映像翻訳者が、海外映画やドラマなどの字幕&吹替翻訳で「すごい!」と感心したフレーズや、印象に残ったフレーズを紹介! 月1回のリレーコラム形式でお届けします。
今回の執筆者は、ドイツ語、英語、デンマーク語映画の字幕翻訳で活躍されている吉川美奈子さんです。
協力:映像翻訳者の会Wakka
ドイツ語作品の見事な字幕を紹介!
皆様こんにちは。ドイツ語・英語・デンマーク語の字幕翻訳に従事している吉川美奈子と申します。
劇場で見て感激し、今も忘れられない台詞があります。こんな字幕を書けたらいいのになぁ……と。そんなすばらしい字幕をご紹介いたします。
1.映画『グッバイ、レーニン!』より(字幕)
【ドイツ語原文】
Das Land, das meine Mutter verließ, war ein Land, an das sie geglaubt hatte.
Und das wir bis zu ihrer letzten Sekunde überleben ließen.
Ein Land, das es in Wirklichkeit nie so gegeben hat.
Ein Land, das in meiner Erinnerung immer mit meiner Mutter verbunden sein wird.
(英訳)
The country my mother left behind was a country she believed in.
A country we kept alive till her last breath.
A country that never existed in that form.
A country that, in my memory, I will always associate with my mother.
【日本語字幕】
母が去った国は
母が信じたままの国だ
最期の時まで
僕らが生かした国
現実には
存在し得なかった国
その国で―
僕は いつでも
母の思い出に出会える
(『グッバイ、レーニン!』Good Bye, Lenin!/2003年ドイツ/配給:ギャガ/字幕翻訳:石田泰子氏)
ああ、この字幕を見ただけでまた涙が……。
本作は東西ドイツ再統一に伴う混乱をユーモアと愛情たっぷりに描いた作品です。ドイツ本国では東西どちらの出身者からも支持を得る作品となりました。
ご紹介したのは孝行息子による最後のナレーション。東ドイツを心から愛した亡き母への思いが込められています。
原文も英訳も「~の国」というスタイルで4行から成っており、私だったら安直に4行目も「いつでも母を思い出せる国」などと体言止めでそろえてしまいそうです。
ところがこの字幕では、「その国で―」といったん区切り、「僕は いつでも母の思い出に出会える」となっています。これで余韻が残り、見事な締めになっています。しかも「母の思い出に“出会える”」ですよ、皆様。もう唸るしかない! どうしたらこんなステキな表現が頭に浮かぶのでしょう。
2. 映画『ヒトラー ~最期の12日間~』より(字幕)
【ドイツ語原文】
Wer sind Sie, dass Sie es wagen, sich meinen Befehlen zu wiedersetzen?
So weit ist es also gekommen.(中略)
Die nennen sich Generale, weil sie Jahre auf Militärakademien zugebracht haben, nur um zu lernen, wie man Messer und Gabel hält.
(英訳)
Who do you think you are to dare disobey an order that I give?
So this is what it has come to.(中略)
They call themselves generals! Years at a military academy,
just to learn how to hold a knife and fork!
【日本語字幕】
命令に背くとは けしからん
その結果がこれだ
(中略)
将軍とは名ばかり
士官学校で学んだのは―
ナイフとフォークの
使い方だけ
(『ヒトラー ~最期の12日間~』Der Untergang/2004年ドイツ/配給:ギャガ/字幕翻訳:太田直子氏)
次にご紹介するのは『ヒトラー ~最期の12日間~』。かつてインターネットに出回った「うそ字幕」で有名になったシーンをご紹介します。そう、総統閣下のお怒りシーンです。
Die nennen sich Generale を「将軍とは名ばかり」とされたところが絶妙。「名ばかり」は簡単な単語ですが、限られた日数で千数百枚の字幕を作らなくてはならないとき(しかも難しい軍事用語や裏取りが必要な歴史用語がてんこもり)、私に思いつくかどうか、自信がありません。
また、So weit ist es also gekommen. も「こんな惨状になった」などとしてしまいそうです。これは英訳を担当された方もすばらしいし、「その結果がこれだ」と短くビシッと決めた太田さんの技も光ります。もう、唸るしかない!
