2023.08.28 UP
第3回 江﨑仁美さん:映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』ほか の字幕を語る!
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映像翻訳者が、海外映画やドラマなどの字幕&吹替翻訳で「すごい!」と感心したフレーズや、印象に残ったフレーズを紹介! 月1回のリレーコラム形式でお届けします。
今回の著者は、字幕翻訳者の江﨑仁美さんです。
協力:映像翻訳者の会Wakka
アカデミー賞受賞作は字幕もオスカー級!
こんにちは。猫になりたいミーハー字幕翻訳者の江﨑仁美です。
日々、字数制限と日本語選びに身悶えている私が、うっとり酔いしれた美しい字幕をピックアップしました。
1. 映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』より(字幕)
【原文】
JOY: I’m just telling you now in case my mom says something dumb like you’re fat or whatever.
BECKY: I thought you said when she says sh** like that, it means she cares.
【日本語字幕】
ジョイ:“太ってる”とか/ママが言ってもーー
気にしないで
ベッキー:愛情表現じゃないの?
(『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』Everything Everywhere All at Once/2022年/配給:ギャガ/字幕翻訳:林完治氏)
いきなりSワード入りで失礼します。ベッキーのセリフを直訳すると「ジョイのママがそういうことを言うのは、ジョイを心配しているからだと思っていた」という感じでしょうか。難しい単語は出てきませんが、秒数にして3秒弱なので12文字以内にする必要があり、少し工夫が必要です。
字幕は“she cares”を「愛情表現」としています。母が娘を心配し、大事に思い、気にかけていることがたった4文字で伝わります。さらに“I thought”「~と私は思った(思っていた)」を「じゃないの?」としていて、「愛情の裏返しだと分かっているよね?」というニュアンスも含めています。
オスカー7冠に輝いた本作は、字幕もオスカー級。そこら中に貼られたギョロ目シールを見た主人公のエヴリン(ミシェル・ヨー)が“No more google eyes!”(「もうギョロ目シールを貼らないで!」)と叫んだ台詞の字幕は「目障り!」でした(目だけに)。あまりのセンスの良さに、私も目頭が熱くなりました(?)。
2. 映画『黒い司法 0%からの奇跡』より(字幕)
【原文】
The first time I visited death row, I wasn’t expecting to meet somebody the same age as me.
Grew up on the same music. from a neighbourhood just like ours.
It could’ve been me, mama.
【日本語字幕】
初めて行った死刑囚監房で/同い年の囚人と出会った
聞いて育った音楽も/町も ほぼ同じ
他人事じゃない
(『黒い司法 0%からの奇跡』Just Mercy/2020年/配給:ワーナー・ブラザース映画/字幕翻訳:石田泰子氏)
ハーバード大学ロースクールを出た主人公のブライアン(マイケル・B・ジョーダン)は、人種差別が色濃く残るアラバマ州で人権運動に携わることを決意。このセリフは心配する母親を説得するシーンの一部です。
“It could’ve been me.”は英語ではたった4語の台詞ですが、意味を考えると「同じ環境で育った人が死刑囚になった、自分だって死刑囚になる可能性はあった」となります。もちろんこのままでは読み切れません。「僕だったかもしれない」などとしたくなりますが、字幕だけ追っていると意味が伝わりきらないでしょう。「ほっとけない」だと字数は減りますが、やはり物足りません。
字幕はたった7文字の「他人事じゃない」としていました。「僕だったかもしれない」と「ほっとけない」の両方の意味をカバーしながら、スッキリとして流れのいい字幕です。
この映画は、冤罪の死刑囚のために闘った実際の人物を描いた作品です。まだ観ていない方はぜひ。もう観た方は字幕を中心にした再鑑賞をオススメします。
3. 映画『ミス・ポター』より(字幕)
【原文】
There’s something delicious about writing the first words of a story.
【日本語字幕】
物語の最初の言葉を/書き下ろす甘美な喜び
(『ミス・ポター』Miss Potter/2006年/配給:角川映画/字幕翻訳:戸田奈津子氏)
最後は簡単な単語ほど難しいという例です。
『ミス・ポター』は私がまだ字幕翻訳修行中だった頃に、練習で個人的に訳してみたことがある作品です。こちらは映画の冒頭の台詞、つまり長編映画の大事な字幕1枚目です。当時の私は早速この“delicious”でつまずきました。
delicious という単語自体は英語が得意ではない人でも意味を知っています。台詞の意味も理解できますが、日本語にした時「物語の最初の言葉を書くことはなんだかおいしい」ではおかしいですよね。初心者だった私は「楽しい」、「ワクワクする」、「胸が弾む」など原語のニュアンスを出し切れないどころか、excitement のような別の単語に寄った日本語を選んだように思います。それでも悩み悩んで選んだ言葉でした。
この「甘美な喜び」という字幕を見た時、全身に電気が走ったことをよく覚えています。戸田奈津子さんがよくおっしゃる“日本語字幕は英語より日本語が大切”ということを、まさに体感した瞬間でした。
映像翻訳者の会Wakka
2023年4月に発足した、映像翻訳者による集まり。フリーランスが多い業界において、映像翻訳者ならではの悩みの相談や、同業者間での情報共有、助け合いができる場づくりを行う。また映像翻訳者の地位向上、映像翻訳者が働きやすい環境作りへの貢献をめざす。
Webサイト:https://wakkaeizouhonyaku.wixsite.com/wakkaweb
*本コラムはWakka会員の翻訳者の方によるリレー連載です*
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字幕翻訳者。青山学院大学卒業後、イギリスの大学院で言語獲得修士号を取得。字幕ディレクターを経て、2008年から字幕翻訳者に。主な翻訳作品に『インスタント・ファミリー』、『友情にSOS』、『シカゴPD』、『ライザのサバヨミ大作戦』、『ウェントワース女子刑務所』、『最新映画情報 週刊Hollywood Express』などがある。