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2025.11.20 UP

第30回 岸田富美さん:タイドラマ『リメンバー・ユー』 ほかの字幕を語る!

第30回 岸田富美さん:タイドラマ『リメンバー・ユー』 ほかの字幕を語る!

映像翻訳者が、海外映画やドラマなどの字幕&吹替翻訳で「すごい!」と感心したフレーズや、印象に残ったフレーズを紹介! 月1回のリレーコラム形式でお届けします。
今回の執筆者は、英日字幕とタイ語→日本語の字幕で活躍されている岸田富美さんです。
協力:映像翻訳者の会Wakka

お気に入りのタイドラマの字幕を紹介!

こんにちは、字幕翻訳者の岸田富美と申します。専門は英日ですが、友人の薦めで見始めたタイドラマにどっぷり“沼落ち”してしまい、数年前からタイ語を学習中です。

そこで、タイ語は修行中の身ながら僭越ではありますが、お気に入りのタイドラマ3作品から印象に残った字幕をご紹介いたします。

1. ドラマ『リメンバー・ユー』(第2話)より(字幕)

【タイ語原文】
แฟ้บ:ผมว่าจะโดนไอ้ด็อกมันปั่นหัวอีกหรือเปล่าก็ไม่รู้สิ
กลัวมันจะหลอกเราไปคนละทาง
อัยญ์:หรือจริงๆแล้วเนี่ย เขาอาจจะกำลังเล่นเกมกับเราอยู่ก็ได้นะคะ

【英語字幕】
Fab:Doc might just be messing with our heads.
        Maybe he wants to throw us off the track.
Aye:Could it be that he’s actually playing games with us?

【日本語字幕】
ファブ:教授が捜査を/混乱させてる可能性は?
アーイ:彼に踊らされてるってこと?

(『リメンバー・ユー』原題:คือเธอ/2021年/Netflix/日本語字幕:今井祥子氏)

1作目は、韓国ドラマ『君を憶えてる』(2015年)のリメイク版。天才的な犯罪学の教授が警察の特別顧問となり、仲間の刑事と共に数々の殺人事件を追う中で、彼自身の暗い過去が次第にひもとかれていく、そんなミステリーサスペンスです。

取り上げたのは、刑事のファブとアーイが、顧問の教授をまだ信用しきれず、彼の助言に対し疑念を抱いているシーン。「เล่นเกมกับ(play games with)」は英語作品でも頻出のフレーズですが、状況によってさまざまな訳し方ができるため、いつも頭を悩ませます。上記の「踊らされている」は日本語らしい自然な表現で、まさにこのシーンにぴったり。訳語のストックに加えておきたい一つです。

ちなみに本作は全16話を8名の翻訳者の方が担当されています。しかも第1話から第8話までは、すべて別の翻訳者さん。表現や表記の統一など、苦心されたのではと想像します。

2. ドラマ『ザ・ビリーバーズ』(第4話)より(字幕)

【タイ語原文】
เป็นอนิจจัง มันไม่เที่ยง
แต่ถ้าเรายึดมั่น คาดหวัง มันก็จะทุกข์
แล้วที่จริง ทุกอย่าง ไม่มีใครเป็นเจ้าของได้
อันนี่คืออนัตตา

【英語字幕】
It’s impermanent. It’s temporary.
But if we hold on too tightly or expect, we will suffer.
The truth is, nothing can truly belong to anyone.
That is non-self.

【日本語字幕】
愛は無常で はかない
執着し期待しすぎると/苦しむことになる
真に何かをーー
所有はできない
無我だ

(『ザ・ビリーバーズ』原題:สาธุ/2024年/Netflix/日本語翻訳:上田香子氏)

こちらは共同事業に失敗した3人の若者が、巨額の借金を返済するため寺院経営に乗り出し、詐欺を企てるという物語です。

そんな彼らの計画に利用されるのが、真面目で純朴な若き僧侶ドル。引用したのは、ドル僧侶が3人のうち紅一点のディアに「愛が苦しみをもたらすのなら、愛すべきではない?」と問われ、答えるセリフです。

タイの僧侶は国民から深く尊敬される特別な存在であり、その言葉を訳すのは容易ではありません。紹介した箇所は、一語一語はシンプルながらも、僧侶らしい深みのある表現に仕上げられています。ドル僧侶の穏やかな語り口とも合っていて、彼が日本語を話したらこんな感じなのではないかと思うほど。ドラマの後半では、ドル僧侶が自身の心の中に芽生えた、ディアに対する感情に戸惑う姿も描かれ、その切なさが胸にしみます。

なお『リメンバー・ユー』で犯罪学の教授を演じていた方が、重要なカギを握る別の僧侶役で出演されています。両者のギャップを見るのも面白いかも。

また本作は、当初2025年にシーズン2の配信が予定されていましたが延期となり、現時点で公開日は未定。とはいえ中止ではないようなので、続報を心待ちにしているところです。

3. ドラマ『To Sir, With Love』(第11話)より(字幕)

【タイ語原文】
อย่ามั่นใจอะไรให้มันมากนัก
ขนาดพี่น้องคลานตามกันมา ยังฆ่ากันได้เลย”
ต่อให้รักกันขนาดไหน แต่ถ้ามีเรื่องผลประโยชน์เข้ามาเกี่ยวข้อง
ก็พร้อมที่จะเกลียดชังแล้วก็แตกหักได้เสมอ

【英訳】
Don’t be too sure of anything.
Even siblings who crawled together can kill each other.
No matter how much you love each other, if there is a matter of personal benefits involved,
you are always ready to hate and break up.

【日本語字幕】
血のつながった兄弟でも/殺し合うことはある
利益を巡る争いが生まれ/絆が断たれることもあるわ

(『To Sir, With Love』原題:คุณชาย/2022年/配給:コンテンツセブン、WebTVAsia/字幕翻訳:不明)
※原文は音声から聴き取ったもので、誤りが含まれる可能性があります。また英訳はタイ語原文から機械翻訳したものです。ご了承ください。

最後は本国タイで数々の賞に輝いた大ヒット作から。舞台は1930年代のサイアム(タイの旧国名)。中華系の名家に生まれた長男ティアンは同性愛者で、そのことを知るのは母親とその侍女のみ。しかしある日、彼を慕う異母弟ヤンにその秘密を知られてしまいます。

取り上げたのは、「ヤンは僕を傷つけたりしないよ」と断言するティアンに対し、母親が放つセリフ。一般的にタイ語話者も英語話者と同様(時にはそれ以上に)話すスピードが速く、字幕ですべてを訳出するのは困難です。特にこのシーンでは、母親が興奮気味にまくしたてるので、情報がてんこ盛り!
そんな翻訳者泣かせのセリフですが、ポイントを的確に押さえ、原音のニュアンスも維持しながら見事にまとめられていて、思わず感嘆の息がもれました。

本作では他にも「เกลียด(hate)」「虫唾(むしず)が走る」「ห้าม(forbid)」「ご法度」「เผา(ศพ)(cremate)」「荼毘(だび)に付す」と訳すなど、語彙選びのセンスが随所に光ります。全27話(本国版全17話を編集)を通して、視聴者として存分に楽しめたのはもちろん、翻訳者としても学ぶことが多く、愛してやまない特別な作品の一つです。

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岸田富美
岸田富美Fumi Kishida

英日字幕翻訳者。主な翻訳作品に米映画『ナイツ&ウィークエンズ』、短編『NIMIC/ニミック』、タイ映画『フォービア』シリーズ、『ボディ/白昼の悪夢』など。その他、英国ドラマ、タイドラマ多数(タイ語作品は英訳台本併用)。