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2024.08.13 UP

第15回 蔭山歩美さん:ドラマ『SHOGUN 将軍』ほか の英語字幕を語る!

第15回 蔭山歩美さん:ドラマ『SHOGUN 将軍』ほか の英語字幕を語る!

映像翻訳者が、海外映画やドラマなどの字幕&吹替翻訳で「すごい!」と感心したフレーズや、印象に残ったフレーズを紹介! 月1回のリレーコラム形式でお届けします。
今回は、日本映画の英語字幕翻訳で活躍されている蔭山歩美さんに登場していただきました。
協力:映像翻訳者の会Wakka

日本語のニュアンスを伝えるすごい「英語字幕」とは

日英映像翻訳者の蔭山歩美です。本コラムに協力する「映像翻訳者の会 Wakka」の運営メンバーでもあるため、執筆者の選定にも関わっています。
映像翻訳の記事は英日字幕に偏りがちなので、本コラムではなるべく偏らないようお声掛けしており、第7回の竹谷さんに続いて私が日英翻訳をご紹介することになりました。

1. ドラマ『SHOGUN 将軍』より(英語字幕)

【日本語原文】
人の心は一面ではございませぬゆえ

【英語字幕】
I have more than one heart.

(『SHOGUN 将軍』Shōgun/2024年/配信:ディズニープラス/英語字幕のクレジットなし)

今年度エミー賞の最多ノミネートで注目を浴びているこのドラマ。今年2月の配信開始に伴い公開されたインタビュー記事で、脚本翻訳や英語字幕にも丁寧に取り組んだ様子が語られていたので、これは見なければと思っていました。
英語字幕の翻訳者名はクレジットされていませんが、プロデューサーも含めた制作チームが推敲を重ねて完成させた字幕だそうです。

取り上げたセリフは第1話から。真田広之演じる吉井虎永が、敬虔なキリシタンである戸田鞠子に通詞にならないかと打診する場面です。
通訳の相手となるブラックソーンはカトリック教徒を敵視しているため、虎永は事前に「そなたの神への忠誠と、わしへの忠義の心は相反(あいはん)するものであるか?」と尋ねたのです。それに対する鞠子の返答が「私がただのキリシタンであれば。されど、人の心は一面ではございませぬゆえ」でした。

取り上げた字幕だけ見てもピンとこないかもしれませんが、後の場面に出てくる“Every man has three hearts.”(日本語字幕:人は3つの心を持つ)という原音が英語の重要なセリフにもつながる形で、この箇所の英語字幕が“one heart”となっています。映像翻訳は文字数や音の尺などの制限があるからこそ、訳語の取捨選択に演出的な視点が求められると改めて感じた翻訳でした。

ちなみに、本作で鞠子を演じたアンナ・サワイが出演するApple TV+の『Pachinko パチンコ』には韓国語と日本語が混在する原音が出てくるため(例:文中の特定の単語だけ日本語)、韓国語に対する日本語字幕と日本語に対する日本語字幕の色を変えていて、字幕の表示方法として新しいなと感じました。どちらも見応えのある作品なので、おすすめです。

2. 映画『ラヂオの時間』より(英語字幕)

【日本語原文】
五日(いつか)は2日前に過ぎたよ

【英語字幕】
Maybe I lack the drive…

(『ラヂオの時間』Welcome Back, Mr. McDonald/1997年/配給:東宝/英語字幕翻訳:イアン・マクドゥーガル氏)

ラジオドラマを生放送するスタジオが舞台の三谷幸喜作品。戸田恵子演じる人気女優・千本のっこの無茶ぶりを発端に、台本がどんどん書き換えられてしまうお話です。
取り上げたのは井上順演じるお調子者の広瀬満俊のセリフ。劇中で広瀬が声をあてる登場人物は車の営業マンで、戸田恵子演じる妻とのやりとりです。

「あなた お帰りなさい 今日はどうでした?」
「いや 今日も1台も売れなかったよ」
「大丈夫よ いつかきっと売れるわよ」
「五日は2日前に過ぎたよ」

「大丈夫よ いつかきっと売れるわよ」までは原文どおりに訳されていますが、「五日」のセリフはそのまま英語に訳しても意味不明になるため、かわりに車の運転のdrive“lack the drive”(やる気が足りない)のdriveをかけてダジャレを成り立たせています。

3. 映画『真夜中の弥次さん喜多さん』より(英語字幕)

【日本語原文】
サンデーマンデーてやんでい

【英語字幕】
Can February March?
No, but April May.

(『真夜中の弥次さん喜多さん』Yaji and Kita – The Midnight Pilgrims/2005年/配給:アスミック・エース/英語字幕翻訳:クリスチャン・ストームズ氏)

この映画を見たことがなくても、脚本が宮藤官九郎だと知れば翻訳に苦労しそうなのは想像に難くないでしょう。
取り上げたセリフは弥次さんがとっさに披露した一発ギャグです。『ラヂオの時間』では“drive”という単語を軸にダジャレを再構築していますが、こちらはという枠で再現する試み。同じくくりで似た表現を探してもドンピシャの訳が見つかるとは限らないと自分の経験からも知っているので、見た瞬間に「すごい!」と思いました。

物語の本筋に関わる部分でなくても、細部まで諦めずに拾って訳された形跡が見られると同業者として感動しますし、観客としても嬉しいです。他にも紹介したい翻訳がいくつかあったので、気になる方はぜひチェックしてみてください。日本で流通しているレンタルDVDにも英語字幕が収録されています。

余談ですが、私はこの英語字幕を手がけられたストームズさんの講義を受けたことがあるため、コラムのネタ探し中に彼の名前を見つけたのは嬉しい再会でした。逆に、「○○国際映画祭選出」とパッケージで大々的に宣伝されていて見事な英語字幕がついているにもかかわらず、翻訳者名の表記がない作品に遭遇した時は悲しくなりました。いち観客としても、翻訳者のクレジット掲載が当たり前になるよう願ってやみません。

映像翻訳者の会Wakka
2023年4月に発足した、映像翻訳者による集まり。フリーランスが多い業界において、映像翻訳者ならではの悩みの相談や、同業者間での情報共有、助け合いができる場づくりを行う。また映像翻訳者の地位向上、映像翻訳者が働きやすい環境作りへの貢献をめざす。
Webサイト:https://wakkaeizouhonyaku.wixsite.com/wakkaweb
*本コラムはWakka会員の翻訳者の方によるリレー連載です*

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蔭山歩美
蔭山歩美Ayumi Kageyama

映像翻訳者。英語字幕担当作品は映画『かくしごと』、『深骨』、『ファンファーレ』、『よだかの片想い』、『わたし達はおとな』、『Bird Woman』、『J005311』、『君は永遠にそいつらより若い』、『ムーンライト・シャドウ』、『僕の一番好きだった人』、『本気のしるし』、『王様になれ』、古舘伊知郎トーキングブルース『歌舞伎町の薬剤師』など。 公開プロフ:x.gd/aymkgym