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映像翻訳者が、海外映画やドラマなどの字幕&吹替翻訳で「すごい!」と感心したフレーズや、印象に残ったフレーズを紹介! 月1回のリレーコラム形式でお届けします。
今回は、仏日・英日字幕翻訳者の本多 茜さんにご執筆いただきました!
協力:映像翻訳者の会Wakka
名画から近年の話題作まで フランス映画のすごい字幕を紹介!
こんにちは、仏日と英日の字幕翻訳の仕事をしている本多 茜です。
メインは仏日字幕で、フランス映画が大好きです。その中から「さすが!」と感服した先輩方の字幕をご紹介します。原文がフランス語のため、英語版のセリフも併記しています。
1. 映画『シェルブールの雨傘』より(字幕)
【フランス語原文】
Les derniers mois ses lettres n’étaient plus les mêmes.
(…)
Et puis il y a eu l’hôpital et mes lettres sans réponse.
(英訳)
Over the last few months, her letters were not the same.
(…)
Then there was the hospital and my letters unanswered.
【日本語字幕】
終わりの頃には/手紙の感じが変わった
(途中省略)
それからぼくが入院して/彼女の便りも絶えた
(『シェルブールの雨傘』原題:Les Parapluies de Cherbourg 英題:The Umbrellas of Cherbourg/1964年 フランス・西ドイツ/日本版販売元:株式会社ハピネット/字幕翻訳:清水馨氏)
まずはジャック・ドゥミ監督の言わずと知れた名作ミュージカル、『シェルブールの雨傘』より。フランスを代表する大女優カトリーヌ・ドヌーヴが20歳ごろに主演した作品で、全編にわたりセリフが歌で構成されているのが特徴的です。
取り上げたセリフは、徴兵されていた相手役のギイがドヌーヴ演じるジュヌヴィエーヴとの手紙のやり取りについて帰還後に振り返るシーンのものです。
1文目、直訳すると「彼女の手紙はこれまでと同じではなくなっていた」を「手紙の感じが変わった」と訳出しており、とても自然な日本語になっていますよね。
2文目も直訳は「ぼくの手紙への返事はなし」といった感じですが、これを「彼女の便りも絶えた」と短く分かりやすく表現しています。
2. 映画『ロシュフォールの恋人たち』より(字幕)
【フランス語原文】
Je l’aime aussi beaucoup.
(英訳)
I like it a lot too.
【日本語字幕】
自信作よ
(『ロシュフォールの恋人たち』原題:Les demoiselles de Rochefort 英題:The Young Girls of Rochefort/1967年 フランス/日本版販売元:ハピネット/字幕翻訳:古田由紀子氏)
続いて同じくジャック・ドゥミ監督のミュージカル『ロシュフォールの恋人たち』より。カトリーヌ・ドヌーヴと実の姉であるフランソワーズ・ドルレアックが双子の姉妹を演じ、港町ロシュフォールでのさまざまな人の恋を描いた名作です。
取り上げたのは、双子の片割れで音楽家を志すソランジュが作曲した協奏曲を褒められた時のセリフ。
直訳すると「私もとても気に入っている」といった感じですが、尺が短い中で「自分が作った曲を自分自身でも気に入っている」ということを端的に表してあり、思わずうなりました。
3.映画『彼女のいない部屋』より(字幕)
【フランス語原文】
Et le piano qui restait fermé.
(英訳)
And the piano stayed shut.
【日本語字幕】
ピアノは置物と化した
(『彼女のいない部屋』原題:Serre moi fort 英題:Hold Me Tight/2021年 フランス/配給:ムヴィオラ/字幕翻訳:横井和子氏)
こちらはマチュー・アマルリック監督の『彼女のいない部屋』より。
ネタバレ厳禁の作品なので概要の説明は省きますが、私は「涙でスクリーンが見えない!」という状態になりました。
さて、こちらのモノローグは直訳すると「閉ざされたままになったピアノ」ですが、「置物と化す」とは、端的でありながらなんと詩的な表現なんでしょう! もう使われることもなくなって部屋にひっそりたたずむピアノが目に浮かびますよね。こんな風に豊かな日本語表現の引き出しを持ちたいものです。
4. 映画『燃ゆる女の肖像』より(字幕)
【フランス語原文】
Vous ne dites rien?
(英訳)
You’re saying nothing?
【日本語字幕】
ご感想は?
(『燃ゆる女の肖像』原題:Portrait de la jeune fille en feu 英題:Portrait of a Lady on Fire/2019年 フランス/配給:ギャガ/字幕翻訳:横井和子氏)
セリーヌ・シアマ監督が18世紀後半のフランスを舞台に貴族と画家という2人の女性の身分をこえた燃えるような恋愛を描いた作品。画家のマリアンヌが貴族の娘エロイーズの肖像画を描き上げエロイーズ本人に見せますが、エロイーズは何も言わずに硬い表情でじっと絵を見つめるだけ。そこでマリアンヌが発した一言です。
直訳すると「何も言わないのですか?」というセリフ。つまり「絵を見てどう思ったかを言ってほしい」ということですが、尺が短いので少ない文字数で訳出しなければなりません。
お互いに敬語を使って話している2人。時代背景や立場を考えると、例えば「どうです?」などではなく丁寧で格調高い「ご感想は?」がまさにピッタリ。このシーンの緊張感までうまく表現されています。たった一言の短いセリフですが、センスあふれる字幕で強く印象に残りました。
映像翻訳者の会Wakka
2023年4月に発足した、映像翻訳者による集まり。フリーランスが多い業界において、映像翻訳者ならではの悩みの相談や、同業者間での情報共有、助け合いができる場づくりを行う。また映像翻訳者の地位向上、映像翻訳者が働きやすい環境作りへの貢献をめざす。
Webサイト:https://wakkaeizouhonyaku.wixsite.com/wakkaweb
*本コラムはWakka会員の翻訳者の方によるリレー連載です*
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仏日・英日字幕翻訳者。2021年からフリーランスとして主に放送や配信のフランス映画の字幕翻訳に携わる。初めて劇場字幕を手掛けた『アニマル ぼくたちと動物のこと』が全国順次公開中。他、主な翻訳作品に『タンデム』『老人と子供』『ジャンキーばあさんのあぶないケーキ屋』(以上 スターチャンネル)、『ソルフェリーノの戦い』『ノーバディーズ・ヒーロー』(以上 JAIHO)など。