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映像翻訳者が、海外映画やドラマなどの字幕&吹替翻訳で「すごい!」と感心したフレーズや、印象に残ったフレーズを紹介! 月1回のリレーコラム形式でお届けします。
今回の著者は、日→英の映像翻訳者、また通訳者として活躍されている竹谷知子さんです。
協力:映像翻訳者の会Wakka
プロ翻訳者が唸った日本アニメの「英語字幕」を紹介
皆様こんにちは!
アニメの日英翻訳を中心に通訳、文書翻訳、MC等、幅広く活動しております竹谷知子と申します。このリレーでは初の日英翻訳者として、感銘を受けた字幕をご紹介します。
1. アニメ『君のことが大大大大大好きな100人の彼女』より(英語字幕)
【原文】
あっぶねえええ! 嬉ションする所だった!
【英語字幕】
Saved by the bell! I was this close to ecsta-pee!
(The 100 Girlfriends Who Really, Really, Really, Really, REALLY Love You『君のことが大大大大大好きな100人の彼女』/2023年/集英社、バイブリーアニメーションスタジオ/日英字幕翻訳:不明)
のっけから過激なワードで恐れ入ります!
字幕翻訳者さんのお名前は残念ながら確認できないのですが、原作のマンガの英語版(M. Fulcrumさん翻訳)では、“Holy cannoli! That felt so good and I laughed so hard… I was about to leak in ecsta-pee!!” と訳出なさっていますので、字幕もこちらを踏襲した感じですね。
Ecstasyとpeeという韻を踏んだ単語を繋げることで 「嬉ション」という造語らしさも出ていますし、意味としてもこの上なく的確で、この訳に出くわした時には思わず膝を打ってしまいました。こんな機転の利いた翻訳をしてみたいものです!
アニメというジャンルはジョークの多い作品も多数ありますので、翻訳者さんのご苦労がしのばれます。
2. アニメ『黒執事』より(英語字幕)
【原文】
あくまで、執事ですから
【英語字幕】
You see, I am merely one hell of a butler.
(Black Butler『黒執事』/2008年/アニプレックス、A-1 Pictures/英語字幕翻訳:不明)
こちらは少し前の作品ですが、先ほどと同じく原作のマンガの英訳(Simona Stanzaniさん翻訳)を踏襲しているタイプです。実はSimonaさんは私の母校、日本映像翻訳アカデミー(JVTA)で教鞭をとられており、この翻訳も課題の一部でした!
「あくまで」というこのセリフは、「どこまでも」や「結局は」のような意味合いに加えて、このキャラクターが「悪魔」である、ということを示唆する掛詞にもなっているのです。そこを読み取れても、どのようにそれを英語で表現するか…?
たしか私は、「悪魔」という言葉に囚われてしまった訳を提出したように記憶していますが、この one hell of a butler という訳を聞いてシビれてしまいました! One hell of a~というのは「とんでもない」「ずば抜けた」というような表現であると共に、このキャラクターを悪魔と関連付ける言葉選びで、実に秀逸! 結構私も色々悩んで考えたのですが、これは思いつきませんでした。
こういった発想力は一体どうしたら鍛えられるものなのでしょうか…。ちなみに『黒執事』はアメリカでは2社の配信サイトで視聴することが出来るのですが、版権の関係上か、字幕の翻訳は異なっています。見比べて違いを楽しむのも大変勉強になります。
3. アニメ『絆のアリル』より(英語字幕)
【原文】
アリストテレス(クリス)です
【英語字幕】
I’m Philosopher Chris K-ant
(Kizuna no Allele『絆のアリル』/2023年/WIT STUDIO、シグナル・エムディ/※本人の希望により翻訳者名は未開示)
VTuberなどのバーチャルアイドルを題材としたアニメ『絆のアリル』より。
「クリス」というキャラクターが配信上で「アリストテレス」という名前を使っており、そこにルビでクリスと振ってある、というシーンです。普通でしたらAristotleとしてしまう所なのですが、この配信は蟻の解説動画で、幾つもの「アリ」ジョークがちりばめられています。
日本語の「蟻」とアリストテレスの「アリ」は同じ音なのでこのジョークが通用するのですが、Aristotleと訳してしまうと「蟻」の意味が失われ、まったく笑えません。そこでこの翻訳者さんは、哲学者つながりで代わりにK-ant(カント)を持ってきたわけです!
ちなみにこの先に続く蟻ジョークは、
「今回の『そんなのアリえない!』と思う蟻情報はこれ!」
⇒“Here’s some ant information you’ll think c-ANT possibly be true!”
「『蟻、アリえないくらい負けてんじゃん!』とお思いでしょう?」
⇒“So you might think that the ants c-ANT win.”
ANTとしっかり大文字でジョークを引き立てて、笑いを誘う所も素晴らしいです。
4. 映画『ヴィレッジ』より(英語字幕)
【原文】
これ、村長も…皆、全員知ってるって事っスよね? いやいや…この村ヤバすぎでしょ
【英語字幕】
The mayor, everyone… They all know about this, right? Wow. This village is the pits.
(Village『ヴィレッジ』/2023年/配給:KADOKAWA、スターサンズ/英語字幕翻訳:Mari Murray)
アニメばかり続きましたので、最後に実写の日本映画『ヴィレッジ』から一つ。
こちらは、大規模ゴミ処理場のある村に労働者としてやってきた若者が、夜中に行われている違法投棄の手伝いをさせられながら発する一言です。
The pitsは「どん底」「生き地獄」のような意味を持つスラングなので、「ヤバすぎ」という表現にピッタリなのはもちろんのこと、村の処理場の巨大ゴミ集積場が「ピット」と呼ばれているというシーンが映画の中盤でサラッと入ってきます。上手いこと被せてきたな~! と脱帽いたしました。
映像翻訳者の会Wakka
2023年4月に発足した、映像翻訳者による集まり。フリーランスが多い業界において、映像翻訳者ならではの悩みの相談や、同業者間での情報共有、助け合いができる場づくりを行う。また映像翻訳者の地位向上、映像翻訳者が働きやすい環境作りへの貢献をめざす。
Webサイト:https://wakkaeizouhonyaku.wixsite.com/wakkaweb
*本コラムはWakka会員の翻訳者の方によるリレー連載です*
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日英映像翻訳者、通訳。主な字幕翻訳作品に映画『とべない風船』『車軸』、アニメ『BLUELOCK』『アオアシ』『HIGH CARD』『帰還者の魔法は特別です』などがある。