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2023.07.31 UP

出版翻訳家 久山葉子さん
「プロになるために必要なものとは」

出版翻訳家 久山葉子さん<br>「プロになるために必要なものとは」
※『通訳者・翻訳者になる本2023』より転載。

作家との交流を通して
地域社会に貢献

翻訳以外に、週2回は地元の高校で日本語を教えている。自身に子どもがいることもあり、教育は最大の関心事。高校教師をしていれば、地域社会との接点を持てるし、人の役に立つことで自分の幸福度も高まるため、「大切な時間」だと思っている。そのぶん、夕食後もほぼ週末も、翻訳をする。広々としたリビングの半分を書斎にしているため、ディナー後の団らんに加われなくても、互いに姿は見えるし、声も掛け合える。だから「家族に対する罪悪感がちょっとだけ軽くなるかな」。

毎朝の日課は、ipadのアプリを使った1日のプランづくり。予定を立て、何にどれだけの時間を費やしたか、そのつど記録しておく。「校正や翻訳にどれだけの時間を使ったか、何ワードぶんをこなしたかを可視化しておくと、振り返ったときに『やるべき仕事をちゃんとやっている』と焦らなくて済みます」

毎年11月に地元で開催される「ミステリ・フェスティバル」では、実行委員の一人を務める。作家と交流できる貴重な機会であり、10周年を迎えた昨年もそのにぎやかな雰囲気を満喫。とりわけ、作家たちとディナーを囲むのが最も楽しく、おまけに「翻訳するときに質問しやすいし、快く答えてもらえる」という。小学生のころは海外の児童文学を読むのが好きで、学校でお楽しみ会があると、「メアリー・ポピンズ」など、自分のお気に入りの本を朗読した。「みんなにも読んでほしい」という一心でしていたが、実はその頃から何も変わっていない。

「翻訳するのは、自分がいいと思った本を、他の人にも読んでほしいから。それがすべてです。去年、『こどもサピエンス全史』(NHK出版)と『最強脳』(新潮社)という教育系の訳書も出せて、やりたいことはほぼ実現できました。この方向性を今後も続けていきたいですね」

言葉ににじむ、自信と手応え。体当たりで道を拓いた強さは、本物だ。

日本の大学のゼミでの講演の様子
日本の大学のゼミでの講演の様子。スウェーデンの社会や、翻訳に関する講演・インタビューの仕事も最近増えているという。
(撮影/新井清美)

出版翻訳家としてのこだわり

いかに原書の「語り」を再現するか
ひとくちに北欧ミステリといっても、作家によって語り口がまったく違います。どれも同じようなミステリ調の日本語になってしまったり、私自身の文章になってしまわないよう、いかに原書の「語り」を再現するか、というのを常に考えます。といっても、なかなか難しいのですが。

それもあって、ふだんは翻訳書より最初から日本語で書かれた本を読むことが多いです。特に歴史物や時代小説が好きで、ペーションの『許されざる者』を訳したときは「鬼平犯科帳」をイメージしていました。「鬼平」の長谷川平蔵も一応は“警官”ですし、主人公ラーシュとどこか雰囲気が似ていたので。どちらも食事のシーンがいいアクセントになっていて、そういう点でも「鬼平」を意識しながら訳しました。

志望者へのMessage

「好き」を強みに変えていく
翻訳者に限りませんが、フリーランスを志向する方は、やはり何か好きなことを仕事にするために、自由な道を選ぶのだと思います。出版翻訳はとくに、会社に勤めたり資格を取ったりして仕事を得るものではないので、自分で道を切り拓いていくしかありません。そのときに肝心なのは、「誰にも負けない」と言えるくらい、得意なものがあるかどうか。「好き」という気持ちでもいいと思います。そういう「軸」あるいは「芯」がないと、フリーランスをめざすのは厳しいかもしれません。これというものが漠然とあるのなら、それを明確にして、しっかり伸ばしていく。それが心から「好き」と言えるものであれば、誰にも負けない強みに変えていけるのではないでしょうか。

※『通訳者・翻訳者になる本2023』より転載  取材/金田修宏 撮影/安部まゆみ

久山葉子さん
久山葉子さんYoko Kuyama

1975年生まれ。神戸女学院大学文学部英文学科卒。2010年よりスウェーデン在住。著書に移住前後の顛末を描いた『スウェーデンの保育園に待機児童はいない』(東京創元社)。訳書に『許されざる者』(レイフ・GW・ペーション著)、『影のない四十日間』(オリヴィエ・トリュック著/以上 東京創元社)、『スマホ脳』『最強脳』(アンデシュ・ハンセン著/新潮社)、『メッセージ トーベ・ヤンソン自選短篇集』(トーベ・ヤンソン著)、『北欧式インテリア・スタイリングの法則』(共訳/フリーダ・ラムステッド著/以上 フィルムアート社)など。