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2025.01.20 UP

第20回 小畑愛沙子さん:映画『インサイド・ヘッド2』ほか の字幕&吹替を語る!

第20回 小畑愛沙子さん:映画『インサイド・ヘッド2』ほか の字幕&吹替を語る!

映像翻訳者が、海外映画やドラマなどの字幕&吹替翻訳で「すごい!」と感心したフレーズや、印象に残ったフレーズを紹介! 月1回のリレーコラム形式でお届けします。
今回の執筆者は、英日の字幕・吹替翻訳で活躍されている小畑愛沙子さんです。
協力:映像翻訳者の会Wakka

映画・ドラマ作品の字幕&吹替を紹介!

こんにちは、英日映像翻訳者の小畑愛沙子です。大阪在住で、字幕・吹替の翻訳、チェック、プロジェクトマネジャー業務などをしています。
学生時代にたくさんの海外ドラマや映画を観て感動し、子供を持ったことをきっかけに、この世界に飛び込みました! 毎日楽しみ&苦しみながら、映像翻訳の奥深さを感じる日々です。

それでは最近観た映画やドラマの中から、印象に残った字幕や吹替を紹介します。

1.映画『インサイド・ヘッド2』より(字幕・吹替)

【英語原文】
We keep the best and toss the rest.

【日本語字幕】
最高の思い出以外は
飛んでけ

【日本語吹替】
最高の思い出以外は全部飛んでけ

(『インサイド・ヘッド2』Inside Out 2/2024年/ディズニー/字幕翻訳:石田泰子氏 吹替翻訳:井元ちあき氏)

主人公の頭の中の感情「ヨロコビ」が、嫌な思い出を記憶の外れに飛ばすシーンです。そのまま訳すと「最高のものだけを残し、あとは投げる」ですが、「もの」とせず具体的に「思い出」と出しているのが分かりやすいですよね。また、「飛んでけ」というのが、ヨロコビのポジティブキャラを表しているなと感じました。後半、思い出の玉を投げる動きとも合っています。

この作品は、こうしたキャラにハマるセリフに満ちています。頭の中にある様々な感情が、それぞれ擬人化されて出てくるのですが、ヨロコビは明るく前向きに、ビビリは真面目に、イカリは荒っぽくなど、彩り豊かに訳し分けられています。秘密の保管庫にいる、抑圧された記憶たちのセリフも唸らされるほど(特にランス!)。

映像翻訳のお仕事をしてみて思うのは、自分自身に近い、あるいは身近にいるキャラのセリフは自然と出てくるのですが、自分とは離れた年代や、なじみの薄い職業などの場合は非常に難しいということです(異性なら尚更)。そういうキャラのセリフは平板になりがちです。その中で、この作品は全方位的に生き生きとしているんです。すごい…いやひれ伏したいほどに翻訳の腕や深みを感じさせられました。

2. ドラマ『ヤング・シェルドン』より(字幕)

【英語原文】
father of Sheldon: Not possible. Now, listen…
Sheldon: My trouble?

【日本語字幕】
シェルドンの父:話があるんだ
シェルドン:お説教?

(『ヤング・シェルドン』Young Sheldon/2017年/配給:ワーナー・ブラザース・テレビジョン・ディストリビューション/字幕翻訳:不明)

こちらは少し前のコメディドラマです。
シーズン1 第1話より。テレビの科学番組を観ていた天才少年シェルドン。さあこれから実験が始まるぞ、というところで、父親に、話があるからと中断されます。

シェルドンのセリフをそのまま訳すと、「僕の問題?」ですが、これでは、イマイチぼんやりした字幕になってしまうでしょう。そこで翻訳的な思考を働かせると、「僕の問題?」→「僕側の問題?」→「僕何か悪いことをした?」とかみ砕いていくと思います。ただ、1秒4文字というルールでは読み切れません。さてどうしたものか…と頭を悩ませるところですが、見事に「お説教?」という3文字に凝縮されているではありませんか! なにより、子供らしくて可愛い。科学番組を観るような大人びたシェルドンですが、父親にテレビを切られると、ふっとあどけないセリフを言う、大人と子供を行き来する彼のキャラにピッタリはまっていると思いました。

コメディは軽快なやりとりが多く、概して尺が厳しいため、端的な言葉を選ばなければなりません。また流れを途切れさせることなく、キャラ立ちしたセリフにする必要があります。そのような中で、このシーンにはまさにキラリと光る職人技を感じました。私はNetflixで視聴しましたが、翻訳者クレジット、ぜひ入っていてほしかったです! ちなみに、このご長寿ドラマは、2024年に最終シーズンが放送され完結しました。

3. 映画『猿の惑星/キングダム』より(字幕・吹替)

【英語原文】
You come to judge me?
I judge myself.

【日本語字幕】
僕を裁きに来たのか?
僕も自分が情けないよ

【日本語吹替】
僕のこと 裁きに来たのか?
自分が情けない

(『猿の惑星/キングダム』Kingdom of the Planet of the Apes/2024年/配給:ディズニー/字幕翻訳:牧野琴子氏 吹替翻訳:前田美由紀氏)

最後は、昨年公開された、「猿の惑星」シリーズの最新作からご紹介します。

独裁者に村と家族を奪われた若い猿のノアが、連行された独裁者の王国で自身の不甲斐なさを吐露するシーンです。
2文目をそのまま訳すと「僕は自分自身を裁く」ですが、これでは「何のこと?」と思ってしまいますよね。このあと彼は「父親に皆を連れ戻すと誓ったのにできなかった」という後悔を口にします。“judge”=「物事を評価し、考えること」ですが、自分自身をどう評価しているのか? といえば、低く評価しているのは明らかです。そこで、「自分が情けない」と話者の気持ちを明確に出し、話をスムーズに展開させています。
こうした訳出は映画への深い理解があって初めてできるものだと思いますし、機械翻訳にはできない、心のある翻訳だと感じました。

本作は、中世の雰囲気漂う、猿の王国にマッチした素晴らしい訳文に満ちているので、まだの方はぜひご覧ください。

映像翻訳者の会Wakka
2023年4月に発足した、映像翻訳者による集まり。フリーランスが多い業界において、映像翻訳者ならではの悩みの相談や、同業者間での情報共有、助け合いができる場づくりを行う。また映像翻訳者の地位向上、映像翻訳者が働きやすい環境作りへの貢献をめざす。
Webサイト:https://wakkaeizouhonyaku.wixsite.com/wakkaweb
*本コラムはWakka会員の翻訳者の方によるリレー連載です*

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小畑愛沙子
小畑愛沙子Asako Kohata

英日映像翻訳者(字幕・吹替)。2019年から映像翻訳の仕事を開始。主な字幕翻訳作品は映画『ポップスが最高に輝いた夜』、『心の声を見つけて:マケイラからの手紙』、『モンキー・キング』、『プレイヤーズ:本気の恋、始めます!』、ドラマ『After Life/アフター・ライフ シーズン3』『アウターバンクス シーズン2』など。ナショナルジオグラフィックやディスカバリーチャンネルのボイスオーバー作品も手がける。