
映像翻訳者が、海外映画やドラマなどの字幕&吹替翻訳で「すごい!」と感心したフレーズや、印象に残ったフレーズを紹介! 月1回のリレーコラム形式でお届けします。
今回の執筆者は、英日・韓日・露日の3つの言語ペアで活躍する尹恵苑さんです。
協力:映像翻訳者の会Wakka
英語作品・韓国語作品・ロシア語作品の字幕を紹介!
こんにちは、映像翻訳者の尹恵苑です。主に字幕翻訳を手がけており、英日、韓日、露日に対応しております。恥ずかしながら最近はあまり映画やドラマを観られていないのですが、普段はジャンルを問わず、直感的に「おもしろそう」と思った作品を観ることが多いです。
貴重な機会を頂いたので、ここ最近(数年?)観ていて「なるほど!(自分には思いつかないな……)」と思った字幕、印象に残った字幕を、英語作品・韓国語作品・ロシア語作品から1つずつ、ご紹介します。
1. 映画『ミッキー17』より(字幕)
【英語原文】
Even on my 17th go around, I really hate dying.
Still,
always,
every time.
【日本語字幕】
たとえ17回目でも/死ぬのはイヤだ
今回もだ
いつもだ
毎回だ
(『ミッキー17』Mickey 17/2025年/配給:ワーナー・ブラザース映画/字幕翻訳:松崎広幸氏)
まず、この台詞の背景を簡単に説明しましょう。
主人公のミッキーは、ある事情から、何度も死んでは生き返る特別な任務を担っています。これは、17回目の死を遂げる場面でミッキーが発する台詞です。
この4枚の字幕だけを見ると、「だ」という同じ語尾が4回続いています。字幕翻訳では、一般的な文章を書く時と同じで、同じ語尾が続かないように工夫するのが基本です。ですが、この「だ」の連続は、映像と合わせて見ると、まったく違和感を覚えません。
その原因は、この台詞の行間にあると思います。この4枚の字幕のあいだには、それぞれ数秒の「間」が存在しています。この「間」と「~だ」のテンポが組み合わさることで、17回目の死を迎えるミッキーの悲壮感が不思議と画面から伝わってくるのです。
字幕翻訳は、映像ありきで成り立つもの。死にゆくミッキーのどアップと字幕のリズムがピタリとハマっています。「同じ語尾が続いてはダメ」という固定観念にとらわれず、その映像にハマる表現を追求することが大事だということに、改めて気づかされた字幕です。
2. 映画『別れる決心』より(字幕)
【韓国語原文】
아주 잘 하셨습니다
【日本語字幕】
お手柄です
【英語字幕】
You did great.
(『別れる決心』헤어질 결심/2022年/配給:ハピネットファントム・スタジオ/日本語字幕:根本理恵氏、英語字幕:不明)
とある未解決事件の犯人を追っている刑事・ヘジュン。彼は街中で、犯人に関する有力な情報を入手します。情報協力者のファインプレーに対して、ヘジュンが発したのが、この「아주 잘 하셨습니다」という台詞です。
直訳すると「本当によくやってくださいました」という意味ですが、「お手柄です」という字幕になっていました。情報協力者の瞬時の判断やスマートな行動を讃える言葉が、警官が言いそうな言い回しで端的に訳されています。「生真面目な警官」というヘジュンのキャラクターにピッタリです。
この「本当によくやってくださいました」というフレーズだけを字幕風に5文字くらいで訳すとすれば、「バッチリです」「お見事です」「完璧です」「グッジョブ」などが考えられそうですが、どの台詞もヘジュンが言いそうかというと、イマイチしっくり来ません。汎用性が高い原音の表現を、キャラクターの背景や状況から意図を汲み、適切な日本語に置き換えるには、やはり日本語の表現力が重要だと思い知らされます。シンプルな表現だからこそ、翻訳者のセンスが垣間見えるような気がします。
3. 映画『父、帰る』より(字幕)
【ロシア語原文】
Отец:Ну, здравствуйте.
Иван:Здравствуйте.
Андрей:Здравствуй, папа.
Отец:Выпьем.
【日本語字幕】
父:久しぶり
イワン(弟):どうも
アンドレイ(兄):お帰り パパ
父:飲もう
【英語訳】
Father: Well, hello.
Ivan: Hello.
Andrei: Hello, Dad.
Father: Let’s have a drink.
(『父、帰る』Возвращение/2003年/配給:アスミック・エース/日本語字幕:太田直子氏 ※英訳は機械翻訳によるものです)
3つ目の字幕はロシア映画より。兄のアンドレイと弟のイワン。兄弟のもとに、家を出ていた父親が、12年ぶりに突然帰ってきます。
今回取り上げたのは、12年ぶりに家族そろって食事をとるシーンでのやり取りです。乾杯の音頭で、父親は「Здравствуйте」とあいさつします。直訳すると「こんにちは」。それに対し、弟のイワンも同じく「Здравствуйте(こんにちは)」と答えます。そして、兄のアンドレイは「Здравствуй, папа(こんにちは、パパ)」と答えますが、「Здравствуйте」と「Здравствуй」ではニュアンスが少々異なります。「Здравствуйте」は複数の人々に対して話す場合、あるいは目上の人などに丁寧な口調で話す場合に使う表現です。もう少しカジュアルに相手に接する場合には「те」を取って「Здравствуй」と言います。
父親の帰宅に対し複雑な思いを抱く兄弟ですが、2人の父親に対する感情には少し違いがあるようです。弟のイワンは父親の「Здравствуйте」をただ復唱したかのようにそっけなく答えますが、兄のアンドレイは父親に呼びかけるように「Здравствуй」と返事をしています。長年不在にしていた父親に対する兄弟の認識の違いが、よく表れている場面です。
このやり取りを、「久しぶり」「どうも」「お帰り パパ」と訳すことで、3人の微妙な関係性がとても自然に感じ取られます。何気ないやり取りですが、原音のニュアンスを失わず、うまく字幕に落とし込んでいる好例だと思います。
映像翻訳者の会Wakka
2023年4月に発足した、映像翻訳者による集まり。フリーランスが多い業界において、映像翻訳者ならではの悩みの相談や、同業者間での情報共有、助け合いができる場づくりを行う。また映像翻訳者の地位向上、映像翻訳者が働きやすい環境作りへの貢献をめざす。
Webサイト:https://wakkaeizouhonyaku.wixsite.com/wakkaweb
*本コラムはWakka会員の翻訳者の方によるリレー連載です*
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映像翻訳者。英日・韓日・露日に対応可能。2020年に映像翻訳者としてデビューし、字幕翻訳をメインに手がけている。主な字幕翻訳作品は映画『第五胸椎』(2025年公開)、ドラマ『トラッカー(シーズン2)』(共訳)、『ドクタースランプ』(共訳)、『その恋、断固お断りします』など。