Contents
映像翻訳者が、海外映画やドラマなどの字幕&吹替翻訳で「すごい!」と感心したフレーズや、印象に残ったフレーズを紹介! 月1回のリレーコラム形式でお届けします。
今回の著者は、字幕・吹替・ボイスオーバーの翻訳を手がける市川美奈さんです。
協力:映像翻訳者の会Wakka
実写版ONE PIECEは字幕&吹替にもキャラクターの個性が
はじめまして。映像翻訳者の市川美奈と申します。最近はドラマや舞台作品の劇場上映をよく観ているので、そんな中から記憶に残る字幕や吹替をご紹介します。
1. ドラマ『ONE PIECE』より(字幕・吹替)
【原文】
Sanji: All great fighters call out their finishing moves.
Roronoa Zoro: Yeah, you’re gonna fit in just fine.
【日本語字幕】
サンジ:強ェやつは技名を叫ぶんだ
ゾロ:お前ら同類か
【日本語吹替】
サンジ:強ェやつは技の名前を叫ぶんだ
ゾロ:てめえもその口か
(『ONE PIECE』ONE PIECE/2023年/Netflix/字幕翻訳:高橋百合子氏、吹替翻訳:伊藤美穂氏)
まずは話題になった実写版『ONE PIECE』から。エピソード8でサンジがクロオビにとどめを刺した直後のやりとりです。
ライダーキックやアンパンチがごとく、名前を叫びながら技を繰り出すサンジに対し、ゾロが言った「fit in」は「なじむ、うまくやる」という意味。「(麦わらの一味に)しっくりなじむ」ということですね。でも字幕も吹替も、もっと踏み込んだ感じがしませんか?
実は、彼がこの言葉を聞いたのは初めてではありません。エピソード1でルフィから同じ言葉を聞いていているのです。類は友を呼ぶものですね。字幕も吹替もそれを踏まえた上で、目で見ても耳で聞いてもそれぞれ最適な表現になっています。仲間と認めているだけでなく、「ここにも同類がいたか」と、呆れまじりな雰囲気が出ている、ゾロらしい見事な訳だと思います。字幕で見ても、吹替で聞いても「うわぁ!」と感心して、すぐにメモしました。
2. 映画『プレゼント・ラフター』より(字幕)
【原文】
JOANNA: I’ve never been spoken to like this in my life.
LIZ: Well make the most of it.
【日本語字幕】
ジョアンナ:こんな失礼は初めてよ
リズ:じっくり かみしめて
(『プレゼント・ラフター』Present Laughter/2017年/配給:松竹/字幕翻訳:岩辺いずみ氏)
続いては中年の危機真っ最中の人気喜劇役者、ギャリーをめぐるコメディ作品『プレゼント・ラフター』から。海外の舞台作品を映画館で上映する「松竹ブロードウェイシネマ」の1作品です。
主人公の愛され男ギャリーを誘惑した、若いジョアンナ(しかもギャリーの長年の同志の妻)に対し、別れたようで別れていないギャリーの腐れ縁の妻リズが放った台詞です。一枚も二枚も上手のリズがジョアンナをコテンパンにする痛快なシーンで、姿を消すよう言い渡したあとに続くとどめの一言でした。
「make the most of ~」は「~を最大限に活用する」という意味です。この場面でリズがジョアンナに最大限に活用させたかったのは、彼女が味わった失礼と屈辱感。その感情をジワジワふつふつジリジリと反芻(はんすう)させてやりたいところです。そこで字幕は「かみしめる」。ハンカチまでかみしめて悔しがる相手の姿も見えそうじゃありませんか? そしてこの捨て台詞感が画面の中の観客席に広がる笑いともピッタリで、画面の外の客席にも笑いが広がりました。
3. 映画『ザ・キラー』(予告編)より(字幕)
【原文】
Stick to your plan.
Trust no one.
Stick to the plan.
【日本語字幕①】
計画通りやれ
頼るは己のみ
ブレるな
【日本語字幕②】
計画通りにやれ
誰も信じるな
計画通りにやれ
(『ザ・キラー』The Killer(予告編)/2023年/Netflix)
最後は現在配信中のNetflixオリジナル映画『ザ・キラー』…の予告編より。これは主人公である暗殺者がお題目のように唱える、任務の遂行に際し自分を律するための心構えです。
映画館で流れた予告編の字幕が①(https://www.youtube.com/watch?v=Dwb8hgn7yZA)です。3行目の「Stick to the plan.」→「ブレるな」に「おおっ!」と思いました。「計画通りやれ」をより簡潔にした見事な言い換えだと思います。これを挟むことで字幕がテンポよく、疾走感のある映像とともに主人公をめぐるストーリーに勢いをつけていく印象を受けました。そこでさっそくその場でチラシの裏にメモしたのです。
帰宅し、確認しようとYouTubeで探して見た予告編が②(https://www.youtube.com/watch?v=ZVPVp9LQMNI)。こちらは劇場公開に少し遅れて配信が始まった配信サイトのものです。こちらは全編「計画通りにやれ」で通しています。
もちろん①も②も正しい字幕です。劇場公開用と配信用で文字数制限が違う点はさておき、同じフレーズが繰り返されていることに驚きました。映像翻訳では、基本的に同じ表現をあまり繰り返さないほうがよいと学ぶからです。でもこの繰り返しで、疾走感とは逆に、自分に言い聞かせているお題目っぽさが強まり、主人公が集中力を高めていく過程が伝わるような印象を受けたのです。繰り返しは意識して使えば効果を発揮するわけですね。配信用の予告編では字幕が斜体ではなく正体で表示されていたことも、ストーリーより人物にフォーカスする印象を強めた一因かもしれません。
繰り返すのか、繰り返さないのか。そのわずかな違いも腕の見せどころということなのでしょう。「翻訳に正解はない」とはよく言われることですが、いやはや、正解が多くておもしろいですね。だからこそ毎度頭を悩ませるわけですが。
映像翻訳者の会Wakka
2023年4月に発足した、映像翻訳者による集まり。フリーランスが多い業界において、映像翻訳者ならではの悩みの相談や、同業者間での情報共有、助け合いができる場づくりを行う。また映像翻訳者の地位向上、映像翻訳者が働きやすい環境作りへの貢献をめざす。
Webサイト:https://wakkaeizouhonyaku.wixsite.com/wakkaweb
*本コラムはWakka会員の翻訳者の方によるリレー連載です*
★「映像翻訳者が選ぶ この字幕&吹き替えに注目!」連載一覧はこちら
映像翻訳者(字幕/吹替/VO)。国際報道の仕事に携わったのち2009年より映像翻訳をスタート。ドキュメンタリー作品の字幕とVOを中心に、最近はドラマの吹替にも幅を広げる。主な担当作品は『アッシャー家の崩壊』、『オブセッション~執着~』『黒い王妃 カトリーヌ・ド・メディシス』(吹替)、『権力を恐れず真実を――米国下院議員 バーバラ・リーの闘い』(字幕)など。