第54回 政治・経済を考える本はいかが?

1.
幸せが私の体全体からにじみ出ていた。いや、にじみ出るという言い方はよくないが、私の心の状態は確実によかった。私はこの上なく幸せな気分に浸っていて、アシスタントのロッティーにも言われた通り、ある種の輝きを放っていた。

<コメント> 「にじみ出る」という日本語は悪くなくなっちゃうんですね。そこをどうするか。何か、もう一つうきうき感が出てないのがもったいない感じ。
<余談> 結局、訳文での勝負になっちゃうから、訳文自体で自分の意志を伝えるように努力してみてくださいね。そこが大切。

2.
幸せが、私の体内にある細胞のひとつひとつからグチュグチュとにじみ出た。いえ、待って。グチュグチュじゃ聞こえが悪いわね、でも私が感じていたのは決して悪い意味のものではなかったの。まったく違った。心ここにあらずとばかりに、私はこの上ない喜びで満ちていた。うちの店員のロッティーが言うように、私のまわりに、ある種の輝きがあった。

<コメント>小説の書き出しということを考えると、「グチュグチュ」で読む気がするかなあ。訳文として間違っているわけではないんですが、グルーヴに欠けるというか。ノリノリの感じで訳せると良かったですね。

3.
私は身体のすみずみまで、幸せにどっぷりと浸っていた。いいえ、違う。「どっぷりと」という言葉は響きが悪いけれど、私の感じていたものは明らかに悪くなかった。全然悪くなかった。私は夢見心地だった。喜びに満ち溢れていた。助手のロティーが言ったように、自分自身ある種の輝きを放っていたのだ。

<コメント>まだ生硬に感じる部分はありますが、工夫はわかります。もう少し勢いが欲しかったかな。ちょっと説明的になってるんですね。
<余談> あまり女っぽくと考えるときつくなるんじゃないかなあと思います。もっとシンプルに。

4.
喜びは、体中のあらゆる細胞からにじみ出た。いえ、待って。にじみ出たというと聞こえが悪いけど、その気持ちはもちろんそんなものではなかった。あり得ない。夢のようだった。この上ない幸せであふれていた。助手のロッティに言われた通り、私はある種の輝きを放っていた。

<コメント> 細胞を訳出するのなら、細胞の方で持ってく手もあるかな。「細胞はさすがに怪しいけど」とか。
<余談> 今回のはたぶん原文の一語一語につかまったらうまく訳せないと思います。大切なのは流れを理解して、その上で大胆に訳すことかな。hadの訳し方はそれでもよいと思いますよ。

5.
幸せが、わたしの体中からにじみ出ていた。あら、いやだ。にじみ出るなんて、響きが悪いわね。それに、わたしの気分が悪いはずないじゃない。ありえないわよ。のぼせてるって感じ。これ以上ない喜びがあふれ出してくるの。助手のロッティーが言ってたわ、わたしの周りには、たしかに幸せのオーラが見えるって。

<コメント>口語調が行きすぎて少し過剰かな。ただし「幸せのオーラ」はとてもいいです。もう少し前の方の流れが良ければ敢闘賞だったかな。惜しい。

6.
幸せが体中から溢れ出ていたの。いいえ、違うわ。溢れ出るというより、もっといい表現があるはず。絶対にね。ぼーっとしちゃうくらい、最高の喜びでいっぱいだったわ。助手のロティも言ったように、私は本当に幸せだった。

<コメント>もっといい表現だったら、「最高の喜びでいっぱい」や「本当に幸せだった」はちょっと弱いかなあ。もう少しコントラストを明確に出すと、ずっと良くなったと思います。
<余談> はい、こちらこそよろしくお願いします。

7.
幸せが私の体の中の全ての細胞から滲み出ていた。いいえ、待って。滲み出ているって言うと悪い感じがする。私の気分は確実に悪くなかった。まったくもって。私は有頂天だった。喜びを爆発させていた。助手のロッティが指摘したように、自分のことで、ある幸福の光を抱いていた。

<コメント>「幸せがにじみ出る」というのは日本語でポジティブな表現として存在するので、そこを工夫した方がいいですね。あと細胞も少し浮くと思います。中間部の流れは悪くないんですが、「ある幸福の光」はちょっと浮いている感じがしますね。

8.
幸福感が体中の細胞から滲み出た。いや、待って。「滲み出る」なんて聞こえが悪いけれど、もちろん気持ちが悪かったんじゃない。とんでもない。頭がボーッとした。この上ない喜びでいっぱいになった。アシスタントのロッティーが指摘するには、私はある種のオーラで輝いていたらしい。

