第3回 単語の並び順と訳文のリズム

応募訳文 その1

【1】
ヴェルサイユの知られざる舞踏室
スペンサー・ホルスト 作・語り

 次はこんなお話だ。「ヴェルサイユの知られざる舞踏室」。

 優美にして絢爛、されど、未だ誰の眼にも触れたことのない「隠れた舞踏室」が、ヴェルサイユ宮殿にはあるんだ。その広大な床には、踏めば今にも割れそうな、数多の窓ガラスをびっしりと隙間なく敷き詰めてあって、それがまるで一枚のつややかな、滑らかな、大きな鏡のようになって床の面をなしている。うっすらとした埃の層ひとつ、その上に積もることなく、いや、塵ひとっかけら被(こうむ)ることなく、ひっそりと、暗闇のなかに安らっている部屋なのです。この二百年というもの、そこには、明滅する幽かな幽かな灯(ひ)ひとつ入ったことがありませぬ。青白き月影の差し込んだこともさらになく、マッチの火やランプの灯(ひ)、いいや、いかなる大小の灯火もそこに点ったことはないのです。ただ、たった一度の、ある時のことを除いては。それは、こんなぐあいでした。虫の小さな、小さな卵の、小さなひと群れが、ひょっとしたはずみに、宮殿の外壁の裂け目から風によって吹き込まれ、この隠れた舞踏室の天井を走り回(めぐ)る回縁(まわりぶち)の、幽かに緩んだ隙間をとおって、暗闇の底の、広大な鏡のような床の上に、はらっと落ちたのです。あるときのことです。そして、もうしばらくしてから、その卵たちが孵って、かすかに、緑に点る、ホタルの幼虫たちを生み出した時です。
 それは1893年のことでした。

【2】
ヴェルサイユの隠された舞踏場
スペンサー・ホルスト著

優美で豪華であるが、未だかつて発見されていない、ヴェルサイユの「隠された舞踏場」と呼ばれている場所の全フロアは、多くの脆弱な板ガラスを滑らかに敷き詰め、一枚に仕立てた鏡張りが埃を被らないまま2世紀に渡りひっそりと佇んでおり、その姿はたった一度の例外を除けば、一筋の光の揺らめき、つまり、暗闇の中ほんの一瞬の月明かりやマッチの灯火、ランプやその他諸々の煌めきにさえ一寸の侵入を許さなかった。 その時、 昆虫の卵の内幾つかから (膨れた部分から裂け目の下の方を貫いて、その偉大な鏡張りのフロア上に未完成な様相で)蛍たちが孵化した。
それは1893年のことであった。

【3】
 ヴェルサイユのどこかの「秘密の舞踏室」は、床一面がたくさんの柔いガラスに覆われ、なめらかな一枚鏡のようになった、洗練されて、きらびやかなところだそうです。とはいえ、まだ誰にも見つからず、ほこりもかぶらずに、真っ暗闇に今もひっそりとあるのですが。というのは、ちらちらとした光や月の光も、マッチ、ランプ、どんな明かりだって、2世紀もの間、その部屋に差し込んだことはないからです。ただ、虫の卵の小さな塊(それは、あのすばらしいガラス床の上の、軒のもろいところにできた隙間に産み付けられていたのですが)が、かえってみると、なんと蛍だった、という時を除いては。
 それは1893年のことでした。

【4】
 洗練され、きらきらしているにもかかわらず、誰も知らない「秘密の舞踏室」はヴェルサイユのどこかにある。その床は、繊細なガラスが一面に敷き詰められ、さながら一枚の鏡ようであり、二世紀もの間、ちらちらした光や月の灯り、マッチ、ランプ、どんな微かな光でさえ差し込んだことのないその部屋は、真っ暗闇の中に、ほこりもかぶらずに佇んでいる、ただ一度を除いて。その一度とは、小さな虫の卵の塊(それはあの素晴らしいガラス床の部屋の、軒がもろくなった隙間に産み付けられていた)から、ホタルが孵ったということだ。
 それは、1893年のことである。

