映像翻訳者が、海外映画やドラマなどの字幕&吹替翻訳で「すごい!」と感心したフレーズや、印象に残ったフレーズを紹介! 月1回のリレーコラム形式でお届けします。
今回の執筆者は、ドキュメンタリーシリーズや、ミステリー・刑事ドラマの字幕翻訳を手がける大川真咲さんです。
協力:映像翻訳者の会Wakka
登場人物の「口調」に注目!
こんにちは、字幕翻訳者の大川真咲です。
今回は“口調”に的を絞って名訳をご紹介させていただこうと思います。口調は、登場人物の性格や地位を表現するうえで非常に大きな役割を果たしています。女性言葉の「~わよ」「~だわ」の使い方が気になるのは、登場人物のキャラクターと口調に違和感を覚えるからですよね。
一方で、登場人物にピッタリの口調で訳すことができれば、キャラクターの魅力は何倍にも増し、物語に厚みが生まれます。“大御所”と呼ばれるレジェンド翻訳者の皆さんは口調の使い分けが実に見事。物語が生き生きと輝くのにはワケがあるんです! 奥深い口調の世界をぜひお楽しみください。
1. 映画『生きる LIVING』より(字幕)
【英語原文】
But I realise… I don’t know how.
【日本語字幕】
ですが そのやり方が…/わからんのです
(『生きる LIVING』LIVING/2023年/配給:東宝/牧野琴子氏)
口調の使い分けが巧みな牧野琴子さん。どんな言い回しが飛び出すのか、担当される作品を毎回楽しみにしています。
邦画の名作『生きる』のリメイク作品として評判になった本作では、名優ビル・ナイが公僕として仕事一筋に生きるお堅い英国紳士ミスター・ウィリアムズを演じます。自分ががんで余命半年であることを知り、“人生を楽しむため”にやってきた海辺の町で、そのやり方が分からないと吐露するシーンです。
「わからないのです」ではなく、「わからんのです」。前者からは性別も性格も分かりませんが、後者からは実直な初老男性のもの悲しさがひしひしと伝わってきませんか? あふれ出る高倉健み。昭和を感じさせる古風な言い回しが舞台の戦後ロンドンにピッタリですね。
2. 映画「ベスト・キッド」シリーズより(字幕)
【英語原文】
I get off work early on Sunday. I can show you a few spots around town.
【日本語字幕】
日曜は早く終わるから/案内したげる
(『ベスト・キッド:レジェンズ』Karate Kid: Legends/2025年/配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント/佐藤恵子氏)
次は自然な字幕で高い完成度を誇る佐藤恵子さんの訳です。この夏に公開されたベストキッド・シリーズの最新作から、ニューヨークのピザ店の看板娘ミアが、引っ越してきたばかりの主人公リーに街を案内してあげると約束するシーンを紹介します。
普通なら「案内してあげる」とさらっと訳してしまうところですが……、佐藤さんはミアの下町娘らしさやきっぷのよさを表現するために、1文字省略して「案内したげる」と訳されています。たった1文字の違いですが、ミアのキャラクターがぐっと引き立ちますよね。しかも1文字少ない! たかが1文字されど1文字。1秒に日本語4文字しかあてられない字幕翻訳においては大きな価値があります。
最新作を観たあと、1985年に公開された懐かしの第1作を観てみました。そこにも至言が! 主人公ダニエルは不良たちに襲われ、空手の達人ミスター・ミヤギに間一髪のところを救われます。その後、なぜ空手ができることを黙っていたのかと尋ねる場面の字幕がこちらです↓
【英語原文】
Daniel: How come you didn’t tell me?
Mr. Miyagi: Tell you what?
Daniel: That you knew karate.
Mr. Miyagi: You never ask.
【日本語字幕】
ダニエル:なぜ内緒に?
ミスター・ミヤギ:何を
ダニエル:カラテ
ミスター・ミヤギ:聞かなんだ
(『ベスト・キッド』The Moment of Truth / The Karate Kid/1985年/配給:コロムビア映画/菊地浩司氏)
「聞かなんだ」とは!
たった5文字のセリフから寡黙でバンカラな年配男性像が浮かび上がってきます。短いセリフの応酬が続くアクションものでは内容を削らずにテンポよくセリフを入れ込むのが難しいのですが、この場面のように男っぽいセリフをピタッとはめるあたり、さすがレジェンド菊地浩司さんです。
バリエーションの「知らなんだ」と共に、いつか翻訳に使おうと心のメモに書き留めました。
3. 映画『ズートピア』より(字幕)
【英語原文】
Well, hello, step right up! Anything you need… I got it.
【日本語字幕】
いらっしゃい/何でもありやすぜ
(『ズートピア』Zootopia/2016年/配給:ディズニー/石田泰子氏)
最後は、日本語表現の幅が驚くほど広い石田泰子さんの訳です。
動物たちが暮らすズートピアで“海賊版の帝王”ことイタチのデュークが違法DVDを販売する場面。いわゆるヤクザ言葉ですが、「あるぜ」でも「ありますぜ」でもなく「ありやすぜ」。この5文字にチンピラ的ザコ感があふれ出ています。初めて観たときは目がくぎ付けになりました。最近、9年ぶりに続編『ズートピア2』が公開されましたが、どんな表現に出会えるのか楽しみです!
つい見逃しがちな口調の表現ですが、そこにこそ物語を物語たらしめる神髄が宿っているのではないでしょうか。ぜひご注目ください。
映像翻訳者の会Wakka
2023年4月に発足した、映像翻訳者による集まり。フリーランスが多い業界において、映像翻訳者ならではの悩みの相談や、同業者間での情報共有、助け合いができる場づくりを行う。また映像翻訳者の地位向上、映像翻訳者が働きやすい環境作りへの貢献をめざす。
Webサイト:https://wakkaeizouhonyaku.wixsite.com/wakkaweb
*本コラムはWakka会員の翻訳者の方によるリレー連載です*
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字幕翻訳者。ドキュメンタリーシリーズの翻訳・ディレクションや、ミステリー・刑事ドラマの翻訳を手がける。海外ミステリーの大ファン。
