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映像翻訳者が、海外映画やドラマなどの字幕&吹替翻訳で「すごい!」と感心したフレーズや、印象に残ったフレーズを紹介! 月1回のリレーコラム形式でお届けします。
今回の執筆者は、映像翻訳と特許翻訳で活躍する田島史美子さんです。
協力:映像翻訳者の会Wakka
K-POPファンがしっくりくる字幕とは?
こんにちは、映像翻訳者の田島史美子です。もともと音楽が好きでしたが、数年前からK-POPに夢中になりました。
今回は、K-POPをはじめとする音楽関連作品の中から、印象的な字幕をご紹介します。
1. 映画『BREAK THE SILENCE: THE MOVIE』、『RM: Right People, Wrong Place』より(字幕)
【英語原文】
SPECIAL THANKS TO OUR BIGGEST VOICE, ARMY
【日本語字幕1】
僕たちの最大の味方ARMYへ心からの感謝を
【日本語字幕2】
僕たちの一番強い援軍ARMYに特別な感謝を込めて
【字幕1】(『BREAK THE SILENCE: THE MOVIE』/2020年/配給:エイベックス・ピクチャーズ/日本語字幕:根本理恵氏)※現在は劇場公開版の配信がないため、字幕を確認できません。実際の字幕と異なる場合があることをご了承ください。
【字幕2】(『RM: Right People, Wrong Place』/2025年/配給:エイベックス・フィルムレーベルズ/日本語字幕:根本理恵氏)
これはK-POPグループ、BTSの映画のエンドロールの最後に出てくる定番のテロップです。
ARMYはBTSのファンの呼称です。BTSとARMYは、互いに支え合う双方向の関係が特徴で、ARMYによる自発的な応援がBTSを世界的なスターへと押し上げた経緯があります。
2020年公開のBTS初のワールドスタジアムツアーを追ったドキュメンタリー『BREAK THE SILENCE: THE MOVIE』(日本語字幕1)では、このフレーズが「僕たちの最大の味方ARMYへ心からの感謝を」と訳されていました。ここではVOICEが「味方」となっています。BTSとARMYの距離感を的確に表現しており、ARMYの気持ちに寄り添った翻訳として強く印象に残りました。
そして、2025年公開の『RM: Right People, Wrong Place』(日本語字幕2)は、BTSのリーダーのRMが兵役前にソロアルバムを作る過程を記録した映画です。本作では、このフレーズが「僕たちの一番強い援軍ARMYに特別な感謝を込めて」と訳されていました。ここではVOICEが「援軍」となっています。この表現がarmyという単語の意味とリンクしていることと、定番のフレーズがブラッシュアップされていることに感銘を受けました。
2. 映画『BTS ARMY:FOREVER WE ARE YOUNG』より(字幕)
【英語原文】
I’ve just dived in and never looked back.
【日本語字幕】
そして沼落ちした
(『BTS ARMY:FOREVER WE ARE YOUNG』/2025年/配給:東宝東和/日本語字幕:小森亜貴子氏)
2作目もBTS関連です。本作はBTSのファンであるARMYを追ったドキュメンタリーです。世界中のARMYたちが「援軍」として彼らを世界的な成功へと導く一方で、BTSを好きになったことをきっかけに、自分自身を表現していく様子も描かれています。
作品の中で、ある人物がARMYになった経緯を語る場面で言うのが、この「そして沼落ちした」というセリフです。
「沼落ち」という言葉に、映画を見ているARMYたちは、自分がファンになった経験と重ね合わせて深く共感したことでしょう。少し前であれば「ハマる」と訳されていたかもしれませんが、今ではどこか物足りなさを感じます。「沼落ち」という言葉が今後も使われ続けるかは分かりませんが、ファンがアーティストに夢中になる瞬間を的確に捉えた表現として、現時点ではこれ以上しっくりくる言葉はないように思います。5年後、10年後には、どのような言葉が出てくるのか興味があります。
他にも印象的な訳が数多くありました。特に好きなのは、メンバーのVについての「彼は天然だね」(原文:He is a goofy guy)という字幕です。彼のキャラクターにぴったりで、思わずクスッと笑ってしまいました。
3. 映画『アメリカン・ユートピア』より(字幕)
【英語原文】
I complete my tasks, one by one
I remove my masks, when I am done
Then a peace of mind, fell over me
【日本語字幕】
僕は自分の使命を1つ1つ果たし
終わった時 数々の仮面を脱ぎ捨てる
そして僕は安堵感に包まれる
(『アメリカン・ユートピア』David Byrne’s American Utopia/2020年/配給:パルコ/日本語字幕:川田菜保子氏)
最後の作品は、トーキングヘッズのフロントマン、デビッド・バーンのブロードウェイのショーを映画化した『アメリカン・ユートピア』です。スーツに裸足のデビッド・バーンが、国際色豊かなバンドメンバーと共に自由に歌い踊ります。
本作の歌詞字幕も素晴らしく、デビッド・バーンの少し難解でありながらユーモアのある歌詞を、ユニークなダンスと共に堪能できます。
本作はコロナ禍に上映されました。仕事や生活の形が急激に変化して、それに対応するのが精一杯だった時期、この映画を見に行くことが私の息抜きでした。
今回取り上げる字幕は、映画の終盤で演奏される「One Fine Day」という曲の歌詞の一節です。 「僕は自分の使命を1つ1つ果たし」「終わった時 数々の仮面を脱ぎ捨てる」という字幕のリズムが「I complete my tasks, one by one」「I remove my masks, when I am done」と朗々と歌うデビッド・バーンの歌声と呼応し、当時の少し疲れた心に歌が染み渡りました。そして、次に続く歌詞のように、私も「安堵感に包まれた」ものです。
映像翻訳者の会Wakka
2023年4月に発足した、映像翻訳者による集まり。フリーランスが多い業界において、映像翻訳者ならではの悩みの相談や、同業者間での情報共有、助け合いができる場づくりを行う。また映像翻訳者の地位向上、映像翻訳者が働きやすい環境作りへの貢献をめざす。
Webサイト:https://wakkaeizouhonyaku.wixsite.com/wakkaweb
*本コラムはWakka会員の翻訳者の方によるリレー連載です*
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特許翻訳をしながら、映像翻訳を学び、ドラマ、映画、ドキュメンタリー、ニュースの字幕を手がける。K-POPが好きになってからは韓国語コンテンツの翻訳に携わることも多くなった。