【5】
宮殿の秘密の舞踏室
スペンサー・ホルスト

優雅で豪華、でもまだ誰も知らない、宮殿の秘密の舞踏室。
床には幾つものガラス板が敷き詰められ、まるで一枚の鏡のよう。塵一つなく真っ暗で、月明り、マッチ、ランプ、どんな光の揺らめきも、2世紀もの間差し込むことはなかった。ただ一度だけを除いては。小さな虫の卵(見事なガラス張りの床のわずかな隙間から産みつけられた)から蛍の一群が生まれたその時だけは。
それは1893年のことだった。

【6】
ベルサイユの秘密舞踏場
スペンサー・ホルスト

 上品且つ豪奢だが、世間には知られていないベルサイユの「秘密舞踏場」。床全面は夥しい数の脆い鏡板でできており、滑らかな一枚の鏡面を成している。暗闇のなかには塵ひとつないまま、2世紀の間、光の瞬き、月光、マッチ、ランプ、いかなる光も入り込むことはなかったが、一度だけ例外があった。そのときは虫卵の小さな塊が風に吹かれてすき間から入り込み、造作材のひびを伝って巨大なガラスの床上に落ち、蛍が孵化したのである。
 1893年のことであった。

【7】
ヴェルサイユの秘密の舞踏室 スペンサー・ホルスト作

 優雅で豪華、未だ見出されぬ、ヴェルサイユの「秘密の舞踏室」。その全ての床は脆い羽根板からなるたったひとつの滑(すべ)らかな鏡の面(おもて)。暗闇に風塵(ほこり)かむらずじっと居(い)て、二百年(ふたももとせ)にわたり揺らめく焔(ほむら)の立ち入ることなく、月明かりや燐寸(まっち)、灯(ともしび)、いかなる光もそこにはあらず。その時、(裂け目を通り、繰り型の手抜かりを通り、豪壮な硝子(がらす)の床に吹き付けられし)小さき虫の卵の塊(かたまり)から蛍が輝けり。西の暦(こよみ)、千八百九十三年(ちとせまりやつももとせまりここのそまりさんとせ)のことなりけり。

【8】
「ヴェルサイユ宮殿の誰も知らない舞踏室」
優雅で絢爛、しかし誰にも知られていない、ヴェルサイユ宮殿の「秘密の舞踏室」。その床は、すぐにも傷つきそうな鏡板を敷き詰めて、まるで滑らかな一枚の鏡のように仕上げてある。暗闇の中で塵一つなく、二世紀の間、月の光であれ、マッチやランプであれ、どんな光も一瞬たりとも差し込んだことがないままに、舞踏室は静かに佇み続けている。だが、たった一度だけ例外があった。小さな一群れの虫の卵(風に吹かれて外壁の割れ目に入り込み、繰形のちょっとした隙間をすり抜けて舞踏室の中へ、そしてあの見事な鏡の床へと到りついたのだ)から、蛍が孵ったのである。
それは1893年のことであった。

【9】
ベルサイユ宮殿の秘密の舞踏室

スペンサー・ホルスト

ベルサイユ宮殿の「秘密の舞踏室」は優雅で豪華だがまだ発見されていない。この部屋の床は数多くの繊細な木枠とその中にはめ込まれたガラスで敷き詰められて一枚の滑らかな鏡面になっている。また室内が真っ暗なので床にはほこりが目につかないし、二世紀にわたって光のちらつきはおろか月の光線、マッチの火、ランプの灯り、いかなる類の明かりが少しも差し込んだことがない。ただし一度だけ例外があった。小さい一塊の昆虫卵(完璧には作られていなかったモールディングの隙間から広いガラス張りの床に入り込んできた)から蛍が孵ったときだ。
1893年のことだった。

