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2023.07.31 UP

出版翻訳家 久山葉子さん
「プロになるために必要なものとは」

出版翻訳家 久山葉子さん<br>「プロになるために必要なものとは」
※『通訳者・翻訳者になる本2023』より転載。

出版翻訳家としてプロデビューするまで

訳書『スマホ脳』がベストセラーとなり、いま勢いのある翻訳者、久山葉子さん。
移住した北欧の地で、自ら道を切り拓き、プロデビューを果たした。
成功の秘密は、ずばり「気持ち」と「行動力」だ。

自分がいいと思った本を
日本の読者に届けたい
白夜の国から思いをのせて

スマートフォンの使用は、睡眠障害や鬱、記憶力や集中力、学力の低下をもたらす――。この衝撃的な事実を科学的に解き明かし、現代人に警鐘を鳴らした『スマホ脳』(新潮社)。スウェーデン発の同書は、2020年の11月に発売されるとたちまち売れ行きを伸ばし、年が変わっても勢いは衰えず、ついには「オリコン年間“本”ランキング2021」の総合1位に輝いた。

「コロナの影響で帰国することは叶いませんでしたが、リモートで著者の取材の通訳をしたり、私自身も取材していただいたりと、本当に忙しかったです。翻訳より刊行後のフォローに圧倒的な時間を費やすという、ありがたくも不思議な経験をさせていただきました」

「帰国」という言葉が示すように、現在は家族3人でスウェーデン暮らし。移住して12年になる。柔和な顔立ちと穏やかな口調とは裏腹に、じつは人並み外れた行動力の
持ち主。

「体当たりって大事です。どこで何がつながるか、わからないから」

スマホ脳
2021年12月の時点で、累計60万部を突破した『スマホ脳』。
「発売当初からプロモーションにとても力を入れていただいて、出版社の『売ろう』という気持ちが実ったヒットだったと思います」(久山さん)。  

スクリーン脳
(左)スウェーデン語の原書。タイトルは直訳すると「スクリーン脳」という意味。
(右)10万部を突破した記念に出版社から贈呈された革装本。

この本を訳したい!
異国の地で版元に突撃

スウェーデンとの出合いは、高校時代にまで遡る。高福祉社会でデザインのセンスがよく、当時大好きだったメタルロックバンド「EU ROPE」の出身国。そんな「いいイメージ」に惹かれて、交換留学先に選んだことがきっかけだった。

中高大の10年を過ごした神戸女学院を卒業後、数年の会社勤めを経て東京に出ると、社団法人のスウェーデン社会研究所が開設したスウェーデン語学校に通い始める。1年後には、運良くスウェーデン大使館の商務部に就職。やがて結婚し、仕事と子育てに追われる多忙な毎日を送るようになった。息つく暇のない共働き生活が続くなか、スウェーデン企業の日本支社に勤務する夫(日本人)が、いまで言う「ワークライフバランス」を求め、会社に本国勤務を直訴。すると、とんとん拍子に話がまとまり、家族3人、北欧の地へ渡った。

ところが――。

「スウェーデンには『専業主婦』という概念がありません。ところが、就職活動をしても、35歳の日本人をいきなり雇ってはくれない。楽に共働きのできる環境を求めて移住したのに、無職になってしまい、アイデンティティ的にすごく辛かったです」

 

そんなある日、雑誌で1冊の本の存在を知る。サダム・フセインの愛人だった女性の自伝で、すぐに本を買い求め、一気に読んだ。独裁者に蹂躙されながらも、たくましく生き抜いた著者の生き様に、激しく心を揺さぶられた。

〈この本は日本でも読まれるべきだ〉

そんな強い思いが、失業状態から抜け出したい必死さと結びつき、大胆な行動に打って出る。いきなり版元である大手出版社に電話をかけたのだ。「出版翻訳のことなんて、なんにも知らないのに」。

幸いだったのは、電話を受けたのが、親切で気さくな版権担当者だったこと。「この本を翻訳して日本で出したい」と告げると、出版翻訳の仕組みからブックフェアに至るまで、業界知識を事細かに教えてくれた。

日本の編集者やエージェントも参加するというフランクフルト・ブックフェアを視野に、すぐさまレジュメと試訳を作成し、参加予定の出版社にメールで送付。すると、7社から「会いましょう」との返信があった。

自腹で航空チケットを取り、ホテルを予約して、いざドイツはフランクフルト・ブックフェアへ。だが、編集者たちは行動力こそ称賛してくれたものの、企画への反応は今ひとつ。ブックフェア後、「見送り」の返答が続き、諦めかけたそのとき、最後の1社から「企画が通った」との朗報が届いた。

「天にも昇る気持ちというのは、こういうことなんだって」

2011年9月、『生き抜いた私 サダム・フセインに蹂躙され続けた30年間の告白』(主婦の友社)で、スウェーデン語の出版翻訳者としてデビュー。異国の地で狭き門を自力でこじ開けるという、離れ業をやってのけた。

仕事場の壁には手がけた訳書が並ぶ
仕事場の壁には手がけた訳書が並ぶ。

※『通訳者・翻訳者になる本2023』より転載  取材/金田修宏 撮影/安部まゆみ

Next→9年前の“持ち込み”が奏功した『スマホ脳』

久山葉子さん
久山葉子さんYoko Kuyama

1975年生まれ。神戸女学院大学文学部英文学科卒。2010年よりスウェーデン在住。著書に移住前後の顛末を描いた『スウェーデンの保育園に待機児童はいない』(東京創元社)。訳書に『許されざる者』(レイフ・GW・ペーション著)、『影のない四十日間』(オリヴィエ・トリュック著/以上 東京創元社)、『スマホ脳』『最強脳』(アンデシュ・ハンセン著/新潮社)、『メッセージ トーベ・ヤンソン自選短篇集』(トーベ・ヤンソン著)、『北欧式インテリア・スタイリングの法則』(共訳/フリーダ・ラムステッド著/以上 フィルムアート社)など。