映像翻訳者が、海外映画やドラマなどの字幕&吹替翻訳で「すごい!」と感心したフレーズや、印象に残ったフレーズを紹介! 月1回のリレーコラム形式でお届けします。
今回の筆者は、韓日の字幕・吹替翻訳で活躍されている福留友子さんです。
協力:映像翻訳者の会Wakka
韓国語の微妙なニュアンスを伝える見事な字幕
皆さま、こんにちは。ドラマや映画の韓日翻訳(字幕・吹替)を生業としている福留友子と申します。
正直なところ日々、仕事に追われて大好きな映像作品を見る時間を確保するのに苦労していますが、そんな中、鑑賞した作品のうち印象に残ったフレーズをご紹介します。原文が韓国語のため、英語版のセリフも併記しています。
1. ドラマ『その年、私たちは』より(字幕)
【原文(韓国語)】
선배 같지도 않은 게 뭔 선배라고, 참.
웃기고 있네.
고작 있는 게 그 선배라는 뭣도 아닌 벼슬이에요?
(英語)
You don’t even act like a senior.
How ridiculous.
Is that all you have to show off? Being my senior?
【日本語字幕】
偉そうに
先輩面しちゃって
笑わせないで
単に年上なだけでしょ?
(『その年、私たちは』原題:그 해 우리는 英題: Our Beloved Summer/2021年/制作:SBS ※Netflixで配信中/字幕翻訳:岩澤汐里氏)
『パラサイト~半地下の家族』(2019)のチェ・ウシクと、『梨泰院クラス』(2020)のキム・ダミが主演のラブコメディ。実はラブコメは積極的に視聴しないのですが、過去に翻訳を担当した映画『The Witch 魔女』(2018)で好演していた2人ということで、その成長ぶりを見たくて視聴しました。
取り上げたセリフは、チェ・ウシク演じるウンが、キム・ダミ演じるヨンスの気の強さを語る際に挿入されたエピソードに登場します。
韓国語学習者、習得者が爆発的に増えた昨今、いわゆる「韓国的な表現」をそのまま生かす翻訳が一部で好まれていて、どこまで原語を生かすかいつも悩まされます。こちらの字幕はセリフの軽快なテンポや韓国語特有の皮肉めいた言い方を最大限生かし、日本語として、すっと頭に入るような表現になっていて感銘を受けました。
とくに3文目の訳は素晴らしく、直訳すると「持ってるのは、たかが先輩っていう何でもない官職ですか?」ですが、「年上という大したことのない属性だけで先輩風を吹かせてるの?」という辛辣な皮肉を「年上なだけ」というキーワードで簡潔に表現しています。
2. ドラマ『未成年裁判』より(字幕)
【原文(韓国語)】
죄송합니다, 판사님.
제가 이 말을 먼저 했었어야 됐는데
뱉은 말은 있고 염치도 없고.
(英語)
I’m sorry, Judge Sim.
This is what I should have said first.
I was ashamed of myself for saying such harsh words.
【日本語字幕】
すみません
最初に謝るべきでした
ただ引っ込みがつかなくて
(『未成年裁判』原題:소년 심판 英題:Juvenile Justice/2022年/制作:Netflix/字幕翻訳:平川こずえ氏)
本作は少年法や少年犯罪を題材として取り上げ、日本で争点となっている少年法の問題とも通じるところがあって話題になったドラマです。
取り上げたセリフは、不幸な家庭に育った裁判官が、虐待を受けていた少女を冷徹に裁いた上司に意見したことを謝るシーンで登場します。
3行目に注目していただきたいのですが、韓国語の直訳は「吐いてしまった言葉もあり、恥も知らず…」です。英訳では “I was ashamed of myself for saying such harsh words.” と過去の言動をストレートに反省する表現ですが、韓国語では「臆面もなく生意気なことを言ったが、一度、口にしてしまったからプライドもあり、すぐには謝れなかった」とひとまず弁解しています。
この含蓄のある表現をひと言で「引っ込みがつかない」と訳したのはまさに美技。翻訳者として常に原意を最大限、伝えられるよう努めたいと改めて思いました。
3. 映画『毒戦 BELIEVER2』より(字幕)
【原文(韓国語)】
조원호 경정 개인의 집념이 이뤄낸 성과라고 높게 평가했습니다.
(英語)
The agency added that Superintendent Jo’s persistence is what made this great result possible.
【日本語字幕】
チョ警部の執念の賜物(たまもの)だと
評価しています
(『毒戦 BELIEVER 2』原題:독전 2 英題: Believer 2/2023年/制作:Netflix/字幕翻訳:安河内真純氏)
本作は香港映画『ドラッグ・ウォー 毒戦』(2012)のリメイク『毒戦 BELIEVER』(2018)の続編にあたり、続編とはいえミッドクエル形式で、前作で描かれなかった部分を埋めていく形をとって話題になった作品です。この続編を締めくくる最後のセリフを取り上げたいと思います。
このセリフは麻薬組織を追って殉職したチョ・ウォノ警部の功績を評価するニュースの中に登場します。原語は「執念が成し遂げた成果」ですが、字幕では「執念の賜物」という素晴らしい表現になっています。事実を伝えるニュースの中の表現とはいえ「成果」という無味乾燥なワードでは「執念」と並べた時にアンバランスで、個人的な感覚では、ここは「賜物」が、まさに的を射た表現だと感じました。
日本と韓国ではほぼ同義の漢字語が多いのですが、当然、微妙なニュアンスの違いがあり、使用されるシチュエーションにズレが出たりします。そんな時は安易に同じ漢字語を当てるのではなく、より文脈に合う適切な表現を探す必要があるのですが、まさにそのお手本のような字幕でした。
映像翻訳者の会Wakka
2023年4月に発足した、映像翻訳者による集まり。フリーランスが多い業界において、映像翻訳者ならではの悩みの相談や、同業者間での情報共有、助け合いができる場づくりを行う。また映像翻訳者の地位向上、映像翻訳者が働きやすい環境作りへの貢献をめざす。
Webサイト:https://wakkaeizouhonyaku.wixsite.com/wakkaweb
*本コラムはWakka会員の翻訳者の方によるリレー連載です*
韓日字幕・吹替翻訳者。主な翻訳作品に映画『冬の小鳥』、『エクストリーム・ジョブ』、『82年生まれ、キム・ジヨン』、『KCIA 南山の部長たち』、『ハント』、『THE WITCH/魔女-増殖-(字幕・DVD吹替)』、『ハンサン―龍の出現―(字幕・吹替)』、『ラブリセット 30日後、離婚します』(3月29日公開)など。