【10】
 優雅で豪華な、 いまだ人目に触れぬベルサイユの「秘密のダンスホール」。その床の全面には壊れやすいガラス板がたくさん敷き詰められ、ひとつなぎの滑らかな鏡の表面になっている。闇の中でほこりひとつなく、二百年の間、かすかな光さえ差していない。月の光も、マッチやランプも、どんな光も。ただ一度をのぞいては。あの時、(割れ目から、モールディングのすき間から、広々としたガラスの床へと吹き落とされた)虫の卵のちっぽけな塊から、殻を破り出てきたのはホタルだった。
 一八九三年のことだ。

【11】
ヴェルサイユの隠れた舞踏場
スペンサー・ホルスト

 優美で豪華、なのに人に見つかることのない『隠れた舞踏場』がヴェルサイユにある。そこは床全体が繊細なガラス板で覆われ、滑らかな一枚の鏡面を作っているが、埃の積もることもなく、暗闇に包まれたままでいる。二世紀の間、光が明滅することもなければ、少しの月光も、マッチの灯も、ランプの明かりも、何の光も入ってこない。
ただ、一度だけ光がともったことがある。小さな一塊の虫の卵(壁装飾の欠陥で出来た隙間を通り抜け、大きなガラスの床の上へと吹きつけられたものだ)がホタルに孵化したのだ。
 あれは1893年のことだった。

【12】
ヴェルサイユ宮殿の秘密の舞踏室
スペンサー・ホルスト著

ヴェルサイユ宮殿には、優雅で華麗な、しかし誰にも知られていない「秘密の舞踏室」がある。フロア全面に傷つきやすそうな多数の鏡板が敷かれ、表面が平らな一枚鏡と化している。暗闇のなか、ほこりが舞うこともなく眠る部屋。二世紀の間、わずかな月あかりも、マッチやランプ、その他のどんな明かりも、揺らめく光となって部屋を照らすことはなかった。たった一度を除いては。それは、小さな虫の卵の群れ(建物の施工が不充分だった箇所から吹きこんでくるすきま風に運ばれ、巨大なガラスフロアーに舞い降りた)からホタルが生まれたときだった。
1893年のことである。

【13】
ヴェルサイユ宮殿の秘密の舞踏場
スペンサー・ホルスト

 優美にして豪奢、だが、誰も知らない「秘密の舞踏場」がヴェルサイユ宮殿にはある。床一面に薄いガラス板が隙間なく敷きつめられ、すべらかで大きな一枚の鏡になっている。塵ひとつなく暗がりに眠るその舞踏場には、二世紀もの間、ほんのかすかな光すら入り込まなかった。月光も、マッチも、ランプも、およそ光と呼べるものとはまったく無縁だった。それでも、たった一度だけ、例外があった。そのときは、小さくひとかたまりになった昆虫の卵が(わずかな隙間から産み落とされ、壁の繰形装飾の継ぎ目の緩いところから広大なガラスの床に落ちて)何匹ものホタルになったのだ。
 一八九三年のことである。

【14】
ベルサイユ宮殿の秘密の舞踏場
スペンサー・ホルスト作

 優雅で贅を尽くしながら、まだ人には知られていない。そんな秘密めいた舞踏場がベルサイユ宮殿にはある。床は無数の壊れやすい鏡板で覆われながら、まるで滑らかな一枚の鏡のようでちり一つなく、二世紀にもわたって、月の光やマッチやランプのような一筋の光さえも入り込まず闇に閉ざされている。一度だけ、隙間からごくわずかな虫の卵が吹き込むと、大きなガラスの床の内部にそのまま留まって孵化し、ホタルになったときを除いては。
 一八九三年のことだった。

【15】
ヴェルサイユの秘密の舞踏室(スペンサー・ホルスト)