今回、改めて太田さんの字幕を最初から最後まで拝見したのですが、きちんと字数を守っておられるのはさすが。そしてご本人がかつて雑誌の字幕講座で書いておられた言葉を思い出しました。「100に1つの名訳より全体の完成度」。誠実な翻訳、コンパクトな字幕。原音ときれいにシンクロしていて視聴者もすっと作品に入り込めます。「完成度の高い端正な字幕」を見た気がしました。
3. 映画『関心領域』より(字幕)
【ドイツ語原文】
Wir leben jetzt so wie wir uns das immer erträumt haben.(中略)
Endlich raus aus der Stadt. Wir haben alles was wir wollen direkt vor unserer Haustür.
Unsere Kinder, die sind gesund und kräftig und glücklich.
Das ist so wie der Führer gesagt hat, dass wir leben sollen.(中略)
Das ist unser Lebensraum.
(英訳)
We’re living how we dreamed we would. (中略)
Out of the city finally.
Everything we want. On our doorstep.
And our children strong and healthy and happy.
Everything the Führer said about what we should live is exactly how we do. (中略)
Lebensraum. Here it is.
【日本語字幕】
夢に見た暮らしだわ
(中略)
やっと都会を離れ
望む物は すべて目の前に
子供たちは強く
健康で 幸せよ
総統が言うとおりの生き方
(中略)
私たちの生存圏
(『関心領域』The Zone of Interest/2023年アメリカ、イギリス、ポーランド/配給:ハピネットファントム・スタジオ/字幕翻訳:松浦美奈氏)
最後にご紹介するのは、2024年5月に日本で公開された話題作。残酷なシーンは1つもないのに、隣接する強制収容所から聞こえてくる音と、登場人物が交わす言葉から人間の残忍さが伝わってくるという稀有な作品です。
アウシュヴィッツ強制収容所の所長ルドルフ・ヘスが、別の収容所への転属が決まったことを伝えると、妻のヘートヴィヒは猛反発します。都会の喧噪から離れ、豊かな自然に囲まれたこのアウシュヴィッツの地こそ、自分が昔から夢みていた“東方生存圏”なのだと。
しかし塀のすぐ外では連日のように人々がガス室で殺害されている。都会の喧噪の代わりに怒鳴り声や断末魔の叫びが四六時中こだまする。いかに人間の関心領域が狭いか、この短い会話の中に凝縮されています。
話者はかなりの早口でまくしたてており、翻訳者泣かせ。しかしすっきりとそぎ落とした字幕で、重要なポイントは完璧に伝えています。もう、唸るしかない!
今回、本作を劇場で3回鑑賞いたしましたが、全体にわたって全くムダのない端正な字幕を拝見し、「字幕とはこうあるべきだ」と再認識したのでした。
映像翻訳者の会Wakka
2023年4月に発足した、映像翻訳者による集まり。フリーランスが多い業界において、映像翻訳者ならではの悩みの相談や、同業者間での情報共有、助け合いができる場づくりを行う。また映像翻訳者の地位向上、映像翻訳者が働きやすい環境作りへの貢献をめざす。
Webサイト:https://wakkaeizouhonyaku.wixsite.com/wakkaweb
*本コラムはWakka会員の翻訳者の方によるリレー連載です*
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ドイツ語・英語・デンマーク語字幕翻訳者。主な字幕翻訳作品に『帰ってきたヒトラー』、『ヒトラーのための虐殺会議』、『ぼくの家族と祖国の戦争』、『ぼくとパパ、約束の週末』、『愛を耕すひと』(2025年2月公開)、『ステラ ヒトラーにユダヤ人同胞を売った女』(2025年2月公開)などがある。