトライしてくれます。ただし、こういう場合の反応は決まって“interesting”。謎の物体に果敢に挑戦してくださった勇気にとりあえず感謝。
さてさてお酒も来たし、おつまみも来たしで、ようやく宴の開催となります。今日までの旅の感想や日本人に聞いてみたいことなど、いろいろなトピックについて一通り話すと、大体そのあとに訪れるのが腹を割って話そうぜタイム。そうです。愚痴です。
愚痴るときにこそぴったりなのが乾き物。ここぞとばかりに卓上七輪が登場し、ゆらゆらと煙を上げ、パチパチと音をたてているのはエイヒレ。これが意外にも「ぜひ買って帰りたい!!」と口々に言う品です。ちなみに、さきいかもとても好評で爆買いした方もいました。
初めて目にする平たく伸された“sheet”を見よう見まねで割いては、愚痴る。隣席のサラリーマンに負けないほどこの場に馴染んでいます。赤ら顔に似合う食べ物は、万国共通で少しほろ苦い話と少し焦げのついた乾き物なのでした。ただいまお酒は飲んでませんが、この辺でしみじみと終わります。