 優美に贅をこらし、それでいて人目にふれたことのない、そんな《秘密の舞踏室》がヴェルサイユにあり、床一面に脆いガラス板が何枚も敷きつめられて一枚のなめらかな鏡面をなしているのだが、その部屋はちりひとつ積もることなく闇に包まれ、二世紀というもの、ちらつく蝋燭の火も、一条の月明かりも、マッチの炎も、ランプの灯も、そのほかいかなる光も射しこんではいない。ただし、ただ一度、例外があった。かつて、ほんのひとかたまりの虫の卵が(広々としたガラスの床と壁をつなぐ繰形【くりがた】に生じたひびから風に吹かれて入り)孵って数匹の蛍となったのだ。
 一八九三年のことだった。

【16】
ヴェルサイユの秘密の舞踏室
スペンサー・ホルスト

 優雅で贅沢、でも誰も知らない「秘密の舞踏室」は、ヴェルサイユにあって、その床は全面が、多くの壊れやすい窓ガラスを表面が滑らかな一枚の鏡に作り変えたものでできていて、暗闇の中でほこりが積もることなくそのままの状態を保ち、2世紀もの間、誰も足を踏み入れなかった。ただし、わずかな月の光でもなく、マッチやランプでもなく、いかなる照明でもない、ひとつの明滅する光が、1回だけ入ったことがある。その後、わずかではあるが群れをなす昆虫の卵(ガラス製の広大な床を作る鋳型の中の欠陥でできたひび割れを通して産み付けられたもの)が、孵化していくつかのホタルとなった。
 1893年のことだった。

【17】
ヴェルサイユ宮殿の秘密の舞踏室
スペンサー・ホルスト 作

 優雅で絢爛、そしてまだ誰も見たことのない、ヴェルサイユ宮殿の「秘密の舞踏室」。
床全体には何枚もの繊細な鏡板が使われ、表面が滑らかな一枚鏡となっている。
闇の中、埃にまぎれることもないまま、そして二世紀もの間、光の揺らぎや月の光、マッチやランプ、その他いかなる明かりも入り込むことのないままだ。だが一度だけ例外があった。
小さな虫の卵の群れが(隙間から中に吹き込まれ、回り縁にできたきずからその見事なガラスの床に落ち)、蛍に孵化した。
 1893年のことだった。

【18】
ベルサイユの隠されたダンスホール
スペンサー・ホルスト著

 優雅で豪華なのに誰も知らない「隠されたダンスホール」がベルサイユにあった。その床一面はもろいガラス板でできており、ほこり一つ無い暗闇の中に立てかけられた、滑らかな一枚の鏡面に続いていた。そこには二世紀もの間、わずかな月明りも、マッチの火も、ランプの光も、何の明かりも入ってくることは無かった。たった一度を除いては。虫の卵の小さな塊が、美しいガラスの床の裂け目で弾け、蛍が孵化した。
 あれは、1893年のことだった。

【19】
 豪華絢爛、けれど誰も知らない、ベルサイユの「秘密の舞踏室」。
床は繊細なガラスたちで埋め尽くされていて、まるでなめらかな一面鏡のよう。
塵ひとつない、一瞬の光も入らない暗闇で200年もの時を静かに過ごしている。
月明かりにマッチやランプ、どんな光も差し込まない真っ暗闇。
ただ、あの時だけを除いては。
虫の卵の小さな小さな塊(あの完璧なガラスの床の曲線模様に入った些細なひびに産みつけられ、ほんの隙間にもぐりこんだ卵たち)から蛍が孵ったあの時だけを。
 1893年のこと。

【20】
ベルサイユ宮殿に隠された舞踏室
スペンサー・ホルスト

 エレガントにして豪勢でありながらいまだ誰にも知られていない、ベルサイユ宮殿の“隠された舞踏室”は、床一面にたくさんの壊れやすい板ガラスが敷きつめられてなめらかな一枚鏡のようになっているが、ほこりひとつなく、二世紀ものあいだ月の光やマッチの炎、ランプ、そのほかのどんな光も差しこんだことのないまま、暗闇に閉ざされていた。たった一度をのぞいては。あるとき、(繰型のすきまから入りこんでみごとなガラスの床に落ちた)ほんのひとかたまりの昆虫の卵からホタルが孵った。
 一八九三年のことだった。

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