英語のみならず、独語、仏語、西語、伊語、中国語を独学で身につけ、多言語での読書を楽しんでいるという作家・翻訳家の宮崎伸治さんに、多言語学習の魅力を余すところなく語っていただきます!
日本語や英語にはない「名詞の性」
唐突ですが、男性名詞・女性名詞って聞いたことありますか。
英語以外の外国語を学んだことがない人や、学んだとしても中国語のように男性名詞・女性名詞がない外国語を学んだ人には思いも寄らないことだと思いますが、男性名詞と女性名詞の区別がある言語があります。例えば、ドイツ語、フランス語、イタリア語、スペイン語、ロシア語などです(ドイツ語やロシア語には中性名詞もあります)。
これらの言語では男性名詞・女性名詞かによって動詞の変化の仕方などが変わるのです。自然界に男性と女性が存在するのには子供を産むという必然性があるから分かりますが、言葉のように子供を生むわけでもないものに男性と女性を存在させるなんて、いったいなんて面倒なのだと言いたくもなるでしょう。
男性名詞・女性名詞というものがあるおかげで、日本語では「すごい!」というたった一言で済むところを、イタリア語では男性一人の場合は「Bravo!」、女性一人の場合は「Brava!」、男性が複数の場合は「Bravi!」、女性が複数の場合は「Brave!」と使い分けなければなりません。
男性か女性が分からないような中性的な外見の人に「すごい!」と言おうとしても、男性が女性かがハッキリしなかったら言ってあげられないのではないかと心配してしまいますね。まさか「Bravu!(ブラブー)」なんて勝手に新しい変化をつくるわけにもいきませんし。
一つ一つ、単語の性を覚えていくしかないの?
では、そもそも男性名詞とか女性名詞とは何なのでしょうか?
男性的なものが男性名詞で女性的なものが女性名詞なのかと思えてしまいますが、じつはそうでもないのです。男性名詞・女性名詞というのはあくまで“文法上の性”にすぎず、自然界における男性・女性とは必ずしも関係はありません。
とはいえ、まったく関係がないわけではなく、多くの場合、男性的なものが男性名詞であり、女性的なものが女性名詞になっています。例えば、ドイツ語でVater(父)は男性名詞、Mutter(母)は女性名詞という具合です。
ところが、Mädchen(娘)はどうかといえば、中性名詞なのです。娘だから当然、女性名詞だと思えるのですがそうではないのです。こういうのは覚えるしかないですね。実際、男性名詞、女性名詞、中性名詞の区別は一つ一つ覚えていくしかないと書かれてある文法書を見たことがあります。
でも(え~、一つ一つ覚えていくしかない? 大変だ!)と嘆かないようにしましょう。というのも、じつは私たちは日本語でも同じようなことを自然とやっているのです。
考えてみてください。健二は男性か女性か分かりますよね? 直樹はどうでしょうか。真司はどうでしょうか。和宏はどうでしょうか。全部、男性だと分かりますよね。一方、真理子、和美、明子、美佳はすべて女性だと分かりますよね?
外国人から見れば、なぜ男性か女性か見分けられるのだろうと不思議でならないでしょうが、長年日本に住んでいれば分かるようになるものです。
それと同じで、ドイツ語の単語が男性名詞なのか女性名詞なのかも一つ一つ覚えていくうちにだいたい見当がつくようになるのでしょう。現に、ドイツ人に訊いたところ、「初めて聞く単語でも、100%とは言わなくとも98%くらいは男性名詞か女性名詞かは見当がつく」らしいです。日本人が日本人の名前を聞いて、男性か女性か判断するのも同じくらいの確率ではないでしょうか。
ところで、男性名詞か女性名詞かが分からない場合はどうするのかについてイタリア人の先生がこんなことを言っていました。「これは何?」と言おうとしても、「これは」に相当するものが男性名詞なのか女性名詞なのかによってquestoなのかquestaなのかが変わるので、「これは何?」と聞こうとしても「Che’e cose questo?」とも「Che’e cose questa?」とも言えないというのです。しかたがないので「これは」に相当する言葉を外して「Che’e cose?(何?)」とだけ言うのだそうです。
ふ~、イタリア人も苦労しているのですから日本人が苦労するのも当然ですね。
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著書に『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(三五館シンシャ)などがある。ひろゆき氏など多くのコメンテーターに対して翻訳業界の現状を語る番組に出演した際の動画が無料で視聴できる。https://abema.tv/video/episode/89-66_s99_p3575(ABEMA TV)。また「大竹まことのゴールデンラジオ」に出演したときのようすが、次のリンク先のページの「再生」ボタンを押すことで無料で聴くことができる。http://www.joqr.co.jp/blog/main/2021/03/110.html