第8回 人工知能と今後の通訳

通訳者のキャリア形成2018.05.09

「通訳翻訳ジャーナル」春号 でも取り上げられましたが、「AI時代に生き残る翻訳者・通訳者」というテーマがありました。
巷でも近年、将来はAIに取って代わられる仕事がたくさんあり、失業する労働者が続出するのではないかという議論が出ています。私もいろいろな機会にクライアントや通訳者の方々から、今後AIの開発によっていわゆる「自動通訳」技術が確立した場合、通訳の仕事はどうなっていくと思うか?とよく聞かれました。
実際に開発に携わっている研究者の方々とお話しする機会があり、率直なご意見を聞いたところ、日本語と他言語間の通訳者が不要になるところまで到達するのは難しく、かなり時間がかかるであろうということでした。

現在の「自動通訳」というのは、自動音声翻訳とも言われているように、発話された言葉を音声認識ソフトでテキストに直す→そのテキストを機械翻訳→さらに音声に戻す、という形です。
上記における機械翻訳のレベルは、AIのディープラーニングの仕組みを利用したニューラル機械翻訳エンジンの登場で、かなり進化していると言われています。
では、どこが障害になっているかと私なりに考えてみました。

音声認識は話し方にも左右される

まず発話された言葉をテキストにする部分。
音声認識技術は確実に進化しています。しかしながら皆さんもスマートホンやスマートスピーカーに話かけたことがあると思いますが、時折通じないことも経験されているのではないでしょうか。しゃべり方や声の大きさに左右されます。また日本語の同音異義語を聞き分けるのは、まだかなり難しいことだと思います。

話し言葉は話し手の表情や声の調子にも情報が

次にテキストになった後が問題です。3654cdd2733ade67754e10160db3a80b_m

翻訳は書き言葉を前提としていますので、基本的には文章として完成した形を他言語に変換していく技術です。しかしながら会話を想定したときには話し言葉ですので、文体も異なり文章としてみたときに省略部分も多いことに気がつきます。
そもそも会話におけるメッセージ情報のなかで、テキストでまかなえる情報量は少ないと言われています。話し手の表情や声の調子、それ以外のボディランゲージに多くの情報が含まれており、それを汲み取ることがとても大切であると言われています。
さらに言語はそれぞれの固有の文化を背景にしていますので、単語ごとに完全に一致する他言語がすべてある訳ではありません。その誤差を埋めていく作業が翻訳であり通訳でありますが、こと通訳の場合、その誤差だけでなく、省略されている部分を埋めるためにテキスト以外の情報を汲み取って適切な訳語を選択している訳です。
理論的にはニューラル機械翻訳エンジンにセンサー技術を組み合わせて通訳ロボットのようなものを開発すれば不可能ではないのかもしれませんが、開発コストと通訳コストが見合うまでには、相当時間がかかるのではないでしょうか。

AIを活用した「自動通訳」はまだ難しい

以上のことから、未来永劫的に安泰とは言えませんが、当面はAIを活用した「自動通訳」では難しい。人間ならではの通訳技術を磨くことが重要になってくると思います。
究極は言葉の置き換えではなく話し手のメッセージを理解して、聞き手にあわせて伝わるような通訳の技術を身につけることだと思います。

一言も漏らさずすべて訳すということは事前に完全原稿をもらいそのまま読み上げてもらわない限り、人間にとっても難しいことです。さらに言えばテキスト情報をすべて訳すとことと、テキストに忠実に訳すことと、伝わるように訳すことはそれぞれ違うと思います。
当然、伝わらなければ意味がありません。状況に応じて省略された部分を補い、時に情報を整理しわかりやすく通訳するのは至難の技ですが、AIによる「自動通訳」との差別化にとって必要なスキルになるのではないでしょうか。

 

AI含めたICTも駆使して事前準備を省力化

そうは言っても、「仕事をこなして行く中でそんな理想論を言われても無理です」という声もあるでしょう。実際には事前資料を取ることにエネルギーをとられ、さらに読み込んでいくだけでも大変な現状は知っています。
そこで今後AIと競争するというより、AIを活用できるようになったらどうでしょうか。
検索や参照は得意だと思いますので、スピーカーの過去の論文や発言をネット上で集めて頻繁に出てくる用語の単語帳を作成してもらうこともいつか可能になると想定します。
また翻訳支援ソフトは専門分野別のものもあり、今後このようなものを使いこなして事前準備の生産性を上げることも検討の余地があると思います。
今後はAI含めたICTも駆使することで準備を省力化でき、そのぶん高い通訳スキルの向上に努める通訳者が活躍して行くのではないでしょうか。

次回は視点を少し変えて「コミュニティ通訳」のことを取り上げたいと思います。