
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映像翻訳者が、海外映画やドラマなどの字幕&吹替翻訳で「すごい!」と感心したフレーズや、印象に残ったフレーズを紹介! 月1回のリレーコラム形式でお届けします。
今回の執筆者は、英日・伊日の字幕翻訳者として活躍されているネルソン聡子さんです。
協力:映像翻訳者の会Wakka
英国の人気刑事ドラマ&アクション映画の字幕を紹介!
こんにちは、普段は配信やドラマの英日・伊日字幕を中心に仕事をしているネルソン聡子です。ドキュメンタリー作品、イタリア作品を訳すのが大好きです!
最近は刑事ものやイギリス作品を訳すことが多いので、その中から印象深い字幕をご紹介します。
1~3. ドラマ『新米刑事モース〜オックスフォード事件簿~』(シーズン3、4)より(字幕)
【英語原文】
Clifford:Richard should’ve been here. For the final preparations.
Bernard:I know. We all miss him.
Clifford:Do you?
【日本語字幕】
クリフォード:リチャードがいれば/もっと捗ってる
バーナード :そうだな 残念だよ
クリフォード:それは本心?
(『新米刑事モース〜オックスフォード事件簿~』(シーズン4)Endeavour/2017年/制作:ITV/字幕翻訳:不明 ※日本ではWOWWOWなどで放送)
刑事ものや推理もの、イギリス作品が好きな人はご存知のドラマかもしれません。私は主役のショーン・エヴァンスが好きなので、テレビで放映しているとつい見てしまいます。このドラマシリーズから、3つのやり取りを紹介したいと思います。
さて、刑事ものなどを訳している際に案外悩んでしまうのが、上記の“Do you?”というようなごくごく普通の言葉です。もちろんドラマやアクションなどでもこのような言葉には悩みますが、刑事ものや推理ものでは、こういう短い発言や返答が物語の伏線をつないでいくので、さらに悩んでしまいます……。
ここは、仕事仲間のリチャードが殺されたことを知った後に、同僚たちが仕事を再開しているシーンです。クリフォードはバーナードのことを少し疑っている様子。普通に訳せば、おそらく「本当か?」などでしょうか。ですが不思議なことに、それだと「お前、怪しいぞ」という感じが少し薄くなるんですよね。
この「それは本心?」は、「本当かよ」という微妙なニュアンスがきちんと出てて、なるほどなぁと思った一言でした。
【英語原文】
Adelaide:I just can’t understand what he was doing there.
Morse:Why?
Adelaide:Edison couldn’t swim!
【日本語字幕】
アデレード:でも なぜプールなんかに
モース :と言うと?
アデレード:泳げないんです
(『新米刑事モース〜オックスフォード事件簿~』(シーズン4)Endeavour/2017年/制作:ITV/字幕翻訳:不明)
こちらは、全体の字幕の流れがきれいだなと思った箇所。字幕は物語の邪魔をしてはいけないので、スラスラと読めるのがいいですよね。
ある程度経験のある翻訳者であれば、もしかしたら普通に悩まず訳される部分かもしれませんが、「でも なぜプールなんかに(I just can’t understand what he was doing there.)」の「なんか」という言葉がサラッと出てきたりすると、“just”のニュアンスがちゃんと出ているなぁと感心してしまいます。
「でも なぜ息子はプールに」
「と言うと?」
ですと、やはり“just”のニュアンスが抜けてしまうんですよね。
こういう、ちょっとしたニュアンスが出せてるか出せていないかで、刑事ものなどは特に作品の質が左右されると思います。私も気をつけなければ…です。
【英語原文】
Thursday:Right.
On you get.
Sam!
Don’t volunteer for anything.
【日本語字幕】
サーズデイ:よし
行ってこい
サム!
命は大事にしろ
(『新米刑事モース〜オックスフォード事件簿~』(シーズン3)Endeavour/2016年/制作:ITV/字幕翻訳:不明)
同じTVドラマから3つ目!
モースの上司であるサーズデイ警部補が、軍隊に入隊する息子のサムを見送る際に声をかける場面です。こういう人間ドラマの要素もあると物語に深みが出るので、そういった意味でも刑事ものはおもしろいですね。
最後の“Don’t volunteer for anything.”は、尺が2秒弱なので字幕に使える文字数は6~7文字ほど。これもまた悩みます。原文どおりに訳すと「何にも志願するな」ですが、これだとやはり字幕としては成り立ちませんし、父親が息子にかける最後の言葉としては、なんとなく締まらない感じが……。
字幕翻訳では時々使うスキルの1つだと思いますが、ここも「志願するな」ではなく「命を大事にしろ」と、サーズデイが息子に伝えたいことを前面に出した訳になっています。こういうちょっとした工夫を見る度に、心の中で「おお〜」「なるほど〜」と感動しております。
4. 映画『ポライト・ソサエティ』より(字幕)
【英語原文】
Ria:FYI, there is a guard outside of Rina’s room packing heat.
Alba:Packing heat?
Clara:It means he has a fire arm, dickhead.
Alba:I know what you mean dingdong.
【日本語字幕】
リア:ちなみに部屋の外の警備員が/チャカを所持
アルバ:チャカ?
クララ:銃のことだ アンポンタン
アルバ:知ってるよ アホタレ
(『ポライト・ソサエティ』Polite Society/2023年/配給:トランスフォーマー/字幕翻訳:田渕貴美子氏)
最後はガラッと変わり、イギリスのコメディ作品をご紹介。
パキスタン系イギリス人の女性監督による、姉妹愛をテーマにしたアクション・コメディ作品から。主人公のリアが、友達と一緒に姉の結婚式を阻止しようとする場面での会話です。
“heat”=「チャカ」という言葉使いにも「なるほど〜」と相槌をうってしまいますが、“dickhead”の「アンポンタン」、“dingdong”の「アホタレ」はピッタリ(笑)。
日常的にあまり使わないかもしれませんが、「ロンドン+コメディ+10代の女子高生たち」という要素がかけ合わさったところでの「アンポンタン」と「アホタレ」。これがまた、それぞれのキャラクターにハマってるんです。
罵倒語は、翻訳者であれば誰もが訳し方に悩む言葉ですし、コメディの作品ともなると、さらに難易度は増すと思います。そこを、サラッと軽快に訳されているのがすごい!
コメディが苦手な私からは到底出てこない字幕なので、こういう台詞をおもしろく訳していらっしゃる翻訳者の方、本当に尊敬いたします。
映像翻訳者の会Wakka
2023年4月に発足した、映像翻訳者による集まり。フリーランスが多い業界において、映像翻訳者ならではの悩みの相談や、同業者間での情報共有、助け合いができる場づくりを行う。また映像翻訳者の地位向上、映像翻訳者が働きやすい環境作りへの貢献をめざす。
Webサイト:https://wakkaeizouhonyaku.wixsite.com/wakkaweb
*本コラムはWakka会員の翻訳者の方によるリレー連載です*
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英日・伊日字幕翻訳者。主な字幕翻訳作品に、ドキュメンタリー映画『ジェネシス2.0 よみがるマンモス』『イラクの未来』、TVドラマ『郵便探偵ロストレターズ・ミステリー』『マルコ&レックス〜ローマ警察シェパード犬刑事』などがある。翻訳者としての一歩を踏み出すまでサポートする翻訳学校「RAY translation Academy & Community」(https://www.raytranslation.jp/)を運営。