
第6回 今こそパラレルキャリアを
Never put all your eggs in one basket
コロナウイルスの影響で、3月中旬以降の通訳ガイド業務がすべて無くなった。もし翻訳業からガイド業に完全シフトしていたなら、どう家族を養おうか、大学受験に備える子供の学費をどうしようかと、途方に暮れていたことだろう。
幸いにも翻訳仕事を増やすなどして当面カバーできる見込みのため、通訳ガイドや通訳の勉強に充てられる時間が増えたと、ポジティブな気持ちを保てている。
「1つのカゴに卵を全部入れてはいけない」というのは投資の格言だが、自分や家族の死活にかかわる仕事にこそ、リスク分散を考えるべきだと思う。どれだけ能力があっても需要激減で仕事が回ってこない。今回はそれが通訳ガイド業界や通訳業界で起きているが、翻訳業界で今後同様の現象が起きない保証は無い。
翻訳業界内でのリスク分散も、大事になってくるかもしれない。近い将来について言えば、金融危機後や大震災後のように、企業収益の悪化に伴って産業翻訳の仕事が減ると予想している。そうなった場合、僕は映像翻訳の仕事を増やしてカバーするつもりだ。
背負う物が大きいほど、リスク分散を真面目に考えるようだ。僕は住居さえ分散している。6年前に越後湯沢のリゾートマンションを60万円で購入。基本的には、集中して仕事に取り組むための作業場として活用してきたが、東京に何かあった場合の避難所としても考えていた。そういう使い方をする時が、残念ながら来てしまった。
シナジーのあるパラレルキャリア
リスクを度外視すれば、一つの仕事、一つの分野を突き詰めたほうが効率を最大化できるのは間違いない。ただ、複数分野の翻訳から通訳ガイド、講師業まで幅広い仕事に手を出してきて思うのは、一つの仕事しかしていなかったなら出遭わなかった発見が、必ずあるということだ。
現代サッカー界随一の名将、ペップ・グアルディオラ監督はこう言っている。「サッカーしか知らない者は、サッカーを知らない」。その世界を離れてみて初めて見えてくることがあると、僕も思う。
各業界間のシナジーについて考えてみると、例えば要点を素早く伝達する通訳のトレーニング(通訳については現状、実務未経験に等しいため、トレーニングの話しかできない)は、限られた字数で内容を伝えることを要求される字幕翻訳の上達に有効だった。その逆もしかりと感じるので、通訳者が翻訳業務を始めるなら、意外と映像翻訳が最適な気がする。通訳練習には、翻訳スピードの向上という効果もある。
逆に、翻訳では「主語をどうするか、能動態でいくか受動態でいくか、次へどうつなげ、展開するか」といった、文や文章の構成を考える時間的余裕がある。これを繰り返すことで、通訳の訳し出しや瞬時の編集が上手くなる。翻訳中に「これは通訳に使えそう」と思った語句や表現を書きためることもできる。
通訳トレーニングが通訳ガイド業務に役立つことは、言うまでもない。他方、バスで40人以上の外国人を相手に英語でプレゼンするという経験は、通訳の仕事をする上で舞台度胸という形で役立つはずだ。
通訳者と話をすると「減点方式」思考の方が多いように感じる。「あそことあそこの訳でミスしたから、今日は85点」みたいに。通訳ガイドの場合、これが正解という基準が全く無いので、少なくとも僕は加点方式。「あそこのガイディングは満足してもらえた、笑ってもらえた」のように。つまり、両方やればメンタル面でバランスが取れるのではないだろうか。
通訳ガイド中のとっさのやり取りに通訳力がものを言う一方、ガイディングの台本作りには翻訳力が生きる。そうやって作った訳文をベースにして話すと、フィードバックが即座に返ってくるのは、通訳ガイド業ならでは。翻訳をしていても、エンドユーザーの声はなかなか聞けないものだ。
さらに、講師業という“シナジーの総決算”のような仕事もあるが、それについては次回詳述したい。