映像翻訳者が、海外映画やドラマなどの字幕&吹替翻訳で「すごい!」と感心したフレーズや、印象に残ったフレーズを紹介! 月1回のリレーコラム形式でお届けします。
今回執筆をご担当いただいたのは、映画・ドラマの字幕&吹替で活躍するチオキ真理さんです。
協力:映像翻訳者の会Wakka
シンプルな台詞を見事に訳した字幕
こんにちは。英日映像翻訳者のチオキ真理です。最近は趣味で習っているフラメンコへの愛が高じてスペイン語の勉強も始めました。
仕事は来るもの拒まずで、SFから刑事もの、ラブコメ、政治的な作品など幅広く担当しています。見るのもオールジャンル大好きです。
1. 映画『カラーパープル』より(字幕)
【英語原文】
I may be black,
I may be poor,
I may be ugly,
but I’m here.
I’m here!
【日本語字幕】
私は黒人で――
貧しいかもしれない
醜いかもしれない
でも生きてる
生きてる!
(『カラーパープル』Color Purple/2023年 アメリカ/配給:ワーナー・ブラザーズ映画/字幕翻訳:石田泰子氏)
10代で望まぬ結婚を強いられた主人公セリー。横暴な父親から離れられたと思いきや、夫にも、見ているこちらが苦しくなるほど虐げられます。
このセリフは、耐えに耐えたセリーが「(お前なんか)踏みつぶすべきゴキブリだ」と暴言をぶつけてくる夫に初めて反論するシーンから。I’m here の「生きてる」にシビれました。
I’m here、英語自体はごくごくシンプルですが、万感の思いが込められています。直訳するならもちろん「私はここにいる」ですが「ここにいる」ってどういうことか。ここに存在している、逃げたりしない、誰が何と言おうと私は意志を持って生きてるんだ、という強い思い。正直、私ならまともな精神状態を保てるだろうかと感じるほどの状況だったからこそ、「生きてる」の文字が胸に突き刺さりました。
また本作はミュージカル。ミュージカルと言えば石田さんですよね。歌詞字幕もどれも素晴らしいので楽しんで勉強できる作品です。
ちなみにタイトルの「カラーパープル(紫色)」ってどういう意味だろうって思いませんか。原作者の出身地アメリカ南部では紫色の花が多く咲いていたそうで、「紫って珍しい色だと思われがちだけど、実は身近にたくさんある。そのことに気づくことが大切だ(幸せも同じ)」と示唆しているのだそうです。
2. 映画『デューン 砂の惑星PART2』より(字幕)
【英語原文】
We don’t hope. We plan.
【日本語字幕】
望みはしない 謀るのです
(『デューン 砂の惑星PART2』Dune: Part Two/2024年 アメリカ/配給:ワーナー・ブラザーズ映画/字幕翻訳:岸田恵子氏)
ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督、そしてティモシー・シャラメの大ファンとして公開を心待ちにしていた本作。壮大な世界観と極上の映像に酔いしれ、字幕の素晴らしさに胸を揺さぶられる幸せな166分でした。
選ばれし者を出現させて人類を昇天させることを目的に集まる女性の秘密結社ベネ・ゲセリット。その教母(意識のより高い次元に自分を引き上げた者)が、「望みはないのですか」と問われて答えるセリフです。この「謀る」に心から感銘を受けました。
原音はPlanという何てことのない英語です。でも「作戦を立てるのです」では文字数オーバーだし全く雰囲気が出ません。「企てる」ではガツガツした感じで高尚な教母にふさわしくない。「謀る」は漢字が与えるイメージもあり、古めかしい雰囲気の組織とキャラクターにピッタリでした。
先ほどの作品で紹介したフレーズ「I’m here」、こちらの「we plan」など、多くの日本人が意味そのものは字幕なしでも理解できるシンプルな台詞ほど、翻訳者の力量が表れるように感じます。
3. 映画『いまを生きる』より(字幕)
【英語原文】
Can I enjoy the idea for a while
【日本語字幕】
少しの間だけ/夢に酔わせてくれ
(『いまを生きる』Dead Poets Society/1989年 アメリカ/配給:ワーナー・ブラザーズ映画/字幕翻訳:松浦美奈氏)
ロビン・ウィリアムズ演じる型破りな高校教師が、全寮制の進学校の生徒たちを刺激し、「生きる」意味を教える作品。大尊敬する松浦美奈さんの字幕ということもあり、何度見たか分からないくらい大好きな映画です。
ご紹介するフレーズは、生徒同士の会話から。親の希望どおり医者になるために真面目に勉強してきた高校生のニールが、芝居のオーディションのチラシを持ち帰ります。初めて情熱を感じた演劇の世界。大興奮で寮に戻ったところ、同室のトッドに「君の親が許すわけない」と水を差されてのセリフです。
普通に「楽しませてくれ」ではなく「夢に酔わせてくれ」。そう、厳格を通り越して独裁的なニールの父親ですから、演劇にうつつを抜かすなんてとんでもないと大反対することは火を見るより明らか。「演劇は夢。だから今だけでいい、夢に酔いたいんだ」というニールの心情が痛いほど伝わってきて、見るたびにグッときます。他にもキラッキラの字幕満載。
古い映画ですが物語も字幕も素晴らしいので、もしまだご覧になったことがなければ映画ファンとして、また映像翻訳者として、強く強くおすすめする1本です。
※ 上記「2」で紹介した字幕において漢字の誤りがありました(誤「諮る」→正「謀る」)。また、「2」「3」の映画タイトルの原語表記、「3」の解説文における映画のシーンの説明が一部間違っておりました。訂正し、お詫び申し上げます(2024年9月)。
映像翻訳者の会Wakka
2023年4月に発足した、映像翻訳者による集まり。フリーランスが多い業界において、映像翻訳者ならではの悩みの相談や、同業者間での情報共有、助け合いができる場づくりを行う。また映像翻訳者の地位向上、映像翻訳者が働きやすい環境作りへの貢献をめざす。
Webサイト:https://wakkaeizouhonyaku.wixsite.com/wakkaweb
*本コラムはWakka会員の翻訳者の方によるリレー連載です*
★連載一覧はこちら!
映像翻訳者。主な翻訳作品は映画『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』(2024年7月19日公開)、『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』(2024年9月20日公開)、『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』『ラーヤと龍の王国』『ブラックパンサー』『メッセージ』、ドラマ『CSI:ベガス』(字幕)、『がまくんとかえるくん』『ジニー&ジョージア』(吹替)など。