第47回 生と死を考えるきっかけに

51.
彼は初めてこの家に来たばっかりだし、加えて着の身着のままだったので、落ち着ける場所を得られたのは思ってもいない幸運だったろう。しかし快適、とまではいかなかった。なぜなら彼はその場所にあまり詳しくなく、また、案内してくれる連れ合いもいなかったからである。

<コメント>頭の文章から読まないとだめですよー。着の身着のままという意味ではないです。確かにbearingsには持ち物という意味がありますが、それだと前後の文脈と合わないでしょ? 落ち着ける場所じゃなくて、「勝手を知らない家の中で動き回らずに済んだだけまだラッキーかも」という意味なんです。uncomfortableは落ち着かないくらいの意味です。連れ合いはたぶん嫁とかダンナと読まれちゃうと思います。
<余談>難しいんですよ、翻訳って。まあここで出す問題は特に仕掛けがあるのが多いから余計なんだけど、でも、めげずにがんばってね。あとまめに辞書を引きましょう。

52.
彼がこの家に入ったのは今日がはじめてだったから、方向がつかめなかった。とすればあちこち動きまわる必要がないのは幸運ととらえてよかったろう。それでも、この場の地理がきちんと把握できていないと気持ちが落ち着かなかった。そうして、一人きりで状況をよくするためにできることはほとんどなかった。

<コメント> 「地理」というのは「地球上の山川・海陸・気候・人口・集落・産業・交通などの状態」や「その土地の様子・事情」なんです。これは家の中の話ですから、地理とやってはだめなんですね。英語は逆に「An ordered arrangement of constituent elements」みたいな抽象用法があるので大丈夫みたいな。
<余談>意味は十分お分かりなんだと思うんですけど、ちょっと色気に欠けます。「先生」禁止。僕自身は古い人間ですから、平井呈一とか、井上勇とか、古い方が好きです。あと佐藤春夫とか。若手では、鴻巣友季子とか。(でも今の翻訳者は大変だと思います。一つ誤訳しても叩かれるから。僕だってここでミスるとたたかれまくるだろうなあ(^-^;)

53.
彼は今日までこの家に足を踏み入れたことがなく、右も左もわからなかったので、あちこち動き回る必要がなかったのはラッキーだったといえるだろう。しかし、あまりなじみのない場所にいるのは落ち着かないもので、かといってその状況を打開するために彼一人でできることはほとんどなかった。

<コメント>「あまり」は不要かな、細かいところで気になるところもありますが、訳文に勢いがあるのと、「なじみのない場所」が気に入りました。

54.
今日までこの家に入ったことはなく自分の居場所も把握していなかったから、あまり家の中を動かなくて済むのは思いがけない幸運といえた。それに、その場所の方向感覚がないというのはあまり良い気持ちがせず、付き添う人がいない中で出来ることもほとんどなかったのだ。

<コメント>「その場所の方向感覚」というのはちょっとピンと来ないかな。uncomfortableは落ち着かないんですね。付き添う人とすると、ちょっと話からずれてしまう感じ。ここでは「一人では」くらいで十分。
<余談>書かれているものを書かれているままに訳すのが大切なんですよ。最もそれがどれだけ困難なことかは自分が仕事をやっていてよくわかります。がんばってね。

<全体講評>
意味はたぶん皆さん分かっている。でも日本語に行く段階で適当な言葉が浮かばずに苦労したという印象を受けました。「間取り」は悪くはないんですが、もともとの意味は「住宅の部屋の配置。」なんですね。でもここではたとえば階段がどこにあるとか、いざとなったらどこかに隠れられるかとか、そういった部分も含まれてる。そのことがescapadeとか、「Waiting around in an almost completely empty room for someone he’d never met」の中から読み取れるわけですね。で、hiredで、初めての家とくれば、これは何かあるんだろうなと思うわけです。じゃあ何だろう?と考えて読者は物語に引き込まれていきます。小説、それもミステリーですから。翻訳って難しいね。
今月の敢闘賞は2さん、9さん、40さん、53さん、MVPは42.関口麻里子さんです。精進してください。

<講師試訳>
この家には今日まで入ったことがなく、慣れていなかったので、それほど動き回らなくてもよかっただけ、まだ運が良かった方だろう。それでも、勝手の分からない場所というのはどうにも落ち着かなかったし、といって自分一人だけでどうにかなるものでもなかった。

<次回の課題文>

Brian Keeneから次の部分を。常体(だである調)で。必ず本文中の前後の部分も読んで訳してくださいね。

Rich’s generation — they’d dropped the ball. Nobody cared anymore. People didn’t give a shit about the war. As long as they had Paris Hilton and Britney Spears and George Clooney and Bran-ge-fucking-lina or whatever the hell they called themselves, that was all people cared about. Democrat or Republican — both were part of the problem, rather than a solution.

それではまた来月。

★★訳文の応募は締め切りました★★

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