英語のみならず、独語、仏語、西語、伊語、中国語を独学で身につけ、多言語での読書を楽しんでいるという作家・翻訳家の宮崎伸治さんに、多言語学習の魅力を余すところなく語っていただきます!
外国語の会話練習における“沈黙期間”の重要性
会話力を向上させる“沈黙期間”
習ったことのない言葉を学習しはじめるとき、“沈黙期間(silent period)”が必要であることは知っていた。だからというわけではないが、私は英語以外の外国語学習をはじめたとき、黙々と“沈黙”を貫き、リーディングとリスニングの強化に励んだ。ただ、正直なことをいえば、“沈黙”を貫いた最大の理由は、会話学校に通うだけのお金がなかったからである。ということで、“沈黙”したまま独検準1級挑戦、仏検2級挑戦、伊検2級挑戦、西検3級挑戦、HSK6級挑戦(6級が一番難しい)までこぎつけたわけだが、それが良かったのか、去年から開始したフランス語会話にしても中国語会話にしても先生からベタ褒めされる。会話力がみるみるうちに上達するからだ。先生方からすれば、驚異的な才能の持ち主に見えるのだろう。ああ、“沈黙期間”を設けていて良かった~。
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これが私がここ1年近くフランス語会話、中国語会話、ドイツ語会話を学んだ率直な感想なのです。私自身はレッスンを受けるたびにもどかしさを感じているのですが、それでも“沈黙期間”に語彙を詰め込むだけ詰め込んでいたおかげか、まったくのゼロからはじめる生徒とは比較にならないほど速く会話が上達しているようで、先生方に大変喜んでもらっています。ちょっと難しめの単語を思い出して使ったりすると、「そんな難しい単語知っているのか」という驚きと喜びの混ざった表情をされたりもします。
私のこうした体験からも、外国語学校に通おうと思っている人には、ゼロからいきなり会話を習いはじめるよりも相当の“沈黙期間”を設けてから、その後に会話の練習をはじめることをおすすめしたいのです。
では、その理由をお話ししましょう。
“沈黙期間”をすすめる3つの理由
1. “挨拶程度以上の会話”をめざす場合、どんなトピックであれ、まったくのゼロの状態からでは効率が悪すぎる
「会話をしようと思えば、難しい言葉は覚える必要はない。必要な単語だけを覚えよう」と主張する人もいます。しかし果たしてそれで会話ができるようになるでしょうか。“挨拶を交わす程度の会話”はできるようになるかもしれませんが、それ以上は発展しにくいでしょう。というのも、どんなトピックであれ、いつどんな単語が必要となるかは話してみなければわからないからです。特に、知らない単語がキーワードとなる場合は、もうそれだけで会話が成立しなくなる可能性があります。相手が話す言葉の中に知らない単語が少なければ少ないほど会話がスムーズになるわけですから、単語をたくさん覚えておけばおくほどいいわけで、そのためにも“沈黙期間”が必要なのです。
この点についてカルフォルニア大学のクラッシェン教授は「入力仮説(Input Hypothesis)」を提唱されました。これは「ことばは単に模倣、反復と言った単純な方法だけで習得できるものではなく、膨大なインプットが必要となる」(「脳の機能と外国語学習」伊藤克敏)ということです。ゼロからはじめて模倣と反復だけでは効率が甚だ悪いということです。
2. 会話のレッスンを受講するには相当の費用が要りますが、ゼロの状態から受けるにはあまりにも費用対効果が低すぎる
会話のレッスンを受けたいという人にはマンツーマンレッスンをおすすめしたいのですが、マンツーマンレッスンはどこの学校でもそれなり高額になります。私が通っている外国語学校でも(コースや時間帯によって異なりますが)40分あたり6,000~8,000円します。知らない単語ばかりのまったくの初心者では、ネイティブスピーカーが話していることがまったくわからないだけでなく、自分のスピーキング力の伸びも非常に緩やかなものになり費用対効果が低すぎるので、何年も通わなければ日常会話すらままならないでしょう。そういう意味でも、しっかり元を取ろうと思えば、十分な“沈黙期間”を設けていたほうがいいのです。
3. “沈黙期間”には恥をかく恐れがないが、いきなり会話を練習しはじめると恥をかく恐れがあり、それがトラウマになりかねない
私自身がそうでしたが、 “沈黙期間”には恥をかくことがありません。好きなだけ本を読み、好きなだけ洋画や動画を見ておけばいいのです。そこに楽しみを見つけた人は“沈黙”していることがけっしてつまらないものとは思わないでしょう。しかし、その“沈黙期間”にしっかりと脳の中にインプットしておけば、会話の練習をしはじめると蓄えていたことが突然、開花するのです。それはそれでまた別の楽しみといえます。
以上、今回は外国語の会話練習をはじめる前に“沈黙期間”を設けようというお話をしましたが、これは英語以外の外国語についてのみいえることです。というのも、(一部の例外を除けば)ほとんどの日本人はすでに何年も英語学習をしているので、“沈黙期間”を設ける必要はないからです。
★前回のコラム
著書に『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(三五館シンシャ)などがある。ひろゆき氏など多くのコメンテーターに対して翻訳業界の現状を語る番組に出演した際の動画が無料で視聴できる。https://abema.tv/video/episode/89-66_s99_p3575(ABEMA TV)。また「大竹まことのゴールデンラジオ」に出演したときのようすが、次のリンク先のページの「再生」ボタンを押すことで無料で聴くことができる。http://www.joqr.co.jp/blog/main/2021/03/110.html