話題の新作映画を、字幕または吹替翻訳を手がけた映像翻訳者の方が紹介します!
『ビリー・ホリデイ物語 Lady Day at Emerson’s Bar & Grill』
公式Webサイト
監督/演出:ロニー・プライス
脚本:ラニー・ロバートソン
出演:オードラ・マクドナルド
日本語字幕:岩辺いずみ
米国/2016/ビスタサイズ/90分/5.1ch
配給:松竹 ©BroadwayHD/松竹
2023年3月10日(金)より全国順次限定公開
ジャズに詳しくなくても、伝説のシンガー、ビリー・ホリデイの名は聞いたことがあるはず。独特なけだるく太い歌声は一度聴いたら忘れないし、波乱に満ちた人生は何度も映画化されています。
本作の舞台は1959年3月のフィラデルフィアにある小さなクラブ。亡くなる4か月前のレディ・デイことビリー・ホリデイが、一夜かぎりのショーを行うという設定です。ビリーは歌の合間に客席に語りかけますが、やがて話は悲惨な少女時代や、ツアー中に受けた人種差別の話に飛び、危うげな様子に。笑って聴いていた客席も、しだいにビリーの様子にハラハラ。それでもビリーが歌うたび、その艶っぽくパワフルな歌声に引き込まれていく様子が伝わります。
松竹ブロードウェイシネマはNYやロンドンのミュージカルや演劇を撮影し、スクリーンで上映して本場の雰囲気を味わってもらおうというシリーズ。客席の反応も収録されているので、臨場感があり、私も大好きなシリーズです。だけど、客席が笑いに包まれたら、せめてクスッと笑える字幕にしたいのが翻訳者心理。そういった意味で、通常の映画字幕とは違った難しさもあるのです。
ビリー・ホリデイを演じるのはブロードウェイの大スター、オードラ・マクドナルド。本作で6度目のトニー賞を受賞しています。見た目はまったく違うのに、歌声はビリーそのもの。やがてビリー本人にしか見えなくなるから不思議です。10曲以上を見事に歌い上げ、代表曲「奇妙な果実」のすごみは圧巻! 晩年のビリーはこうだっただろうと思わせる熱演です。
ぜひ映画館でビリーと共に1959年のクラブにタイムスリップしてください。ビリーが生きた時代の空気を肌で感じることができるはずです。
※ 通訳翻訳ジャーナル2023年春号より転載
字幕翻訳者。雑誌のライターを経てアメリカに留学&滞在。帰国後に映像翻訳を学び、2002年から英語、フランス語の作品を中心に字幕翻訳を手がける。代表作に映画『The Son/息子』、『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』『キンキーブーツ(松竹ブロードウェイシネマ)』『mid 90s ミッドナインティーズ』『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』、ドラマ『ビリオンズ』『POSE』など。HP「ワイン好き翻訳家のお仕事日記」