季刊『通訳翻訳ジャーナル』本誌で連載し、ご好評をいただいていた「出版翻訳入門ドリル」がweb版になって登場!出版翻訳家の布施由紀子さんと課題文に取り組みます。
長めのせりふに挑戦
今回も課題文に取り組みます。第7回の続きからはじめますので、まだ読んでいない方はこちらも読んでみてくださいね。
第7回 長めのせりふに挑戦【前半】
訳してみよう! 課題文
〇課題文
We went on another couple of blocks. He said, “You want to know the deal?”
“Sure,” I said. “What kind of deal is that?”
“Deal is, I didn’t have to have you with me tonight. Captain couldn’t force me. And if he did, I could tell you nothing at all. But you see, the department’s getting a new allotment of cruisers next month. I made the deal with the captain. I put up with you and your dumb questions, I get the best cruiser. No more riding along in this six-year-old deathtrap.”
“I don’t do dumb questions,” I said, my hands clasping the notebook tight.
“Huh? What’s that?”
Now it was my turn. I said sweetly, “Officer, you heard me the fi rst time. I don’t do dumb questions. You’re good at what you do, and I’m good at what I do.”
He looked at me, scanned my legs, and offered me a thin smile. “All right. Point taken. Just so there’s no misunderstandings, there’s two rules.”
“Go ahead.”
We stopped at a traffic light. A group of kids in Red Sox jerseys were on the street corner. When they spotted the cruiser, they faded into the shadows.
“Rule one: you don’t get in my way. You stay behind me, and if I tell you to stay in the cruiser, by God, you stay in the cruiser. Rule two: no questions about my personal life. I owe you and the taxpayers of Cooper eight hours a shift, forty hours a week. What I do on my own time, what hobbies I got, hell, who or what I like to date, none of your damn business. Got that?”
“Sure,” I said. “Got them both.”
(出典:Harlan Coben, Otto Penzler ed., The Best American Mystery Stories 2011. Mariner Books. 2011)
では、レッスンをはじめましょう。英文を少しずつ区切って生徒訳例を紹介し、解説を加えていきます。
③ 「子供」とは何歳くらいか
―改めて語のイメージを確かめよう
〇課題文
He looked at me, scanned my legs, and offered me a thin smile. “All right. Point taken. Just so there’s no misunderstandings, there’s two rules.”
“Go ahead.”
We stopped at a traffic light. A group of kids in Red Sox jerseys were on the street corner. When they spotted the cruiser, they faded into the shadows.
〇生徒訳例
彼はわたしを見て、足にもじろじろ目をやってから、かすかに微笑んだ。「なるほど。言いたいことはわかった。だったら、きみに間違ってほしくないふたつのルールがある」
「どうぞ」
パトカーは信号で止まった。レッドソックスのユニフォームを着た子供たちが通りの角にいた。彼らはパトカーを見つけると、闇の中へ消えていった。
③ 解説
最初の一文はよく工夫できました。lookもscanも「見る」意ですが、異なる訳語を選べているのはすばらしい。ただ、legなので「足」ではなく「脚」と書きましょう。「間違ってほしくないルール」は誤訳です。Just soのあとにthatを補ってください。so that~「~するように」という意味になります。「誤解がないように、ふたつのルールを言っておく」ということです。
最後の段落のkidsを「子供」と訳していますが、人によっては小学生を思い浮かべるかもしれません。「子供」とは、一般に何歳から何歳までを指すのか、改めて考えてみる必要があります。夜間に町をうろついているのですから、少なくとも見た目は17歳前後の「若者」でしょう。Red Sox jerseysは確かに「ユニフォーム」なのでしょうが、その訳だと、わたしはきちんとユニフォーム上下を身に着けた野球少年を想像してしまいます。この子たちはTシャツ代わりに着ているのでしょうから、「ジャージ」のゆるい感じのほうが似合うように思います。
☆講師訳例
ローランドはわたしを見てから、じろじろと脚を眺め、薄ら笑いを浮かべた。「いいだろう。言いたいことはわかった。だが誤解のないように言っとくと、ルールがふたつある」
「どうぞおっしゃってください」
わたしたちは信号で停止した。レッドソックスのロゴ入りジャージを着た少年たちが街角にたむろしていた。彼らはパトカーを目にすると、暗がりの中へ姿を消した。
④ おれおれの連発を避けましょう。
〇課題文
“Rule one: you don’t get in my way. You stay behind me, and if I tell you to stay in the cruiser, by God, you stay in the cruiser. Rule two: no questions about my personal life. I owe you and the taxpayers of Cooper eight hours a shift, forty hours a week. What I do on my own time, what hobbies I got, hell, who or what I like to date, none of your damn business. Got that?”
