英語のみならず、独語、仏語、西語、伊語、中国語を独学で身につけ、多言語での読書を楽しんでいるという作家・翻訳家の宮崎伸治さんに、多言語学習の魅力を余すところなく語っていただきます!
多言語を学習するメリットとは
日本語を通して物事を考えることは単に1つの方法でしかない
今回も前回に引き続き、多言語を学習するメリットを考えていきましょう。
私が考える多言語学習のメリットの一つは、多言語を学習すれば言葉に敏感になることです。例えば、視力0.5の人と1.5の人とでは、同じ景色を見ても1.5の人のほうが鮮明に見えますよね。言葉に敏感になるというのは、それに似ていると思うのです。同じ言葉を見聞きしても、言葉に敏感な人のほうが「言葉で表現されたもの」をより鮮明に理解できるようになると思うのです。
では、なぜ私がそう思うのかをご説明しましょう。
私たちは物事を考えるとき、必ず言葉を使っています。もしあなたが「別に言葉を使わなくたって考えることはできると思うけれどなぁ」と思うなら、ためしに言葉を使わずに考えてみてください。そんなことができるでしょうか。
熱いとか美味しいとか痛いとかと感じることはできます。しかし、そう感じているときでさえ、心の中では「あちっ」とか「うまっ」とか「いたっ」という言葉が浮かんでいないでしょうか。ましてや、もっと複雑なことを考えるとき、何の言葉も使わずに済むでしょうか。そんなことはまず無理ですよね。
そこで次の事実に目を向けてほしいのです。それは、日本語しかできない人は日本語を通してしか物事を考えることができないということです。日本語が完璧な言語であれば、それでもいいかもしれません。しかし日本語は日本語なりの制約があります。日本語では表現できない概念もありますし、文法にしても曖昧さが完全に排除されているというわけでもありません。
日本語だけで物事を考える人は「日本語というフィルターを通してでしか物事を考えられない」ということでもあります。白黒写真しか写せないカメラでは白黒写真しか撮れませんが、それに似ています。ところが2色写せるカメラを使えば2色刷りの写真が撮れますし、カラーで写せるカメラを使えばカラー写真が撮れます。それと同じように、日本語以外に外国語が1つ増えるごとにその外国語を通してでも物事を考えられるようになりますから、カメラに喩えれば写せる色彩が一つずつ増えるようなものです。
日本語を通して物事を考えることを当たり前のように思っている方もおられるでしょうが、外国語を学習すれば、日本語を通して物事を考えることが単に1つの方法に過ぎないことが分かってきます。それが垣間見られる例として今回は数字の数え方をご紹介したいと思います。
日本と異なる数の数え方
じつは、世界にはびっくりするような数え方をする言語があるのです。
例えば、フランス語です。日本語では「68(ろくじゅ~はち)」「69(ろくじゅ~きゅう)」のあとは「70(ななじゅ~)」ですが、フランス語には「70」を一言で表す言葉がないため、日本式にいえば「ろくじゅ~、じゅ~」と言わなければならないのです。ですから例えば「78」は「ろくじゅ~、じゅ~はち」となります。
では「80」は「ろくじゅ~、にじゅ~」と言えばいいのだなと思った人、それがそうではないのです。これまたやっかいなことに「よん、にじゅ~」という言い方になるのです。これは「よん、かける、にじゅ~」という意味です。
では、「90」はどうなるのか。80台ではなくなっているので「よん、にじゅ~」ではすまされないですよね。答えは「よん、にじゅ~、じゅ~」となります。ですから「99」になると「よん、にじゅ~、じゅ~きゅ~」となります。日本式の数の数え方に慣れている私たちにとっては、いかにも不思議な言い方ですよね。
考えてみれば、英語の数の数え方も日本語とは異なっています。「11」は日本語式にいえば「ten one」になるところ「eleven」になりますし、「12」は「ten two」になるところ「twelve」になります。その後、「13」から「19」は語尾に「teen」を付け、「3の変形、teen」、「4、teen」、「5の変形、teen」…となります。
ドイツ語の「11」と「12」は英語同様それに相当する単語がありますが、ドイツ語の「13」以降は日本語式にいえば「さん、じゅ~」、「14」は「よん、じゅ~」…となります。では「20」「30」「40」…はどうなのかといえば、「20」は「2の変形、zig」、「30」は「3、zigの変形」を、「40」は「4、zig」…となります。
今回は日本語では「当たり前」だと思っていることも外国語を学べばそれが当たり前ではないことが分かる一つの例として数の数え方をご紹介してみました。外国語を学べば、このような、あっと驚くようなことに否応なく気づかされることになりますが、そういう体験をすればするほど言葉に敏感になれるのです。私はこれは外国語学習の魅力の一つだと思うのです。
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著書に『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(三五館シンシャ)などがある。ひろゆき氏など多くのコメンテーターに対して翻訳業界の現状を語る番組に出演した際の動画が無料で視聴できる。https://abema.tv/video/episode/89-66_s99_p3575(ABEMA TV)。また「大竹まことのゴールデンラジオ」に出演したときのようすが、次のリンク先のページの「再生」ボタンを押すことで無料で聴くことができる。http://www.joqr.co.jp/blog/main/2021/03/110.html