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2024.09.27 UP

第16回 伊藤史織さん:映画『ゾンビランド』ほか の字幕を語る!

第16回 伊藤史織さん:映画『ゾンビランド』ほか の字幕を語る!

映像翻訳者が、海外映画やドラマなどの字幕&吹替翻訳で「すごい!」と感心したフレーズや、印象に残ったフレーズを紹介! 月1回のリレーコラム形式でお届けします。
今回の執筆者は、英日字幕翻訳と出版翻訳で活躍されている伊藤史織さんです。
協力:映像翻訳者の会Wakka

ゾンビ映画をはじめ、おすすめ作品の字幕を紹介!

こんにちは、字幕・出版翻訳者を名乗りながらも、最近はもっぱら字幕翻訳に打ち込む伊藤史織です。
やはりドラマ・映画好きで、ゴースト系のホラー以外は何でも観ます。気づくとゾンビ作品ばかり観ているので、「ゾンビ道を極めよう!」とゾンビ好きを公言するようになりました。
今回は、そんな私が「すごい!」と思った字幕翻訳をご紹介したいと思います。

1. 映画『ゾンビランド』より(字幕)

【英語原文】
Don’t let them catch you pants down.
Rule number 3: Beware of bathrooms.

【日本語字幕】
丸出し注意
ルール3 トイレに用心

(『ゾンビランド』Zombieland/2009年/配給:日活/字幕翻訳:風間綾平氏)

ゾンビ道を極めようと心に決めたからには、ゾンビ作品をピックアップしなければなりません。悩みに悩んで選んだのが、10年以上前の作品ですが『ゾンビランド』。少しひねくれた青春時代に、映像の斬新さにのめり込んだ『ナチュラル・ボーン・キラーズ』のウディ・ハレルソン出演のゾンビ・コメディーということで、私にとっては何重にも心躍る作品です。

コメディーなので、字幕でもおもしろさが求められます。元の英語セリフもユーモアたっぷり。同作の字幕の不思議かつ見事なのが、かなりの情報量ながら比較的きれいに英語セリフを訳されていて、そのうえ軽快なところです。観る者の心をくすぐる字幕がちりばめられています。

舞台となるのは、ゾンビであふれかえる米国。主人公の青年コロンバスは、ゾンビランドを生き抜くため、独自のルールを決めて暮らしています。上記字幕はそのルールの1つとして紹介されます。

「トイレなどで安心している時こそ要注意!」という場面で、“Don’t let them catch you pants down(パンツを下ろしているところをゾンビに見つからないように)”「丸出し注意」の一言。丸出しでは逃げるにも逃げられない様子が瞬時に伝わります。さらには「フフ」と笑える、すばらしい字幕です(「注意」と「用心」の細かな使い分けも)。

ついでながら、ゾンビだらけの世界についての “total shit storm” 「ドツボの底」と訳した字幕もお気に入りです。まっさかさまにゾンビランドの「大混乱」のどん底に落ちていく様子が伝わってきます。

同作には、同じく風間綾平さんが字幕を担当された続編『ゾンビランド:ダブルタップ』もあり、こちらも軽快な字幕のオンパレードです(ギャル字幕が最高です)!

2. 映画『哀れなるものたち』より(字幕)

【英語原文】
They push the boundaries of what was known,
and they paid the price.

【日本語字幕】
知の地平を
押し広げるべく行動し
その代償を払った

(『哀れなるものたち』Poor Things/2023年/配給:ディズニー/字幕翻訳:松浦美奈氏)

次は、最近の作品をご紹介したいと思います。エマ・ストーンの新境地との評判を聞いて、ぜひ観たいと思っていた『哀れなるものたち』です。

ウェブサイトによってはコメディーにも分類されるのがうなずける、知的な微笑を誘う不思議な世界観ですが、とにかく映像がアーティスティックで美しい作品です。哲学を批判するセリフが組み込まれていながら、視聴者の内側に哲学的な変化をじわじわと与えるような内容になっています。

主人公は、胎児の脳を移植されたベラ。最初は言葉も動きもたどたどしい様子ですが、ストーリーが進むにつれて、みるみる知的に成長していきます。その変化を字幕でも表すのは難しい作業だったのではないかと思います。天才外科医ゴッドのセリフとのバランスや対比が絶妙で、アーティスティックで見事な字幕でした。

