• 翻訳

2023.10.25 UP

第5回 田口絵里さん:映画『オットーという男』ほか の字幕を語る!

第5回 田口絵里さん:映画『オットーという男』ほか の字幕を語る!

映像翻訳者が、海外映画やドラマなどの字幕&吹替翻訳で「すごい!」と感心したフレーズや、印象に残ったフレーズを紹介! 月1回のリレーコラム形式でお届けします。
今回の著者は、字幕翻訳者の田口絵里さんです。
協力:映像翻訳者の会Wakka

ちょっとした言葉使いで人物の個性を出す字幕!

こんにちは。モータースポーツF1好きな字幕翻訳者の田口絵里です。
翻訳者である私自身、ヒントを頂けたなと感じた字幕をご紹介します。

1. 映画『オットーという男』より(字幕)

【原文】
OTTO:Can I speak to your manager?
HARDWARE CLERK:He’s at lunch.
OTTO:Lunch. All anyone cares about these days is lunch. Is there anyone else in charge?

【日本語字幕】
オットー:支配人を呼べ
店員:ランチで…
オットー:最近は誰も彼もが昼飯だ/他の責任者は?

(『オットーという男』A Man Called Otto/2022年/配給:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント/字幕翻訳:戸田奈津子氏)

冒頭、主人公オットーがホームセンターのレジで苦情を訴えるシーンでの会話です。翻訳者としては、作品の序盤にきっちりとキャラクターを伝えたいところ。

昼食休憩を取るというごく当然の権利に意味不明な難癖をつけるオットーが、若い男性店員の台詞「ランチ」に対して「昼飯」と応じます。「lunch」という同じ言葉をそれぞれの世代に合わせて訳し分けている点、そして「昼メシ」とせずにあえて漢字で「昼飯」としている点にも注目です。

“いつも不機嫌な高齢者”というオットーのキャラクターをしっかり伝える役割を果たしている技あり字幕。このあとに現れる副支配人(かなり若い女性)の「What’s up?(ワッツア~ップ♪)」の字幕「どしたの?」も、我が家の女子高生のリアルな言葉そのもので最高です。

2. 映画『ラ・ラ・ランド』より(字幕)

【原文】
Look at Louis Armstrong, you know? He could have just played the marching band charts that he was given. But he didn’t do it. What did he do?

【日本語字幕】
サッチモは与えられた曲を/演奏せずに―
どうしたと?

(『ラ・ラ・ランド』La La Land/2016年/配給:ギャガ、ポニーキャニオン/字幕翻訳:石田泰子氏)

夢を諦めるな、と女優志望のミアを説得するセブは「ルイ・アームストロング」の名を挙げます。しかし非常に早口なので、フルネームで字幕に含めることはできません。そこで代わりに「サッチモ」というルイ・アームストロングの愛称が使われています。唯一無二の愛称ですし、ジャズファンにはおなじみの呼び方なので、ジャズを心から愛するセブの台詞としてごく自然だと感じられるのです。

長い固有名詞は字幕翻訳者の悩みどころですが、愛称を使って乗り切れるのですね。そう思って私も字幕を担当した作品で「ブラピ」を使いました!

3. 映画『レ・ミゼラブル』より(字幕)

【原文】
To love another person is to see the face of God…

【日本語字幕】
誰かを愛することは/神様のおそばに
いること…

(『レ・ミゼラブル』Les Miserables/2012年/配給:東宝東和/字幕翻訳:石田泰子氏)

旧約聖書の創世記に登場するフレーズ「to see the face of God」を、一般的な日本語訳「神の御顔を見ること」とせず「神様のおそばにいること」と意訳することでスッと入る表現になっています。バルジャンが天に召される場面なので、状況的にもしっくりとなじみますね。意訳がどこまで許容されるのかは翻訳者にとって永遠のテーマですが、これはお手本にしたい意訳です。

映画『レ・ミゼラブル』の歌詞字幕は、岩谷時子さんが訳された舞台版ミュージカルの日本語歌詞が参考にされているとのこと。舞台版の訳詞も圧巻で、英語歌詞とのシンクロぶりにも驚きます。吹替を勉強中の方にも参考になると思うので、機会があればぜひ日本語歌詞を聴いてみてくださいね。

4. 映画『フォードvsフェラーリ』より(字幕)

【原文】
H-A-P-P-Y
I’m H-A-P-P-Y

【日本語字幕】
H-A-P-P-Y
ハッピー わぁーい

(『フォードvsフェラーリ』Ford v Ferrari/2019年/配給:ディズニー/字幕翻訳:林完治氏)

意訳が効果的な時もあれば、音まで原文どおりがピッタリな場合もあるという例。

スピード感あふれる作品のクライマックスとなるレースの終盤、優勝目前のところでチームから、「減速せよ」と理不尽な指示を受ける主人公ケン。渾身の走りで最速記録を次々と更新しながら運転席で歌うように叫びます。原音声で2回続く「H-A-P-P-Y」(エイチ・エー・ピー・ピー・ワーイ♪)を日本語字幕は1回目を原文どおり「H-A-P-P-Y」、2回目を「ハッピー わぁーい」として「Y(ワーイ)」の音声と「わぁーい」を重ねています。

時速300km超えの高揚感の中、苦渋の決断を迫られるケンのギリギリの精神状態が声のままダイレクトに伝わってきて、まさに胸熱! このように観客を作品の世界にグイグイ引き込む字幕を書けるようになりたいものです。

映像翻訳者の会Wakka
2023年4月に発足した、映像翻訳者による集まり。フリーランスが多い業界において、映像翻訳者ならではの悩みの相談や、同業者間での情報共有、助け合いができる場づくりを行う。また映像翻訳者の地位向上、映像翻訳者が働きやすい環境作りへの貢献をめざす。
Webサイト:https://wakkaeizouhonyaku.wixsite.com/wakkaweb
*本コラムはWakka会員の翻訳者の方によるリレー連載です*

★「映像翻訳者が選ぶ この字幕&吹き替えに注目!」連載一覧はこちら

田口絵里
田口絵里Eri Taguchi

双子育児や病気によるブランクを経て、細く長く翻訳を続けている字幕翻訳者。『ペット・セメタリー』、『グッド・オーメンズ シーズン2』、『ブルーブラッド~NYPD家族の絆~ シーズン6』、『Formula 1:栄光のグランプリ シーズン3、4』、『ようこそレクサムへ』などの字幕翻訳を担当。