<コメント> 「気持ち」はちょっと違うかな。「指摘するには」はちょっと硬く感じますね。勢いはあるけど、もう少していねいにすると良かったかな。
<余談> はい、こちらこそよろしく。翻訳は本当に難しいですね。今回のもあくまで原文に忠実にという考え方と、日本語として自然にという考え方と二つあると思うんですね。書き出しということを考えると、僕は大胆に行きますが。

9.
私の体の細胞という細胞から幸せがにじみ出ていた。いえ、前言撤回。にじみ出ると言ったら響きが悪い。私が感じていた気持ちは、絶対に悪いものではなかった。誓ってもいい。私は浮き足立っていて、幸福感を振りまいていた。アシスタントのロティが指摘したように、私は光り輝いていた。

<コメント>「浮き足立つ」は意味が違うなあ。「今にも逃げ出そうとする態度。逃げ腰。」という意味になってしまうので。もう一踏ん張りかな。
<余談> oozeは上にも書いたように傷口から何かがにじみ出てくる感じなので表現としては良くないのですが、日本語には熟語があるのでそのままだとうまく行かないんですね。過去の話ですからsoundedですよ。「前言撤回」はうまかったです。もっとがんばりましょう。

10.
体中の細胞という細胞から、幸せがにじみ出てくるというか。いや、ちょっと待って。にじみ出るって表現だと、いまひとつな感じかな。この気持ちはそんな、いまひとつとかであるわけない。というか大違いだわ。私ったら心ここにあらず状態で、しかも幸せオーラがガンガン出ちゃってるし。店を手伝ってくれてるロティーにも言われたんだけど、なんだかからだ全体が、ある輝きをまとっている感じなのよ。

<コメント>冒頭はいい感じなんですが「そんな、いまひとつとかであるわけない。というか大違いだわ」の部分がすーっとはいってこないのがもったいないなあ。最後の「なんだかからだ全体が……」のところも。口語調を意識しすぎて、ひらがなが増え過ぎちゃった感じですね。
<余談> こちらこそよろしく。苦手というわけにもいかないので、逆に普段から意識してみるといいかも知れませんね。

11.
幸福が私の体のあらゆる細胞から流れ出た。いや、違う。流れ出たって有害にきこえるし、私が感じていたものはけっして有害じゃなかった。絶対にちがう。私は恍惚に浸っていた。無上の喜びを放出した。手伝ってくれているロッティが指摘したみたいに、私は自分にある種の満足感があった。

<コメント>「流れ出た」だと有害には聞こえないんじゃないかなあ。「恍惚に浸る」もちょっと浮いている感じ。このあたりはもうすごく幸せそうなのに、そのあとで「ある種の満足感」だと急にしぼんだ感じがします。無理して若作りな言葉にする必要はないんだけど、もうちょっとバランスを考えるといいですね。

12.
私は体の細胞の至る所から幸せがしみ出ていた。ちょっと違うかな。しみ出るという表現は相応しくないかもしれないわ。だって、気分はちっとも悪くなかったもの。ふわふわっとしていたわ。この上ない幸せのオーラを発していた。私のアシスタントのロッティが言ったように、確かに幸せすぎて有頂天だった。

<コメント>最初は、「私の」かな。なくてもいいかも。細胞の至る所だとちょっとニュアンス違う感じ。それなら細胞にこだわらなくてもいいかも。もう少し流れを良くした方がいいかな。
<余談> 時間は歳を取るほど早く過ぎていきますね。今日は難関中学校の入試問題で学ぶ算数みたいな本を買ってきました(笑)。一生勉強ですよ。イメージは合ってますけど、日本語の場合「幸せがにじみでる」があるので難しいですね。

13.
幸せが私の体中の細胞からにじみ出てきたの。いや、ちょっと待って。「にじみ出る」って言葉はいやな響きがしたわね。でも私が感じたのは、決していやなことではなかったの。そう、全然そうじゃなかったわ。私は幸せの絶頂にいたの。幸せがあふれ出てきたわ。助手のロッティが言っていたように、私は幸せで顔が真赤にほてっていたのよ。

<コメント> 「幸せがにじみ出る」は成句としてあるので、ちょっと工夫した方がいいかな。語尾に「~の」を使いすぎると女性っぽくはなるんだけど、読みにくくなるかも知れませんね。最後の「ほてっている」はちょっと違うかな。
<余談> 人ごとでも幸せはいいものです。

