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映像翻訳者が、海外映画やドラマなどの字幕&吹替翻訳で「すごい!」と感心したフレーズや、印象に残ったフレーズを紹介! 月1回のリレーコラム形式でお届けします。
今回の筆者は映画やドラマの翻訳で活躍する、英日字幕翻訳者の土居恵理さんです。
協力:映像翻訳者の会Wakka
映画に登場するポスターなど「文字情報」の字幕にも注目!
こんにちは。英日字幕翻訳者の土居恵理です。映画、海外ドラマ、アニメ、漫画が大好きです。現在、ポリグロットをめざして仏語や独語も勉強しています。
今回はセリフだけでなくポスターなど文字情報の字幕についてもご紹介します。
1. 映画『トランスフォーマー/ビースト覚醒』より(字幕)
【原文】
He was mine.
【日本語字幕】
余計な手出しを
(『トランスフォーマー/ビースト覚醒』Transformers: Rise of the Beasts/2023年/配給:東和ピクチャーズ/字幕翻訳:松崎広幸氏)
トランスフォーマー達の司令官であるメインキャラクター、オプティマスプライムが戦っていたときに、横から手出ししてきた味方に向かって言うセリフです。
『トランスフォーマー』はシリーズごとにキャラクターの性格設定が多少異なります。今回のオプティマスプライムは、いつもの冷静な司令官ではなくワンマンで気性が荒っぽい印象です。
素直に訳すと「俺の獲物だった」ですが、あえて「余計な手出しを」とすることで悔しさが増して、今回のオプティマスプライムの性格にピタリとはまっています。
何気ない表現のようですが、細部まで血の通った字幕だなと感じます。
2. 映画『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』より(字幕)
【原文】
(1)You looked like Nat King Cole up there.
(2)The opium was on her, but I… [stammering] You sounded like Stepin Fetchit.
~中略~
(3)Now guess what, Nat King F***ing Fetchit?
【日本語字幕】
(1)お前の独壇場だったな
(2)“それに… アヘンを…”/コメディアンのフェチットか?
~中略~
(3)いいか コメディアン
(『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』The United States vs. Billie Holiday/2021年/配給:ギャガ/字幕翻訳:風間綾平氏)
「お前」と呼ばれているのは、劇中でアフリカ系初の麻薬取締局捜査官として登場するジミーです。これは裁判で、ジミーが上層部の意図に反して被告人のビリー・ホリデイをかばう証言をしたため、上司が怒っているセリフです。
立て続けに2人の有名人の名前が入っています。
アフリカ系の歌手Nat King Cole/ナット・キング・コールとコメディアンStepin Fetchit/ステッピン・フェチットを出しているのは隠喩なわけですが、字幕に出したときに多くの日本人に意図が伝わるかどうか悩みどころです。字数制限のある字幕に長いカタカナ名をどう入れるかも考慮が必要です。
(1)ではナット・キング・コールの名前が落とされ、隠喩の内容を伝える方向で訳されています。
(2)のフェチットは「コメディアンの」と補足された上で訳出され、(3)の“Nat King F***ing Fetchit”と2人を合体させて呼ばれた時には、「コメディアン」とまとめられています。
名前を出すか、出さないか。出さない場合、どちらも出さないか、1人だけ出すか、どちらを出すか、隠喩をどう表現するか…
試行錯誤を得てたどり着いた字幕だということは想像に難くありません。
ものすごく工夫されている翻訳であり経験のなせる技です。
また、主人公が歌手なので歌詞字幕が多く出てきます。尺の都合でご紹介できませんが、どの字幕もすばらしいです。
3. 映画『ラブ・アクチュアリー』より(字幕)
【原文】
“Christmas Uncovered”
【日本語字幕】
“ハダカのクリスマス”
(『ラブ・アクチュアリー』Love Actually/2003年/配給:UIP/字幕翻訳:戸田奈津子氏)
“Christmas Uncovered”は画廊のシーンで出てくる展示のタイトルです。
映像には、背を向けた全裸の男性4人がサンタ帽子(赤くて白いフチのついた帽子)だけをかぶっているポスターや、似たような趣旨のポスターが映ります。
小説など文字のみの媒体であれば、元の“uncover”の「(秘密などを)暴く」「(覆いなどを除いて)見えるようにする」という動作の意味を生かしたくなりそうです。ですが字幕翻訳には映像があります。
「ハダカでサンタ帽子だけをかぶった人たち」のポスターはまさに「ハダカのクリスマス」。“映像を訳す”と言われる字幕翻訳にふさわしい字幕です。
ポスターの文言など、こういった映画の中でいきなり出てくる文字情報の翻訳は、実は難しいと感じています。
4. 映画『バンブルビー』より(字幕)
【原文】
“U WISH”
【日本語字幕】
“うらやましい?”
(『バンブルビー』Bumblebee/2018年/配給:東和ピクチャーズ/字幕翻訳:松崎広幸氏)
こちらも映画の中に登場する「文字情報」の字幕です。
作品冒頭、18歳を迎える主人公はアルバイト先で同世代の裕福なグループ客に出会います。
裕福でない主人公には彼らがまぶしく映ります。その中の女の子が所有する車のナンバーが“U WISH”です。
主人公は中盤で女の子から直接嫌味を言われ、後半でリベンジとして彼女の車にイタズラします(イタズラの域を超えていますが…)。リベンジを果たすと、再度、車のナンバー “U WISH”が映し出されます。
最初は主人公に向けた“U WISH”であり、次は嫌味な女の子に向けた“U WISH”に変わります。
“You wish.”ということですが、そもそも日本語に訳しにくいうえにナンバープレートらしく端的に表現しなくてはなりません。
それを「うらやましい?」のひと言できれいにまとめています。
残念ながら2回目は字幕がつきませんが、嫌味な女の子に返す言葉としてもピッタリでした。英語の言葉遊びを見事に日本語に落とし込んでいる字幕に感動します。
今回は有名人の名前を出した隠喩、言葉遊びの文字情報などをご紹介しました。それがどういう人か、どういう意味かはある程度調べられても、それだけでよい字幕は書けません。
自分で悩みながら経験を積み重ね、先輩方の字幕にたくさん触れて引き出しを増やしていきたいと思います。字幕翻訳は奧が深くて本当におもしろいですね。
映像翻訳者の会Wakka
2023年4月に発足した、映像翻訳者による集まり。フリーランスが多い業界において、映像翻訳者ならではの悩みの相談や、同業者間での情報共有、助け合いができる場づくりを行う。また映像翻訳者の地位向上、映像翻訳者が働きやすい環境作りへの貢献をめざす。
Webサイト:https://wakkaeizouhonyaku.wixsite.com/wakkaweb
*本コラムはWakka会員の翻訳者の方によるリレー連載です*
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英日字幕翻訳者。外資系ホテルを含む宿泊業界に長年従事したのち、「さっぽろ字幕翻訳スクール」で字幕翻訳のいろはを学び、2016年より字幕翻訳を始める。多言語展開を目指し仏語や独語を学習中。北海道札幌市出身。 主な字幕翻訳作品に『トランスフォーマー: ウォー・フォー・サイバトロン・トリロジー』、Netflixリミテッドシリーズ『メイドの手帖』などがある。