“Sure,” I said. “Got them both.”
〇生徒訳例
「ひとつ。おれの邪魔をするな。おれの後ろにいて、もしおれがパトカーの中にいろと言ったら、神に誓って外に出るな。ふたつ。おれにプライベートな質問はするな。おれはきみとクーパー市の納税者のために、一日八時間、週四十時間勤務する義務がある。おれが暇なときに何をするか、おれの趣味は何か、誰とデートするのが好きか。そういうのは、きみには関係ない。わかったか」
「ええ」わたしは言った。「両方ともわかりました」
④ 解説
全体に「おれ」が多すぎます。減らす工夫をしましょう。それから、昔はby Godを「神に誓って」と訳したものですが、いまそのように訳す人はいません。辞書で確認を。そのほかは、「誰とデートするのが好きか」など、ぎこちない印象はありますが、大きなミスなく訳せています。
☆講師訳例
「ルールその一、おれの邪魔をするな。いつも後ろにいて、車の中にいろと言われたら、絶対に出てくるな。ルールその二、個人的なことをきくな。おれはきみとクーパー市の納税者のために、一回のシフトにつき八時間、一週間につき四十時間奉仕する義務がある。だがプライベートな時間に何をしようが、どんな趣味を持とうが、誰と、あるいは何とデートしたがろうが、きみの知ったこっちゃない。いいな?」
「ええ」わたしは答えた。「どちらも了解」
せりふの翻訳では、論旨が通っていること、自然な日本語であること、キャラクターに合っていることがポイントです。経験を積んで体得するしかありませんが、何よりも、自分がどんなせりふを書きたいのか、しっかりイメージすることがたいせつでしょう。いろいろな小説を読んで、日本語の感性を磨くことを意識してください。
なお、短編の一部を抜き出して課題文としていますので、前後がわからず、もどかしさを感じる人もいるでしょう。じつは現在、この作品の全文がインターネット上で公開されています。Web版の「The Saturday Evening Post」に掲載されたもので、書籍版(つまりこのレッスンの課題文)とは少し異なる部分もあるのですが、ストーリーとして読むことはできます。よろしければ読んでみてください。理解の助けになると思います。次回もこの短編から出題する予定です。
【URLはこちら】
https://www.saturdayeveningpost.com/2012/04/ride-along-brendan-dubois/
📚「小説を訳してみよう! 出版翻訳入門ドリル」
連載の一覧はこちら
〇各回はこちら
第1回 ストーリーを語ろう【前半】
第2回 ストーリーを語ろう【後半】
第3回 調べ物をしっかりと【前半】
第4回 調べ物をしっかりと【後半】
第5回 語り手になりきる【前半】
第6回 語り手になりきる【後半】
第7回 長めのせりふに挑戦【前半】
ふせ・ゆきこ/出版翻訳家。フェロー・アカデミー講師。訳書に、『ライトニング・メアリ』『壁の向こうの住人たち』(ともに岩波書店)、『アウグストゥス』『ブッチャーズ・クロッシング』(ともに作品社)、『ブラッドランド』(筑摩書房)、『1493』『魔術師と予言者』(ともに紀伊國屋書店)、『日本のカーニバル戦争』(みすず書房)などがある。