14.
喜びが私の細胞という細胞からにじみ出ていた。いいえ、ちょっと待って。にじみ出るだなんて聞こえが良くないわ。感じとしてはそう悪くはないけど。でも全然違う。私は幸せいっぱいのオーラを出しながら、ぼうっと考えていた。だから、助手のロッティに指摘されたときには頬が少し赤らんでいた。

<コメント>アプローチとしては悪くないかな。ただ最後のところは落ち方が逆という気がします。幸せのオーラが最後だろうなあ。もうちょっとで敢闘賞。がんばってね。
<余談> 頭は使わないといけません。がんばりましょうね。本一冊訳すとなったら……。

15.
幸せが私の身体の細胞という細胞からにじみ出た。いいえ、待って。にじみ出るなんて言葉は響きが悪い、私が感じていたのは全然悪いものなんかじゃなかった。絶対違う。心ここにあらず、というか。四方八方に至福を発していた、というか。助手のロッティが指摘したように、私はある種の輝きをまとっていた。

<コメント>「幸せがにじみ出る」は日本語としてありなんですね。そこがとても難しいわけです。「四方八方に至福を発する」というのはちょっと浮いている感じがします。
<余談> がんばりましょうね。継続は力なりと言いますから。

16.
幸せが体のあらゆる細胞からにじんできた。いえ、待って。にじむというのは響きが悪い。だけど、その感じは確かに悪くはなかった。少しも悪くない。私はぽおっとしていた。幸せをまき散らしていた。アシスタントのロッテが指摘したように、はっきりと輝いていた。

<コメント>「その感じ」がちょっと何を指しているのか分かりにくいかな。幸せをまき散らすの方が響きは悪いんじゃないかなあ。だとしたら発想として「私は幸せを体中からまきちらしていた」で始めた方が良かったかも。
<余談> がんばりましょうね。とにかく福島の事故を早く止めること、すべてはそれからなのですが。ちなみにご指摘の点は意識してなかったです。どうも感情的になっていて論理的な思考ができなくなっているという不安もありますね。

17.
幸せは、私の体の細胞という細胞から染み出した。ううん、待って。染み出すなんて良からぬ響きだけど、あれは間違っても良からぬ感じではなかった。断じて。私は恍惚に浸っていた。至福のオーラを放っていた。助手のロッティが指摘したように、私はある種の輝きをまとっていたのだ。

<コメント>「良からぬ」とか「恍惚」とか、少し古めかしく感じるかも知れません。ただ流れは悪くない気がします。
<余談> がんばってください。結局、読んだ量、訳した量が多くなって、はじめて基礎ができるわけなので。

18.
幸福感が体中の細胞から滲み出した。いや、滲み出したっていうのは響きがよくない。この感覚は決して嫌なものではなかった。断固、違う。別世界に居るようだった。至福の光を放っていた。アシスタントのロッティに言わせれば、私は、輝いていた。

<コメント>「幸せがにじみ出す」は日本語では肯定的な表現なのでそこをどう処理するかでしょうね。別世界にいるはちょっと違うかな。「至福の光」もちょっとビッグ・ワード過ぎる気がします。

19.
わたしの全身から、幸せがにじみ出てきていた。やだな、待って。にじみ出るって気持ち悪く聞こえるけど、ぜったいに悪い感じではなかった。まったく逆。もう恍惚状態、幸せのオーラ全開って感じ。アシスタントのロッティも言ってたけど、わたしは何だか輝いていたのだ。

<コメント> 日本語では「幸せがにじみでる」はネガティブな表現ではないんですね。そこをもう一工夫。「恍惚状態」って自分で言うかなあ。
<余談> こちらこそよろしく。簡単に見えるけど、こういうのが難しいんですね。これは翻訳者の訳文に対するアプローチの違いがよく出る課題だと思います。ポイントはバランスなんですね、実は。

20.
幸福が全身の細胞からにじみ出た。そうね、「にじみ出た」はよくないか。わたしが感じているものは、もっとずっと素敵な言葉にこそふさわしいのだもの。まったく別のね。わたしは幸福感であたまがぼうっとしていた。わたしはこの上ない幸福感をまわりに放っていた。助手のロッティは、わたしのまわりが輝いてみえるといった。

<コメント> 「あたまがぼうっと」がちょっと引っかかるかなあ。「言葉こそ」かな。「幸福感」が二つ繰り返されるのも意図的かも知れないけど、少しくどいかな。
<余談> がんばりましょう。故郷に戻るのがつらくなるのは悲しいですね。

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