上記字幕は、「ベラの両親は冒険家だったが死んだ」とゴッドがベラに説明するシーンです。「知の地平を/押し広げるべく行動し」、なんて詩的で美しい字幕でしょう。“what was known”「知」と訳すことは思いついても、“boundaries” は「境界」と訳しそうなところを「地平」とされています。

「知の地平」という言葉自体は、近年、日本の哲学や現代思想などの分野でよく見られるようになった表現のようです。ゴッドの知的な言動、「両親は冒険家」だと説明している設定、どちらも考慮しての「地平」だったのでしょうか。この字幕を目にした瞬間、「ステキ……」とウットリしました。

3. 映画『ブレッドウィナー』より(字幕)

■1回目
【英語原文】
One day I found a toy on the street. I picked it up.
It exploded.
I don’t remember what happened after that. Because it was the end.

【日本語字幕】
ある日 道で
オモチャを拾った
爆発した
そのあとの事は分からない

■2回目
【英語原文】
One day I found a toy on the street. I picked it up. It exploded.
It was the end.

【日本語字幕】
道で拾ったオモチャが
爆発した
僕は死んだ

(『ブレッドウィナー』The Breadwinner/2017年/配給:チャイルド・フィルム、ミラクルヴォイス/字幕翻訳:天野優未氏)

最後は、やや以前のものになりますが、今年も特別上映会や劇場公開が行われている注目のアニメ作品です。2001年の米国同時多発テロ事件後のアフガニスタンを舞台にしたもので、同国の少女たちの学校教育を支援するアンジェリーナ・ジョリーが製作総指揮を務めています。

子供向けの作品ということもあり、字幕も英語セリフに合わせて分かりやすい表現に徹しておられます。狙いすぎない、スッと心になじむような自然な訳が印象的です。

ストーリーは、主人公パヴァーナの空想の物語と交錯します。パヴァーナの兄スリマンが死んだことは早い段階で明らかになりますが、死亡理由は不明なままストーリーが進みます。パヴァーナが語る空想の物語の中で、スリマンはゾウと戦います。そのゾウをなだめるため、スリマンは自分の運命をゾウに伝えます。それが上記字幕のシーンです。1回ではゾウをなだめられなかったため、再び同じことを伝えます。

字幕では、1回目では訳出しなかった “it was the end” を、2回目の印象深いタイミングで「僕は死んだ」とストレートに訳出されています。1回目の字幕は文字数に余裕がありそうです。 “it was the end” のニュアンスを含めることは可能だったかもしれません。それを2回目の、映像の「ここぞ!」というダイナミクスにピントを合わせた訳になっています。

英語セリフも聞きながら観ていた私は、ズドーンと胸を撃ち抜かれた気持ちがしました。しかも、それまでの「狙いすぎない」訳から一歩踏み出しています。同作の物語と映像を深く理解したからこその字幕だと思います。字幕も作品そのものも、ぜひご覧いただきたい映画です!

映像翻訳者の会Wakka
2023年4月に発足した、映像翻訳者による集まり。フリーランスが多い業界において、映像翻訳者ならではの悩みの相談や、同業者間での情報共有、助け合いができる場づくりを行う。また映像翻訳者の地位向上、映像翻訳者が働きやすい環境作りへの貢献をめざす。
Webサイト:https://wakkaeizouhonyaku.wixsite.com/wakkaweb
*本コラムはWakka会員の翻訳者の方によるリレー連載です*

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伊藤史織
伊藤史織Shiori Ito

2007年からフリーランスの英日字幕・出版翻訳者として活動。バベル翻訳大学院講師。最近の字幕翻訳作品は、『テラー・チューズデイ:8つの戦慄』、『Our Living World:生きている地球』、『僕はトーレ』(いずれもNETFLIX配信 日本語版制作:ACクリエイト)など。出版翻訳作品は、『ウイルス、パンデミック、そして免疫』(2022年、ニュートンプレス)、『絵でわかる 建物の歴史』(2020年、エクスナレッジ社)など。